第48話 大胆な澪と幸せの時間
「斗真くん、そこの自動販売機に寄ってもいいかしら」
数十メートル先にある赤の自動販売機を指差す澪。定常的であるがそれは表面だけ。内心は極度の緊張で喉が渇ききっていたのだ。
「大丈夫ですよ。自分も飲み物が欲しかったところです」
「本当? 気を遣って言っていないでしょうね?」
「そ、そこまで気が回るほど自分は器用じゃないですって」
そして斗真も澪と同じ状況だった。
「ウソつき。私には分かっているんだから」
「ホントですって!」
アスファルトで整備された綺麗な歩道を同じスピードで進んでいく。
横に並びながら、時折肩が当たるくらいに二人の距離は近い。
(もっと……斗真くんと近づきたい……)
(この距離が良いけど……駄目だよな)
澪と斗真の心情はここでも同じ。両想いなのだから当然。
本当はもっと距離を縮めたいが、『お付き合いの関係』でないために一歩を踏み出すことができないのだ。
「す、すみません。少し距離を空けますね」
「どうしてよ……」
「ど、どうして!? そ、それは……肩が当たっていますから。あの、こんなのは嫌だって聞きますし」
澪に嫌われたくないからこその案だが、この場合は愚案である。
「……斗真くんはイヤ? 私と肩が触れ合うの……」
「そ、そんなことはないですよ!?」
「じゃあ、このままで良いじゃない……」
「……」
「こ、この方が不審者も私たちのことを狙い辛いと思うからっ」
臆病であり、今までこんな経験をしたことがなかった澪だからこそ、呆気に取られた斗真の顔を見て慌てるように後付けをした。
斗真のことが好きだとバレるのは恥ずかしい。でも、離れるくらいならこのままがいい。そんな思いを乗せて。
「そ、それでもですよ? こうして一緒に帰っているだけで被害に遭う確率はかなり減るでしょうし、嫌なことは避けるべきだと思うんです」
「……で、でも斗真くん私と離れたくないって言ったもの」
「い、言ってませんよ。そんなこと」
「こ、ここにきて誤魔化さないでよ……。意気地なし……」
澪の発言であるが、その『意気地なし』が自身の心に深く突き刺さる。
そう、恥ずかしいなんて気持ちに負けて逃げてばかりであることに改めて気づいたのだ。
ーー前の時も、今日も。
「そこまで言うなら澪さんから離れてくださいよ……」
「……」
いつもならこう返すだろう。
『分かったわよ』……と。
だが、このままでは
心中をかすめた確信的思考に澪は一皮剥ける。
「わ、私は離れなくていいから……。イヤだったなら私の方から離れてるわよ……。それくらいの自己防衛はして当然じゃない……」
再びぽかんとした斗真を視界に入れる澪だったが、もう逃げなかった。
「つ、次こんなこと言わせたら……斗真くんの足、引っ掛けるから」
「……す、すみません」
斗真は首を右上に。澪は左下に向けている。無言の空間が作られるだけでなく、お互いに顔を紅潮させていた。
まだ日が明るければ、この顔色をすれ違う人々に見られていただろう。
『初々しいカップルねぇ』
『あの頃が懐かしいわ〜』
すれ違う人々に囁きをされながら。
「み、澪さん……」
「な、なによ……」
「自動販売機、過ぎてます……」
「も、戻りましょう……」
「そ、そうですね」
斗真は戻る選択をした澪に驚くことはなくむしろ賛同していた。
先ほどよりも身体は水分を欲していた。喉がヒリついていたのだ。
****
「斗真くんは何を飲む?」
黒エナメルの長財布を開けた澪は、自動販売機の光を浴びながら斗真に視線を送る。
「あぁ、お金は自分が出します」
斗真が財布を取り出そうとバッグを覗く。
「ダメ」
「え」
その瞬間の隙を突いたように自動販売機にお金が入った音が響く。
斗真が顔を上げれば、『500』円の赤文字が表示されていた。
澪がワンコインを入れたのである。
「ちょこエッグの時もお見舞いの時も、斗真くんは私のためにお金たくさん使っているでしょう? このくらいは奢らせてほしいのよ。年上の面目を立たせる意味でも」
「その言い方、ズルいと思います」
「こう言わないと斗真くんは絶対折れないのは分かっているから」
「……」
沈黙は肯定。澪の言う通りである。
「でも、私がお金を入れた時点で斗真くんの負けは決定しているけれど」
「え?」
澪の視線に釣られ斗真は顔を少し下に向ける。
「でしょう?」
「いやいや、そのやり方は卑怯ですって!」
