第49話 相談と覚悟……

 時刻は22時。

 常連により数席が埋まったShineの店内。ジャズの音楽に混ざって話し声が外まで漏れている。


『カランカラン』

 ある者はその声を聞きながら、店の扉を開けた。


「はい、いらっしゃいませ……ってみーちゃん!?」

「美希さん、こんばんは」

 黒のポロシャツに赤紫のロングスカートを合わせた澪は、驚き気味の美希に一礼した後に常連さんに視線を向ける。


「おー、ミオリンじゃんか!」

「久しぶりぃ!」

「どう、せっかくだしオレと飲まないかい?」


 澪がShineに通い始めて半年以上が過ぎている。あまり喋らないとはいえ、店内で同じ空間を過ごすことになる。常連同士、自然と顔を覚えるのだ。


「すみません」

 と、一言で振った澪。


「アウチ、振られたア!」

「お前じゃフラれるに決まってんだろ」

「ガハハハ!」

 一度振られたからと言ってしつこく来ないのは、常連だからでもあり客の質が良いからでもある。

 常連は振られたことをおつまみに、さらなる盛り上がりを見せて酒を煽り出した。


「そ、それで今日はどうしたの?」

 客からの注文が落ち着いているのだろう。美希はカウンターから出て澪の元まで歩み寄る。

 美希が困惑しているのも無理はない。澪は斗真のシフト日にしか顔を出さなかったのだから。固定概念になりつつあったことが崩れたわけである。


「……もしかして、斗真ちゃんのシフト日を間違えた?」

 周りに聞こえない声量で美希は言う。

「そ、そうではなくて……美希さんに相談に乗って欲しいことがあって……」

「相談? あぁ〜、そう言うコトね」

 察しの良い美希は眉を上げて口角をぐいっとあげる。相談の内容をすぐに見抜いたのだ。


「とりあえずカウンターに座ろうか。込み入った話なんでしょう?」

「ありがとうございます。……ご迷惑をおかけして」

「気にしないで。そこのお話はアタシも興味があったから。あ、ちょっとだけ待っててね。裏から旦那を呼んでくるわ」


 端のカウンター席を指差し、『ここに座ってて』と言い残した美希は裏に下がった。

 客からの注文が入れば、そちらを対応せざるを得なくなる。

 相談中に水を差されないようにしたかった為に旦那を呼ぶ行動を取ったのだろう。『込み入った話』を重要視したのだ。


 その2分後、美希と一緒に主人が出てくる。


「お! 久しぶりだねぇー、澪君。元気にしてたかい?」

「お久しぶりです。わたるさん。この通り、元気にやらせていただいてます」

「それは良かった。今日は相談で来たって聞いたよ。遠慮なくうちのミキを使ってくれていいからね」


 ニッコリスマイルを浮かべた渡は澪に親指を立てる。


「それじゃあミキ、僕は行ってくるよ」

「お願いね」

 簡単に話を終わらせるのは、客を待たせないためであろう。

 嫌な顔を一つせず、むしろどこか満足そうに美希の主人である渡は接客に入っていく。そんな時、澪は羨ましさを胸いっぱいに溜め込んでいた。


『うちのミキを』との主人の発言。


 美希を嫁にもらっているのだから当たり前のことだが、それは嫁にもらっていなければ言えないこと。


私の、、斗真くんを……)

