第9話 応援の第一歩と矛盾

「は、はぁぁぁあああ!? と、とととと斗真が客に告白しただと!?」

「さっきも言ったけど……本気のやつじゃなくて練習だけどね。告白出来る人って凄いなって思ったよ。あんなに緊張するだなんて思わなかった……」


 翌日。一限目が始まる前の休み時間。斗真はハルに昨日のことを報告していた。Barでのやり取り、その内容を。


「いやいや、練習だったとしてもおかしいだろそれ。相手側が斗真に気があったから告白させただけじゃねぇの? 普通、嫌いな奴にはそんなお願いはしないだろ」

「それはないって。自分で言ってて悲しくなるけど」

「ってか、その相手は誰だよ。めっちゃ気になるんだが!?」

「誰って言われても、佐々木さんっていうBarの常連客……としか言いようがない」

「それじゃ分かんねぇってー!」

「だ、だよな」

 斗真がバイトしているBarに一度も足を運んでいないハル。そこの『佐々木さんっていう常連客』と言われてもさっぱりである。逆に、「あー、そこの佐々木さんね!」なんて理解されたらそれこそ恐怖でしかない。


「写真は? その様子だと一緒に写真を撮ってください、とか言われたりしてそうじゃん」

「言われたことはないよ」

「じゃあもうなんでもいい! 些細な情報でいいから教えてくれ!」

 親友とも呼べる斗真にこんな話題が出たのだ、顔をグッと近づけ物凄い剣幕で迫ってくるハル。それだけ相手のことが気になっているのだろう。


「些細なことって言っても……。俺の一つ年上で大学に通ってるらしい」

「もっとくれ!」

「清楚で落ち着きのある人」

「それじゃワっかんねぇんだって!」

「あと、ファッションモデルなんじゃないかってくらいにオシャレ」

「だからワっかんねぇよ!! さっきから狙って言ってんだろ!」

「あはは、まぁね」

「ったく、『まぁね』じゃねぇよ」

 簡単なボケとツッコミ。これが出来るのは確かな仲が築けている証拠である。

 二人でこれほどまで騒いでいたのなら、『落ち着きがない奴』『うるさい奴』なんて勘違いをしそうであるが、授業中の二人は真面目である。

 斗真とハルは成人の二十歳。オンとオフのツイッチをしっかりとコントロール出来ているのだ。


「……あ、もう一つ。大学の成績判定が秀とかじゃなくて、SとかAのアルファベットらしい。珍しいと思わないか?」

「ん? おい、もう一回言ってくれ」

「だから大学の成績判定がアルファベットらしくて珍しいって思ったんだけど……」

「おいおい、それって看護大が採用してる成績判定だぞ? ……この近くで言ったらあの麗常看護大しかないんだが」

「え、なんでハルがそのことを知ってるんだ?」

 全国一の人気と高い倍率、偏差値69を誇る名門、麗常看護大。

 その看護大に【看護科の天使】という一人の異名が轟いていることもあり、この南大学でも話題性は一番にある。


「あれ、前に言ってたと思うんだが……オレの姉貴、そこの看護大に通ってんだよ。だから多少なりのことは知ってる」

「初耳だよ、ハルに姉さんがいただなんて。それに凄いな……。あの看護大に通ってるって……」

 通っているともなれば、激戦区である受験を合格したということ。偏差値69の大学に受かるのだから相当な頭の持ち主なのは間違いない。


「うるさくて面倒臭い姉貴だけどな……ってこの話はどうでもいいんだよ」

「ええ……」

 ハルが聞きたいことは、斗真に気があると思わしき佐々木という女のことだ。姉の話をし出したら間違いなく脱線してしまう。

 そして、現在は休み時間。講義の時間は一刻と迫ってきている。のんびりはしていられないのだ。


「とりあえずオレの姉貴と知り合いかもしれねぇから、今日中にでも聞いてみる」

「いや、聞いてどうするんだよ……」

「決まってんだろ、その相手のことを斗真に教えて優位に立ち回ってもらうんだよ。その人のこと、嫌いじゃないんだろ?」

「うん、むしろ好意的に捉えてるけど……」

 斗真の言う『好意的』は、異性としてというよりも、お客さんとして……という方が正しかった。相手が常連である分、そう捉えてしまうのもおかしなことではない。


「好意的に見てんだろ? なら任せとけって!」

「いや……、そもそも俺なんかじゃ無理なんだって。ハルも佐々木さんを一度見たら分かるはずだよ。本当にレベルが違うんだから」

「斗真はもっと自信持てって! お前、普通にカッコいいんだから同レベル同レベル。お相手があの看護科の天使じゃなければ絶対イケる。イケないはずがない』

 主観を用いて力強く頷いているハルは断言している……が、こんな時に限って偶然は重なるもの。

『相手があの看護科の天使じゃなければ絶対イケる。イケないはずがない』

 ……残念ながら、ハルが推している相手こそ看護科の天使である。

 この事実に気づくのはもう少しあとのこと……。


「とりあえずその佐々木さんに彼氏がいなかったら連絡先くらい聞いてみろ! その人が彼女だった、正直嬉しいだろ? 斗真が美人っていうくらいだしな」

「そこは否定するつもりはないけど……」

「よーし、なら行け! ホント行けるから! 斗真の恋、応援してるぜ!」

 斗真の容姿と性格を理解しているからこそ、こうも押すハルだが忘れてはいけない。

『相手があの看護科の天使じゃなければ絶対イケる。イケないはずがない』

 ……残念ながら、ハルが推している相手こそ看護科の天使。言っていることは矛盾しているということに。





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