第53話 親友のありがたみ

「ねえ聞いた!? 今朝のビックニュース!」

「現行犯で逮捕されたんだってね。……あの勇人さん」

「普段の様子からしてありえないよね……。最初の情報が入ってきた時ウソだって思ったもん」

「あんな犯罪者が看護師を目指してたなんて、正直ヤバかったよね。捕まってくれて正直助かるよ」

「大学側でも、電話の対応に追われてるらしいね」

「ってかアン奴マジでふざけないでほしいんだけど! あたしのミオちーを襲うだなんて、一体どう責任を取るってわけよ」

「いや、あんたのじゃないでしょ……」


 昨日の事件は既にこの大学中に広まっていた。いや、今朝のニュース報道よってたくさんの人間に知れ渡った。

 器物損壊罪、傷害罪、業務妨害、銃刀法違反等々、今では監視カメラの映像により勇人はストーカー容疑もかけられている。

 どのような罰則が与えれるのかはまだ分かっていないが、これだけの罪を犯した勇人は大学から退学処分を受けることとなった。


 ひと段落がついたところではあるが、正門にはテレビ局の記者が立っておりいつも以上の騒がしさが目立っている。


「大丈夫かい? みおちゃん」

「え、ええ。大丈夫よ……。私は、、……」

 その事件の当事者である澪に近づく者はーー親友である七海一人だった。

 バンを机に置いたまま、授業の準備をすることもなくずっと俯いている。元気のかけらもない澪。

 澪の様子が普段と別物。事件のショックが大きいのは目に見えていたからこそ、周りの生徒は傍観したりすることはなかった。成人を超えた大学生らしい行動でもある。


「でも、斗真くんは違うわ……。私の代わりに大怪我を負って……」

 斗真が救急車に運ばれた後、警察からの事情聴取は美希と渡によって執り行なわれ、澪は一足早い帰宅をすることとなった。

 その後、斗真から連絡が来ることもなく今朝のニュースで怪我の詳細を知ることとなった。


 右前腕ぜんわんの幹部骨折。これが斗真が負ったもの。

 大人の場合、折れた箇所をプレートで固定するという手術をする。

 順調にいっても完治まで時間がかる。もちろん順調にいかない事もあり、時には骨がつかないなんてこともある骨折だ。


 そして、手や指を動かす筋肉が骨折部の周囲で癒着ゆちゃくする事がある。そのために保存療法であれ手術療法であれ、手や指を動かすリハビリが重要になる。

 また、折れた腕を動かさないようにしていると肩関節が固くなってしまうことから肩の運動も大切だった。


 幹部骨折はこの通り、厄介な代物しろもの

 命に別状はなかったとしても、これだけの怪我を負わせてしまった罪悪感。

 自分だけ当たり前に大学に登校しているという後ろ苦しい気持ち。

 あの時、何も出来なかった悔しさ。


 これを簡単に拭い去れるほど澪の心は強くない。


「もう、斗真くんに会わせる顔がないわ……」

 あの事件がなければその日に告白しようとした相手。大好きな彼にどんな顔をして会えば良いのか。どんな言葉を掛ければ良いのか。答えは出なかった。


「はぁ……。うちには全く意味が分からないんだけど。斗真君に怪我を負わせたのはみおちゃんじゃなくて勇人アイツでしょ? どうしてそこを履き違えるの?」

「そ、それは……」

 斗真くんに庇わせてしまったから怪我を負わせた……なんて澪が思っていることを理解している七海。

 確かにそれは間違いではないが、根本的な問題はそこじゃない。


「斗真君のことはみおちゃんが一番分かってるでしょ? みおちゃんに怪我を負わされたとか考えてるわけないじゃん」

 眉を顰めて正論を言う七海。親友のことをどうにか元気付けたい。そう思っているからこそ、軽はずみなことは言えない。

 今朝から頭の中で整理して、澪が納得してくれる文章を口に出しているのだ。


「あとさ、みおちゃんは今すっごい失礼なことを斗真君にしてること気づいてないでしょ」

「えっ……」

「言葉は悪くなるのはごめんだけど、みおちゃんが斗真くんに『怪我をさせた』だなんて後ろめたく思ってたらどう思う? 必死になってみおちゃんを守ってくれたのに、その本人がこの元気の無さじゃいくらなんでも可哀想だよ」

 七海は真剣な面持ちのままゆっくりと距離を詰め、両指先で澪の柔らかい頬をぷにっと摘んだ。


「いつも通りのみおちゃんを見たいに決まってるって。うちも、斗真君も……ね?」

 そして、ぐぐぐと上部分に力を加えて無理やり笑みを作らせて七海もにっこりと微笑んだ。


「や、やべなさいよ……」

「あははっ、ごめんごめん」

 謝った後に力を抜いた七海だったが、頰を握っている両手は健在だった。


「……それにしても。みおちゃんもちもちだよね。ほっぺた」

「いつまで触っているのよ……」

 頰の感触がよほど良かったのか、今度はスライムを押すように6秒ほどムニムニさせて手を離す七海。

 この間に次に出す言葉を考えていたなど、澪は予想してはいないだろう。


「でも……七海の言う通り、私がこのままだと斗真くんに失礼よね……」

「そうそう。そんなメソメソしてると誰かが隙をついて斗真君を狙っちゃうよ? それでも良いの?」

「か、確認させないでよ……。そんなの分かりきっているじゃない……」

「そうだよねぇ。だったらさ、会わせる顔がないなんて言ってる暇はないって。斗真君は骨折しててメールもしづらいだろうし、みおちゃんから連絡ぐらいはしなきゃ」

「……」

 澪は一度小さく口を開いたが、直ぐに閉じた。声に出そうとしたのは言い訳だったから。


「……七海には本当に助けてもらってばかりね。恋敵なのに」

「え? もう恋敵じゃないようちは。彼女持ち、、、、の男にゃ興味ないし」

「か、彼女持ちって斗真くんにそんな人はいないわよ……?」

「うち以外のみんなに故意に誤解させちゃった張本人が何言ってるんだか」

 やれやれと両手を上げて隣席の椅子に腰を下ろす七海は、教室に備えてある時計に指を差した。


「ほら、そろそろ授業始まるよ。早く準備する」

『コク』と、小さく頷く澪は、瞳を細めてこう言う。


「ありがとう……」

 それが、何に対しての『ありがとう』なのか意味を言えばたくさんある。

 澪は瞳を細めて今日一番の笑顔を見せてくれた。ついさっきまでとは別人のような明るい顔で。


「か、貸しだからね。これ」

 その感謝の度合いが伝わったからこそ、七海は照れくさそうに視線を逸らすのであった。


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