第40話 side澪、お見舞い③

「澪さんは薬はもう服用しましたか?」

「く、薬……?」

「はい。頭痛薬を買ってきているのでまだ飲んでいなければどうぞ。服用するには遅いかもですけど、飲まないよりかはマシですから」


 斗真くんは買い物袋からラメの入った頭痛薬の箱と、500mlの天然水が入ったペットボトルを一緒に取り出した。


 薬を飲む時は水かぬるま湯が基本。

 それ以外の飲み物で薬を服用した場合、思わぬ副作用を起こしたり、期待される効果が出なかったりとデメリットが大きくなったりもする。


(斗真くんって、本当に物知りね……)

 頭痛薬と呼ばれる薬だけれど、頭痛に効くだけじゃない。効能・効果には月経痛も表記してある。

 でも、この事実を男性で知っている割合は少ないと思う。月経痛は女性特有の症状なのだから。


「ありがとう。でも、大丈夫。斗真くんが来る前に服用したから」

 何度ウソにウソを重ねているのだろう……。そんな罪悪感に駆られながら私は首を横に振る。


「分かりました。風邪薬も買ってきているので頭痛薬と一緒にここに置いておきますね」

「えっ、そ、そんなにお薬を買ってきたの!?」

「はい。風邪薬の中にも頭痛に効くものがあったんですけど、二種類あった方がなにかと便利かと思いまして。薬が切れていた時は補充出来ますし」

「ご、ごめんなさい……」

「えっ? 謝る必要はないですよ。体調不良は誰にでもありますから」


(う……)

 ごめんなさいと言ったのは、私が風邪じゃないから……。

 斗真くんの優しさが針のようになって私の心に刺さってくる。


「あと、プリンとか食べやすいものを買ってきているので早めに冷蔵庫に入れてても良いですか? 常温のまま置いておくのは好ましくないので」

「ありがとう……」

 さらに追撃の針が飛んでくる……。


「いえいえ、それでは勝手に開けさせていただきますね」

 心が温まるような笑顔を浮かべて、斗真くんは冷蔵庫が置いてある廊下に歩いていった。


(いつも通り……ね、ホント)

 斗真くんが部屋からいなくなったことを見越して、私は小さく息を吐いた。

 今、斗真くんの纏っている雰囲気、表情はバイト先で見せているものと全く同じ……。

『しっかり看病をしなきゃ』なんて使命感を持っているのだろう……。


「斗真くんも男性なんだから、少しくらい下心を浮かべても……良いのに」

 一人の空間になったからこそ、この不満を口にすることができる。

 それが斗真くんらしいところで良いところだとは分かっているけれど、何も思われないのは女として悔しい……。縁がないとすら感じてしまう。


(この前は私の手を握ってくれたのに……)


『コンコン』

 そんな時、ノックをして斗真くんが戻ってきた。


「澪さん。この家にバケツとかお湯を多めに貯められるものってありますか?」

「バケツ……? な、何に使うのかしら?」

「足湯をさせるためにお湯を張ろうと思いまして」

「っ!」


 どうして足湯をさせようとしているのか。この言葉でピンとくるのは女性くらいだろう……。

 少なくとも男性は分からないことだと思う。


「どうして……どうして、斗真くんは生理痛の緩和方法を知っているの? 三陰交さんいんこうのツボを温めることで血行を良くしようとしているのでしょう」

 生理痛が酷くなる理由は複数にある……。冷えによる血行不良。精神的・身体的ストレスなど。

 足湯をすることによってリラックス効果が得られるだけじゃなく、血行を良くすることもできる。結果、自律神経が整うことによって痛みが軽減される。


(ちゃんとした知識を持っていないとこんなことを言えるはずがない……)


