第50話 七海の本心と応援と
「うっわぁ、なにあの人溜まり。別のクラスからも集まってきてるけどなんの騒ぎ?」
「ナナミちゃんは聞いてない? 昨日、澪ちゃんが男の子と一緒に帰ったって話! 多分彼氏さんだって!!」
澪の親友である七海が教室に顔を出した矢先のこと。
クラス内は騒々しく、たくさんの在校生がある人物を囲むようにして輪になっていた。
その中心にいるのが看護科の天使、澪である。
「あー、その件でああなってるわけかぁ。納得納得」
「彼氏がいるって聞いたの今さっきだったからわたしびっくりしたよ。前には澪ちゃんが男の人と一緒に帰ってたって噂があったけど、アレは本当だったんだね!」
「そう言うことになるねぇ」
七海はすぐ側の机に荷物を置き、現在の光景を遠目に見ながら友人と会話を進めていた。
「ナナミちゃんは澪ちゃんの彼氏さんがどんな人か知ってる!? なんかね、ものすごく大人っぽい人らしいの!」
「ふふふ、情報通のうちが知らないとでも思っているのかい?」
「つまり……?」
「写真も持ってるってことになるねぇ」
「おぉおおおお!」
バックのチャックを開けスマホを取り出す七海はほくそ笑んだ。その友人はお宝を見つけたかのように瞳をキラキラ輝かせる。
今の流れ、七海は写真を公開しようとしていたのだ。
これは澪への嫌がらせでも、いたずらでもない。そういった邪心なしの、悪意なしの行動だった。
むしろ、二人を応援しているからこそ……だった。
****
数日前のこと。
「あ、そうだ。ななみ姉に報告があるんだけど」
「ん?」
風呂上がりの春はソファーに座りながら、バラエティー番組を見ている七海に声をかけた。
「前に話したんだけど斗真って覚えてるか? 少し前に話したオレの親友」
「もちろん覚えてるけど……斗真君がどうしたの?」
「やっとのことで好きになったんだってさ。澪先輩のこと」
「……」
湿り気のある頭をタオルで拭きながら春は言った。
「そ…………そっか」
もし、この時にタオルで頭を拭いていなければ春は目視していただろう。七海の顔が辛そうに歪んだ瞬間を。
バラエティー番組から流れる明るい音声がより一層七海を暗く見せた。
「好きになったんだね、斗真君は……。全く……好きにさせるなんて流石はみおちゃんだ……」
天井を見上げながらしみじみとさせた七海。この時にはいつも通りの面様に戻っていた。
「あ? 感想それだけ?」
「そ、それだけってどう言う意味さ……」
「いや、ななみ姉なら『おぉおお!』とか喜ぶ反応予想してたんだけど、なんか喜んでなくね? 逆に」
「……喜んでるよ、親友のおめでたい話だもん」
「オレにはそう見えないけど。ってか、喜んでるならななみ姉は声に出すはずだろ」
10年ではない。20年という長い時を一緒に過ごし続けてきているのだ。お互いの性格はお互いが負けないくらいに分かっている。仲の良い
「やっぱハルには誤魔化せないよねぇ……」
「なんかあったのか?」
「そ、そうじゃないこともない……かな。ホント喜んでるんではいるんだけどさ、悲しいって感情がそれを上回ってて」
「それだけじゃピンとこないんだが……」
澪の恋を応援することに後悔はない。その感情から七海は二人の時間を作れるように計画し、距離を縮めようとした。
だから『あの二人が付き合ってもうちはどうってことない』なんて客観的に捉えていたのだが、それは間違っていた。
この報告を聞いた瞬間にツラくなった。涙が溺れ落ちてしまいそうなくらいに。……本当なら嬉しくなるはずだったのに。
「あ、あれだよ……。先を越されちゃったっていう感じの……ね。あの二人、両想いだから付き合うのは時間の問題だろうし……」
「あー、そっちな」
『うちも斗真君のことが気になってた』だなんて春に言えるはずがない。
だから嘘をつくしかないのだ。
「ってことは澪先輩は斗真のこと元から好きだったんだな。薄々そんな予感はしてたけど」
「うん。ハル、報告ありがとね。……ちょっとうちは部屋に戻るよ」
普段の七海なら、ここで『勝手にお祝いパーティーをしよう』的なことを言うだろう。
しかし、今は祝えるほどの気持ちにはなれるはずがない。
