第47話 噂の彼と激憤

「うわ、イケメンさん発見っ!」

「え、あれが? ちょっと怖くない?」

「うーん。確かに強面だけど普通にレベル高い方だって」

 麗常看護大学の正門前で、三人の女子グループはある人物に視線をやりながらこんな会話を展開させていた。


「笑ったら絶対えるはずっ!」

「そんなことはないって。あれは表情を変えないタイプでしょ」

「えー? それはどうかな。予想だけど笑った顔は見れると思うよ」


「ホント!? それホント!? わたし見たいよっ!」

「どうしてそんなことが言えるのよ」

「ココの正門で待ってるってことは、友達か彼女を迎えに来たくらいしかないじゃん? 不審者の情報も出てることだしさ。だから待ってる人が現れた時には『お〜!』って感じで表情緩むはずだって」


 壁に寄りかかりスマホをいじっている人物の様子を正門付近から見続ける三人の女子。

 その人物が不審者だと疑われない理由として、マスクなどで顔を隠したりことと、挙動が怪しくないことが挙げられる。


「うー、やっぱり彼女持ちの可能性あるよねー。かなりのタイプなんだけどなぁ……」

「アンタ彼氏いるでしょうに」

「このことを聞いたら泣いちゃうんじゃない?」


「大丈夫大丈夫。目の保養をするだけだし! だから少しだけ待ってみないっ? 10分くらいでいいから!」

「10分も待つの? 初対面の相手の笑った顔を見るためだけに?」

「うーん、そう言われると馬鹿らしいけど、あたしも気になってる部分ではあるから賛成だね」

 気乗りしていない一人の女子をなだめる二人。どうにか納得してもらい、正門前で佇んでガールズトークで時間を消費することに決定した。


 そして五分経った時、

『タッタッタ』

 三人の女子は小さな駆け足の音を聞きーー無意識に顔をそちらに向ける。


「あ」

 三人の女子のうち、一人が一音だけ声を漏らす。

 麗常看護大学の敷地内から駆けてきた彼女は、外でスマホをいじっている彼の元に近づいたのだ。


「ご、ごめんなさい斗真くん。……待たせてしまって」

「お疲れさまです、澪さん。今来たところなので気にしないでください」

 その後、二人は仲の良さが伺える話をしている。


「……」

「……」

「……」

 呆然とする三人の女子グループ。石化したようにまばたきすらしていない。

 彼女を待っているとその予想は当たっていたが、その『彼女』こそ規格外の有名人だったのだ。


 品行方正、才色兼備。この大学で知らぬ者はいないーー『看護科の天使』の異名を持った人物。


「ふふっ、斗真くんはウソが下手くそよね。本当に今来たばかりなの?」

「そ、そうですけど……?」

「あら、電話で言ってなかったかしら。『明日は17時30分には私のところに行ける』って。斗真くんが言葉通りに行動したことくらい分かるわよ?」

「じ、事情があってここに着いたのは17時50分なんですよ」


「頑固ね。素直に認めてくれたらご褒美をあげていたのに」

「えっ!?」

「ふふっ、本当にありがとう。気を遣わせないようにそんな言い回しをしてくれて」

「……み、身に覚えがないですね」


「もぅ、どうしても白状するつもりがないのね。それが斗真くんらしいけれど」

「そ、それよりほら、早く帰りましょう? 不審者が出てきたら大変ですから」

「もしもの時は任せたわよ。私のナイトさん? ふふふっ」

もしも、、、が無いのが一番ですけどね」


 そうして、見惚れるほどの笑い顔を浮かべた両者は肩を並べて帰っていった。



「ほ、ほら……今のイケメンのさんの笑った顔見たでしょ……。カッコ良かったでしょ……」

「そ、そそそうじゃないでしょう!? い、今……え、幻覚? これは幻覚なの?」

「いや、看護科の天使だったよね……あれ。間違いなく……」

 どんどんと遠ざかっていく二人の背中を、放心状態のまま見つめる一行。


「……なんか、すっごい幸せオーラ出てたね。周りが見えてないくらいに」

「……看護科の天使があんな顔するなんて……。あの男の人も物凄く雰囲気が柔らかくなって……」

「……この前、男と一緒に歩いていたって噂は聞いたことがあったけど、デマじゃなかったのね……」


「もう、帰ろっか」

「そうだね」

「なんか彼氏欲しくなってきちゃった……」

 あの二人に影響され、この願望が目覚めてしまった女子であった。


 ****


(ア、アイツ……。アイツはッッ!!)

 勇人が見た。いや、見に行ったのだ。澪が言っていた『彼』の姿をこっそりを。

 その彼を勇人は偶然にも一度だけ見たことがあった。うっすらと記憶を頼りに顔を思い出したのだ。


「バーテン、野郎……」

 怒りで声が震える。血走った目が浮き彫りになった。


「アイツがみおさんに告げ口しやがったんだなァッ! ボクの印象を下げるためにッ!!」

 図書室で会った時から、澪の態度がどこかおかしいと感じていた勇人。その原因はコレだと勝手に被害妄想をしてしまっていたのだ。


『本当はさー。狙ってたんだよ。一発ヤるってことさー』


『あんな上玉とヤれるなんて日はこの先ないだろうし、今日もし来てくれたなら強い酒ガンガン飲ませて泥酔させてやるつもりだったのにさー』


『付き合う方法としたらBarとかで泥酔させてー、ホテル連れ込んでー、ヤってるところ写真に撮ってー、脅してー、付き合うぐらいだってー』


 はっきりと覚えているわけではないが、こんなことを言ったような気がしていた。いや、澪はそのことを聞いたからこそ態度に変化が現れたのだと勇人は錯覚する。


 全ては酒に酔ったせいで。ーー違う。

「アイツが強い酒をどんどんと勧めてきたせいで……。ボクを酔わせてあの発言をさせて……みおさんからの印象を下げるためにッ」


 実際のところ、斗真は酒を勧めていたわけではない。

 気分が良くなった勇人が酒をガブガブと飲んでいっただけなのだ。が、その記憶は消えて都合の良い上書きがされていた。


 好きな人を汚い手によって奪われた現実。

 怒り。恨み。憎しみ。嫉妬。


『あんなことを言う奴より俺を信じてほしい』

『あんな奴は無視したほうがいい』

『澪さんは俺が守ってみせるよ』


 根拠も何も無いこと。だが、強い負の感情によって斗真がそんな発言をしたのだと現実のように書き換えられる。


「許さない……。アイツだけは絶対に許さない……。クソが!」

『ドン!』と校舎の外壁を素手で殴った勇人。

 皮がめくれ、鮮血が拳から滴り落ちる。それほどの強い力だったのだ。

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