「さ、流石は看護大生ですね」

「斗真くんって実は女性だったりしないわよ……ね?」

「も、もちろんですよ!?」

 その知識量から斗真くんが女性じゃないか……なんて疑ってしまう。


「じゃあどうして知っているの? インターネットとか……?」

「え、えっと、お母さんから……教えてもらったんです」

「お、お母さんから?」


 斗真くんの口から出た言葉は、私が予想もしていなかったことだった。


「一般的にお母さんから教えられることじゃないことは自分も分かっているんですけど、思春期に入ってる妹もいるので少しでも手助けができるように、とのことで」


「そ、そう言うことだったのね」

 ほっ。私は思わず安堵の息をこぼす。

 もし斗真くんが女性だったなら、同性結婚が出来る場所に移住しないといけないもの……。


(って、わ、私ったら……と、斗真くんと結婚だなんて……)

 思考の先走り。私の良くないところ……。これでいつも平常心を失ってしまうから。


「自分は男なのでその辛さを理解することは出来ないんですが、体調不良の時には少しでも楽にさせてあげたいですから」

「……斗真、くん……」

 感嘆、だった。斗真くんの言葉は全部本心だと確信して言えるから……。


 だって、斗真くんがテーブルの上に置いた薬は即効性があってお値段が張る商品……。

 それだけじゃなくて、プリンやゼリーなど風邪をひいている時に食べやすいものを買ってきてくれた……。

 お見舞い品だけで5000円は超えていると思う……。私なんかのために、そんなにたくさんお金を使ってくれた……。


(モテるはずよね……。そんな知識もあってとっても優しいんだから……)

 もう絶対に逃がさない。目の前にいる、若き紳士さんを……。

 私の狙いはこの人だけだと、斗真くんだけだと再確信した。


「……斗真くんって本当抜け目がないわよね。女性特有の症状を理解しようとしてくれる男性なんて極少数だもの」

「そ、そうですかね……」

「斗真くんの未来のお嫁さんが羨ましいわ。苦労することが少なそうで幸せに過ごせそうだもの」

「っ!」

 なんて……分かってるけど、分かってない。

 斗真くんのお嫁さんになれたらきっと幸せになれる。その度合いを測れないだけ……。


 もしかしたら、幸せすぎて、、、、離れたくなくなって、斗真くんを仕事場に行かせないかもしれない。


「かっ、からかわないでくださいよ。そ、それでバケツのようなものは……?」

 どこか慌てながら斗真くんが話題を逸らしてくる。

 本当はまだまだ追求したいけれど自重する。あまりしつこいと斗真くんに嫌われるかもしれないから。


「折りたたみの足湯バケツならお風呂場の棚のところにあるけれど……」

「じゃあ取りにいってきまーー」

「ま、待って。足湯は大丈夫だから」

 私は風邪でも女の子の日でもない……。ただ、斗真くんにアプローチをかけて、自滅して、大学にいけないくらいに顔が赤みが引かなくて、顔が緩み続けてたから休んだだけ……。


「ダメです。絶対してもらいます」

「……」

「無言を貫いてもダメですからね。自分は澪さんの看病をしにきたんですから」

「……強引」

「こればっかりは譲れませんから」

 でも……そんなところも私が大好きなところ。私を心配してしてくれていることだから。


「わ、分かったわよ……。ただ、足湯バケツは私に取りに行かせてほしいの」

「自分が行きますよ。澪さんはその……ツライでしょうから」

「行かせてほしいのよ」

「自分が行きますから」

 斗真くんは分かっていない……。私がどうして取りに行きたいのかを。

 だから、分かってもらうしかない。


「あ、あのね……。別の棚には……し、下着とか置いてあるから……。斗真くんを信用してないわけじゃないけれど恥ずかしいわ……」

「そ、それはすみません……。配慮が欠けてました……」

「もしかして……下着、見ようとした?」

「そ、そんなわけないですから!」

「ふふっ、冗談よ」


 私はベッドから降りて、「行ってくるわ」と声をかける。

 さっきまであんなに落ち着いていた紳士さんだったのに、こんな話題にだけ慌てちゃう斗真くん。


(はぁ……好き。……大好き)

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