「覚悟していたのに……どうして」
小さく口を動かした七海はゆっくりと立ち上がり春に背を向けた。今の顔を見られないように意識して。
「あのさ、ハル。うちの部屋……入ってこないでね」
「お、おう……。体調悪そうだから早く寝ろよ?」
「ん、そうするよ……」
その日、七海はひっそりと枕を濡らした。
失恋のツラさに。そしてこれが気持ちを切り替える唯一の方法だったのだ……。
****
時は戻る。
「お願い! 澪ちゃんの彼氏さんの写真見せてっ!!」
「しょうがないなぁ。惚れても知らないよ?」
「うんうん! ありがとぉおお!」
興奮した友達を見ながら七海はスマホからアルバムを開き、指をスライドさせて目的の写真を探していく。
本来ならば、澪に許可を取らなければいけないことだろうが時と場合によってこれは例外になる。
現在、澪に彼氏がいると
斗真は澪のことを好きでいる。澪も斗真のことを好きでいる。
二人は両想いと知っているから。
どちらかが勇気を出して告白したのなら、本物のカップルが誕生することになる。……結局のところ付き合うのは時間の問題。
あとは告白させるまでの道を作ってあげるだけでいい。
澪は頑張って斗真を好きにさせたのだ。このくらいのアシストは親友としてしたかった。
気持ちの切り替えはもう出来ているのだから。
「あったあった。コレだよ」
そして、以前にBarで斗真とツーショットした写真のトリミングしたものを友達に公開する。
「え!? お相手まさかのバーテンダーさん!? 澪ちゃんレベル高いところ行っちゃってるじゃん……!」
「因みにこれ、加工無しだよ」
「んん゛!? してないでこれ!? じゃあ、実際にに会ったらもっとカッコいいってことじゃん! さ、流石は澪ちゃんを落とすだけはある……」
「うちもこの人と会ったことあるけど気さくで優しかったから、メロメロにされたみおちゃんを見れるのは時間の問題かもね? もしかしなくてもノロけたところを見せてくれるかも〜」
冗談のような口調を見せている七海だが、もしこの二人が付き合ったなら澪にとんでもないギャップが現れるだろうと予期していた。
必ず、皆は驚くだろうとのことを。
「ねえねえ、この写真って今集まってるみんなに見せてもいい?」
「そうだねぇ。あとでうちと一緒にみおちゃんに怒られる覚悟があるならいいんじゃない?」
「怒られる覚悟……、うん! 出来ました!
「よーし、なら行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
七海のスマホを受け取った友達はキレのある敬礼を見せて集団の中に直行する。
「ねーみんなぁー! これが澪ちゃんの彼氏さんだってー!!」
スマホを掲げ
「っ!?」
「どれだぁぁあああ!?」
「ミセロォォオオ!」
「ワタシが先だよっ!」
そこからの教室はお祭り騒ぎだった。皆で見せ合えばいいものを年甲斐にもなく揉みくちゃになり、乱闘が起こったなんて話が広まる始末。
廊下には野次馬が増え続けていた。
「ごめんね! みおちゃん!」
話すには遠い距離に居ながらも、七海は普段より大きな声を出し澪に向けて両手を重ね合わせた。謝罪の構えだ。
「なっ、七海!? あなた……なんでこんなことを……」
『斗真くんは私の彼氏じゃないこと知っているわよねっ!?』と、副音声のようにして伝わってくる。
そこで七海は声を発することなく、口をゆっくーりと動かし、
『これで斗真君をカレシにするしかなくなったね?』
悪戯っ子のニヤリ顔をさせた。これが七海の狙い通りの展開。
この状況が作られることで澪は告白を頭に入れるだろうから。
これほどの誤解を解くには、今の関係を変えるのが一番早い。
結局のところ斗真を彼氏にすれば良いだけなのだから。告白をすれば、もう付き合えるのだから。
『こんなことをしなくても告白をするつもりだったのよ?』
澪からその真実を聞くのは数年後のことであり、いい思い出の一つになる。
……しかし、この件はある者にとって激憤の一途を辿るものでしかなかったのだ。
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