第11話 真っ赤に染まった澪

「あ、佐々木さんの家はどちらですか? 送らせていただきます」

 片手に買い物袋を下げた斗真は、佐々木の小さな歩幅に合わせながら申し出る。

 現在の時間は19時過ぎ。車通りは多いがその分人通りがない。落ち着いて話が出来る空間である。


「あ、あら……。ここは先輩の私が斗真くんを送るべきじゃないかしら?」

「先輩を立てるためにも後輩の自分が送ります。それに、もう遅い時間なので譲ってください」

 女性が男性を送っていく。それが悪いということではないが、男性として送っていく方が斗真は正しいと思っていた。


「ゆ、譲らないって言ったのなら……?」

「意地でも譲ってもらいます。佐々木さんに何かあったら大変なので」

「か、彼氏ぶっちゃって……もう」

「か、彼氏だなんてそんなつもりは!?」

 顔を伏せて口を尖らせながら柔らかい文句を言う佐々木。が、これは一種の照れ隠し。好きな相手に心配されていると分かったのなら、嬉しさでいっぱいにもなる……。

 斗真の意見に従うしかなくなってしまう……。


「こればっかりはプライドが許さなくてですね……。ですので、彼氏どうこうに関わらず譲ってただけると助かります」

「し、仕方がないわね……。それなら譲ってあげる……」

 そんな高飛車な言葉を続ける佐々木だが、最後に小さな声で『ありがとう』と礼を言う。佐々木は不器用なだけなのだ。いつも通りに振る舞うために必死なのだ。全ては斗真に違和感を持たれないために……。


「……と、ところで斗真くん。今更だけど私と帰っても大丈夫……なの?」

「大丈夫と言うと……?」

 佐々木はここで切り出した。切り出すにはこのタイミングしかなかった。一番の緊張を隠しながら、一番知りたかったことを……。


「斗真くんに……か、彼女さんとかいたらやっぱりダメだと思うから。そうでしょう……?」

 澪は揺れた瞳を斗真に向ける。

 この答え一つでこれからの接し方が変わってくる。

 斗真への気持ちが本物だと確信した澪だからこそ、聞く必要があった。知る必要があった。


「居ると思います……か? 自分に彼女が」

『……コク』

 神経が張り詰め……口が渇く。声を出せなかった澪はゆっくりと頷いた。


「佐々木さんにそう言ってもらえるのは嬉しいですね。……彼女はいないですよ」

「そ、それ……私に気を遣わせないため嘘じゃないでしょうね……」

「こんなことで嘘はつきませんよ。本当です」

「本当に本当……?」

「はい」

「そ、そうなのね……」

(彼女さんいないんだ……っ)と、飛び跳ねたい気持ちを我慢し意識的に感情を抑える。

 斗真に彼女がいない。その事実が分かっただけでスキップをしたいくらいに身体が心も軽くなる。嬉しさから無意識に手に力がこもっていた。


「逆に聞きますけど、佐々木さんこそ大丈夫なんですか?」

「……えっ?」

「ですから、彼氏がいないのか……です。佐々木さんなら彼氏がいてもおかしくないですので」

「う、ううん。私もいないわよ。……もし彼氏さんがいたら斗真くんを誘ってたりはしないわ」

「ほっ。彼氏がいなくて良かったです」

 斗真はここで安心したように息を吐き、柔和な笑みを浮かべた。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

 そして、二人の空間に静寂が舞い降りた。


 話に流れからして、全くおかしくない返事をする斗真だが日本語とは難しいもの。

 時と場合によっては別に意味に捉えてしまう。


『佐々木に彼氏がいなくて良かった。だって自分が気になっているから、、、、、、、、、、、、』という感じに。

 だからこそ生まれた無言であり、ぽーっと薄ピンクに頰を色付かせている佐々木をみて、誤解されてもおかしくない発言をしてしまったことに気づく。


「……あ、今の意味はアレですからね!? その、彼氏がいた場合はトラブルが発生する恐れがあったという意味での良かったってことで……」

「わ、分かってるわよ。…………そうであってほしい気持ちしかないけれど」

 ボソッと本音を漏らす佐々木。この小声が上手い。隣にいる斗真が聞き取れないほどの声量であるのだ。


「何か言いました?」

「……斗真くんって仕事の時と今とじゃ雰囲気が全然違うのね。と、そう言ったわ」

 さぞ自然に言葉を続ける佐々木。全く違和感のない繋ぎが出来ているのは流石である。


「仕事の時の斗真くんは物凄く大人っぽくて慌てたりすることがないけれど、今はお世辞でもそうとは言えないから」

 なんて言うものの、それが悪いとは全く思ってはいない。むしろ今の斗真の方が佐々木的に好印象だった。斗真の新しい一面でもあり、年下らしくて可愛い部分でもあった。


「し、仕事の時の自分は多少なりに偽っていますので……。普段の自分は見ての通りです」

「普段の自分……ね。……なら、私のことを名前で呼んでみる……?」

「な、なんでそうなるんですか……!?」

「プライベートにまで自分を偽る必要はないでしょう? 今の私たちはお客とバーテンダーの関係でもないのだし。……だから、名前を呼んでみて」

「……え、えっと」

「ほら、早く」

 この流れになった時、斗真に勝ち目はない。佐々木の押しはそれほどまでに強く、先輩でもある。自身が折れる他ないのだが……ここである問題が起こった。


「そ、そんなに言いにくいの?」

「た、大変言いにくいことがあってですね……。名前が……その、普段から『佐々木さん』と呼んでいましたので……。すみません」

 呼び名の定着により下の名前を忘れたりする。こればっかりはどうしようもない。


「スマホ、出して」

「ス、スマホ?」

「いいから早く」

「はい……」

 逆らうことが出来ないほどの重圧を感じ、斗真はポケットからスマホを差し出す。


「少し失礼するわね」

 佐々木は丁寧に受け取った後に、自身のスマホも取り出し……白く細い指でフリック操作していく。液晶の光に映された佐々木の横顔はお人形みたいに綺麗で……斗真はその横顔に見惚れていた。


 その一分後ーー

「はい、これが私の名前。もう忘れちゃだめよ?」

「え、あ……」

 スマホを返されて気付く。斗真の LAINのホーム画面に表示されたNewの文字。そこに表示されていたのは、『澪』と漢字で書かれた連絡先だった。


「これは私の名前を忘れていた罰。だからブロックとかしないでよね?」

「そ、そんなことするつもりはないですけど……俺なんかと交換して良かったんですか?」

「斗真くんは私と連絡先を交換したくなかった……?」

「そ、そんなことはないです」

「良かった。私も斗真くんと同じ気持ちだから」

 ピンク色のカバーが付いた自身のスマホを顔の前に持ってきて、顔の下半分を隠す澪は瞳を細めた。

 ……佐々木は見られたくなかったのだ。好きな人と連絡先を交換出来たことで顔が緩んでしまっている姿を。口元が疎かになっているだらしない姿を。


「それは良かったです。これからもよろしくお願いしますね、澪さん、、、

「……っ!!」

 この瞬間、光速に引けを取らない条件反射で体を180度回転させる澪。


「え!? 自分に名前を呼ばれるの……嫌でしたか?」

「あ、あの……。それは違うの……。よ、よろしくしないわけでもないの……。た、ただ珍しいアリさんがいて……そ、それで……」

『名前で呼んで』といってしまったばかりに綺麗なカウンターを喰らってしまう。このタイミングは卑怯で、澪は初めてでもあるのだ。斗真に下の名前を呼ばれたことに……。

 結果、動揺から下手すぎる誤魔化しを見せてしまった。


「あ、蟻……ですか? 虫が好きなんですね、澪さん」

「嫌い……よ」

「そうなんですか……って、え!?」

 じゃあなんで!? と言いたげな声をかけてくる斗真。

 澪は斗真に背を向けた理由を言えるはずもなく、艶のある長髪を使い熱がこもりすぎた赤面顔を隠し続けるのであった……。

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