 いつか、誰かにそう言いたい澪であった。


 ****


「それで、相談したいことって斗真ちゃんのことでしょ?」


 カウンターには澪が注文したピーチアイスティと呼ばれるカクテルが二つ置かれている。一つ数が多いのは相談料として美希の分である。

 ある程度の落ち着きが出てきたところで美希は話を進めた。


「やっぱり、斗真くんがいない日に来たら分かりますよね……」

「それもあるけど、今になってみーちゃんが女の顔してるから。アタシじゃなくても分かるくらいに結構出てるよ?」

「そっ、そんな……そんなこと……」

 ボワっ! 目を丸くして顔から火が出るほどに一瞬にして顔色を変える澪。

 想像が及びもつかないことを言われて声を萎めていく。


「ふふ、あのみーちゃんがそんな顔をするようになったのねぇ〜。年を取ったって実感する瞬間だわ」

「も、もう……からかわないでください……。恥ずかしいですから……」

「懐かしくてつい、ね? みーちゃんのお母さん、沙彩にアタシもよくからかわれてたものよ」


 グラスを持ってカクテルを一口。『本当のことよ』と言うように苦笑を浮かべる美希は一瞬だけ主人に顔を向けた。


「あ、あの……美希さんはどのようにしてご主人さんとお付き合いすることが出来たのですか?」

「どのように……か。まぁ、アタシからの告白だね。ベンチに座って海風に当たりながら」

「美希さんから……なんですか?」

「そうよ。ああ見えても旦那は人気があったからね。取られる前に取ってやるって精神で」


 昔の馴れ初めはやはり恥ずかしいものがあるのだろう。頭を軽くながらそわそわとしている美希。

 すぐ隣にはその張本人である旦那が接客をしている。この話を『聞かれていないか』なんて気が気ではないのだ。


「……こ、怖くなかったんですか? 告白……」

「怖くないなんて見栄を張りたかったけど、鳥肌が立つくらいに怖かったわよ。もし断られたら今までの関係性が崩れるでしょう?」

「そう、ですよね……」


 一度の頷きではなく、数度の頷きを見せる澪。共感の度合いが大きいことを示している。

 その様子は美希に違和感を与えるには十分なもの。


「ん? もしかしてだけど……みーちゃんは斗真ちゃんに告白をしようとしてる?」

「……」


 ーー無言


「ほら、正直に」

『…………コク』

 たくさんの時間をかけて澪は首を縦に振る。手入れされた長髪が揺れて甘い匂いが香る。


「そっかそっか。それくらいうち、、の斗真ちゃんを好きになっちゃったんだ?」

「み、美希さんの斗真くんじゃありません……っ」

「じゃあ誰の?」

「わ、私の……です……」

「え、みーちゃんの? ほんとに?」

「んぅ……、っっ」


 意地悪をするように聞き返された結果、澪は可愛らしい唸り声をあげて顔を伏せた。

 いともたやすく美希に乗せられているが、これが人生経験の差である。

 美希は見破っていたのだ。『私の斗真くん』なんて呼びたい願望が澪にあったことに。


「みーちゃん顔がかなり赤いよ? 斗真ちゃん独占宣言をしたからかな?」

「……き、気のせいです……」

「ふふ、なら話を戻すけど」

 美希は時計を見ながら口を動かす。

 ちょっかいを出しながらも本題を逸らさないのは流石だ。


「アタシに相談するってことは斗真ちゃんに告白したいけど、怖いからできないってことなんだね?」

「……はい。美希さんも言った通り、告白を断られたら今の関係性は崩れると思います。斗真くんのことが大好きでも……私には2回目の告白をするほどの強さはありません……」


 一度振られても、もう一度アタックする。

 この文章だけを見れば楽勝な内容に思えるが、実行するとなれば困難を極める。

 相手のことが好きでも、好きだったとしても……二度目の告白をできるのは強い自分を持っている者のみ。


「みおちゃんはもっと自信持っていいんじゃない? 告白をしようって思ったのは告白が成功できるかもしれないって可能性があるからなんでしょう? なら、その可能性を信じなきゃ」

「……と、斗真くんを取られたくないからです……」

「あ、えっ? それはみーちゃんの親友さんがなにかアタックをかけてきたとか?」

「そ、それとはまた別で……」

 この時、澪は今日あった出来事を伝える。


 一緒に待ち合わせをして、大学の正門前で待ってもらったこと。そこで三人の女性グループが斗真を熱心に見ていたこと。狙っているような雰囲気だったことを。

 ただ、『そう感じた』という曖昧なものでしかないが必ずしも間違っているとは断定出来ない。


「つまり、その現場を見て焦っているわけね?」

「はい……」

「なるほど。アタシと一緒の状況に陥っているわけ……か。なら、その先輩としてみーちゃんは二つのことを信じないとダメだってことをアドバイスするわね」

「二つ……ですか?」

「そう、二つ」


 右手にピースサインを作る美希は、中指を折って人差し指を立てた。


「一つ目は斗真ちゃんのことを信じること。告白する前からナイーブになっていたら気が持たないし、もし女の子に声をかけられたとしてホイホイとついていく遊び屋のタイプかしら、あの子は」

「そ、それは……違うと思います……」


 Barのマスターとして今までに山ほどの人を見てきた美希の観察眼。そして、バイトとして入ってきた斗真を指導してきた身だからこそ『違う』と断定できる。

 澪も斗真と関わってきたからこそ、同等の答えが出る。


「でも、相手が可愛い女性だったら……」

「ーー二つ目」

 不安がる澪を他所に、美希は再びチョキを作る。


「みーちゃん自身を信じること。他の人に取られるかもしれないって思ったのは事実だろうけど、告白に成功する可能性があるって考えていることも事実でしょう?」

「……」

 無言を貫く澪だったが、美希は言葉を止めない。


「好きな人を取られるかもしれない。それだけだったら告白をしようとは思わないから。……特に、2回目の告白をするほどの強さがないって言っている人はね」

 時代。時は違えど美希と澪は同じ状況を経験している。

 似た者同士で、なおかつ相手斗真のことに理解があるからこそ分かることがある。


「みーちゃんは斗真ちゃんから何かしらのアプローチをされているんでしょう?」

「そうかも……しれません」

「そうかも、じゃなくてソレを信じて勇気を持ちなさい? 斗真ちゃんは優しいけど、そのアプローチは誰に対してもする子じゃないから」


 手を繋いでいたりとの現場を見ていないにも関わらず、見ていたかのように言ってのける美希。


「好きな人とお付き合いが出来たのなら、毎日が浮かれるくらいに楽しいわよ。……だからみーちゃんは頑張ること。今日相談しにきたってことは……告白、明日するつもりでしょう?」

 明日は斗真がShineでバイトの日。告白するタイミングならいつでもある日である。


「はい……。美希さんのおかげです……」

「それは良かった」

 お互いに安心した笑みが浮かぶ。


「……ふ」

 ーーその様子を見た渡は柔らかく微笑んだ。


「それでは今日はこれで帰ります。明日に備えて……」

「それがいいわね。じゃあ夜も遅いしタクシーを呼ぶわ。ここら辺で不審者情報も出てるから」

「はい、ありがとうございます。本当にいろいろ……」

「どういたしまして」


 相談はこれにて終了する。

 そして、澪は告白するという確かな勇気を持てたのだ。


 

 ある者にこの計画が潰されるなど、今はまだ知らず。








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