斗真は目線は自動販売機の返金レバーに。澪はその部分を白色の手で覆っていたのだ。
『このレバーだけは引かせない』との意思を込めているように。
「最後にこうすれば完璧よね」
ご満悦の表情で澪は硬貨投入口を財布で防いた。これで返金する手段もお金を入れる手段も消える。
結果、斗真の残された道はたった一つだけ。
「降参です……」
「ほら、選んでいいわよ」
「ありがとうございます。緑茶、いただきますね」
「どうぞ」
青に光ったボタンを押し、『ガコンッ』と下にペッドボトルが落ちてくる。
商品取り出し口を開け、斗真は緑茶を手に取った。
「私も斗真くんと一緒のものにするわね」
「緑茶美味しいですよね」
「え、ええ」
残念ながら、美味しいという理由で澪は緑茶を選んだわけではない。
澪は斗真と一緒の飲み物を選ぶことを
緑茶を取った後、澪は返金レバーを押して残高を財布に入れる。
斗真と同じもの。たったの飲み物だとしても嬉しくないはずがない。
嬉々とした感情が溢れ、自然と表情が崩れた途端ーー銃弾で撃ち抜かれたように心に穴が空いた。
澪は十分後のことを考えてしまったのだ。
幸せに包まれていたからこそ、虚無感が止めなく流れてきたのだ。
「それじゃあ行きましょうか」
「……待って」
一歩先を歩き出そうとした斗真の腕裾を澪は掴む。
「っ!? ど、どうしました?」
「こ、ここから私の家まで……あと15分くらいしかないの」
「え……大体、そのくらいですね?」
斗真はいち早く澪の様子がおかしいことを察知する。
立ち居ふるまいに落ち着きがなく、目のやり場に困っているように視線を泳がせいたのだから。
「今日は……寄り道をしたりしないのよね……」
「はい、不審者の件があるので素直に帰宅しましょう」
「じゃあ、後はこのまま帰るだけ……よね?」
「そうなりますけど……」
「…………」
「え、えっと……」
当惑するには十分だ。澪は裾を掴んだまま動こうとしないのだから。
「澪……さん?」
「斗真くん……。私はイヤなの。ただ一緒に歩いて帰るだけだなんて……」
澪が何を言いたいのか。懸命に頭を働かせるが正解にたどり着けない。もっと言うのなら何も分からなかった。
「……と、年上としてこんなことを言うのはどうかと思うけれどーー」
丸く、美しく、潤んだ瞳が斗真を捉えた。
「さ、寂しくなったの。このまま……帰るだけは……。あと15分後には別れることになるから……」
「……」
「だ、だから……あのね……」
「…………」
「て、手を繋いで……帰りたいの……」
好きな人と別れることは辛く寂しい。こんな夢のような楽しい時間が一瞬にして去ってしまう。
だから、澪は置き土産のようなものが欲しかったのだ。
辛さ、寂しさを少しでも紛らわせるために。
「斗真くん……と」
澪がすぐに思いついたもの。それは斗真の手の感触だった。
斗真がShineで酔い家まで送っていった時、お見舞いに来てくれた時も斗真と澪の手は触れ合った。
その感触は澪が就寝するまでずっと残っていたのだ。
ベッドの中でも握られているようで暖かな気持ちで眠ることができた。
「……」
「……」
風音、そして車の雑音が止んだ。まるで斗真の返事を待つように、邪魔しないように。
「澪さん」
静寂、その名前がしっかりと届く。
斗真は手首をゆっくりと曲げーー
裾を掴み続けている一回り小さな澪の手を、ぎゅっと包み込むように握ったのだ。
すぐ解けるような優しいでもない。痛みがあるほどのものでもない。
しっかりと握られている。包まれている。そのくらいの力。
「……明日もこうして帰りませんか?」
「……い、いいの……? 明日も……」
「自分は、澪さんとこうして帰りたいです……から」
「……う、うん……」
真っ赤になった澪はコクリと頷きながら小声で答える。
繋がれた両者の手から、体温が直に伝わってくる。
斗真は呼吸を忘れ、目の前の彼女に見惚れ続けていた。
****
あとがきを失礼いたします。
最近の夜は涼しく、冬が近づいてるなぁなんて実感中の私です。
前置きはこれで……この作品の完結についてなんですが、残り5話前後になりそうです。
今のところ、完結した後にアフターストーリーを書く予定でいるんですが、まだ考え中なので後日報告いたします。
完結まで頑張りますのでよろしくしてただければ幸いです><
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます