第54話 告白を前に

 小尾おび外科整形外科病院。ここが斗真が入院先である。


『じゃあ、放課後お伺いさせてもらうわね』

 カーテンの隙間からオレンジ色の光が差し込む中、斗真は澪から送られてきた数十分前のメールを流し見ていた。

 斗真の病室は個室。

 ありがたいことに、この部屋はスマホが使用できる。友達とのメールや簡単なゲーム、電子書籍を見るなどで、思ったよりも時間は早めに過ぎていく。

 もし、スマホが使えない病室だったのなら暇という苦痛を強く味わっていただろう。


「……しかしまぁ、入院するなんて思いもしなかったな……」

 腕を固定してあるシーネを触りながら、斗真は病室の大きな窓から外の景色を瞳に映す。

 入院は人生で初めてのこと。また、この数日後に待っている前腕の手術も。

 今日は入院、手術に必要な物品についての話、入院までの経過現在の症状について説明を受けた。

 手術は2日後のこと。

 怖い。そんな気持ちも当然あるが、今はある人との面会出来るという嬉しさが勝っていた。


『コンコン』

 丁度その時、病室の扉がノックされる。こちらを気遣ったような小さいノック音。

「どうぞ」

 今日何回か、その音を聞いた斗真は看護師が入ってくるのだろうと油断しきっていた。


「……失礼します」

「ん?」

 気のせいではない。どこか聞き覚えのある声が扉越しに伝う。

『いや、まさか……』そんな情報の整理をする前に、その者は扉を開けて姿を表した。


「こんばんは、斗真くん」

「っ、澪さん!?」

 ベッドで上半身だけ起こしている体だが澪の登場に声が上ずってしまうも、すぐに嬉笑が顔に浮かぶ斗真。

 これが、斗真が手術の恐怖よりも上回っている楽しみという感情。……澪との顔合わせであった。


「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない……。連絡、入れたわよ?」

「そうですけど……看護師の方がきたのだろうとばかりに。すみません」

「ふふっ、そう言うことね。机借りてもいいかしら」

「あっ、はい。どうぞ遠慮なく」

 病室に入って来た澪は口元に手をあてて軽く微笑みを見せてくれる。


 澪はそしてプリザーブドフラワーの入ったバスケットと、少し大きな紙袋を持ってやってきた。


 プリザードフラワーは生花や葉を特殊液の中に沈めて、水分を抜いたものだ。

 生花と変わらない外観を持ちながら、美しさを長く保つことのできる。枯れることもなく水やりも必要ない。それでいて長期間美しさを保てるのだ。


 澪はそのプリザードフラワーを日光の当たらない机上に飾り、紙袋の中から焼き菓子とお茶を出した。


「わざわざすみません」

「ううん、気にしないで。私がしたくてしたことだから。……お菓子とか飲み物は大丈夫?」

「はい、今はまだ」

「食べたい時はいつでも言ってね。……今日は自由に飲食しても大丈夫よね?」

「流石は看護師さんですね、その通りです」

「ふふっ、まだ看護師さんじゃないわよ、私は」


 手術前の飲食は禁止されている。全身麻酔での麻痺中や麻痺直後は、胃の内容物が気管内や肺に入り、酷い肺炎が起こることがあるのだ。

 その知識を持ち合わせ、入院したてで手術まで日が空いているだろうと考えた澪だからこそ、飲食物を持ってきたのだろう。


「分かりました。あ、立ち話もなんですのでこの椅子使ってください」

「ええ、ありがとう」

 立てかけてあるパイプ椅子を指でさす斗真。澪はそのパイプ椅子を音の鳴ることなく広げ、ベッド付近に置いて座った。


「……たくさんの方がお見舞いに来てくれたのね」

「正直、ここまでお見舞い品でいっぱいになるなんて思いもしませんでしたよ。手術後には大学の友達も様子見に来てくれるので、少し楽しみですね」

 澪の視線に釣られて斗真も棚上に目を向ける。そこには紙袋に入れられたお見舞い品が6個ほどあった。


「あの……斗真くんのお母さんは?」

「お昼頃に来てくれました。夕方に面会が入っているのは澪さんだけです」

「そ、それなら少し長めに居てもいいかしら……。斗真くんと少しお話ししたことがあるの」

「はい、もちろん大丈夫ですけど……それは?」

 面会時間は10分から15分ほどがマナーであるが、相手の体調が良ければ時間を長く出来る。斗真の場合、何かの病気で入院しているわけでもなく個室を利用している関係で周りに気を遣う必要もない。


 病室特有の匂いが漂う物音一つない空間。

「ごめんなさい……斗真くん」

 澪は長髪を床につくほど頭を深く下げた。


『言葉は悪くなるのはごめんだけど、みおちゃんが斗真くんに『怪我をさせた』だなんて後ろめたく思ってたらどう思う? 必死になってみおちゃんを守ってくれたのに、その本人がこの元気の無さじゃいくらなんでも可哀想だよ』

 今朝、七海と話した内容を踏まえてもなお……だった。


「あっ、頭を上げてくださいよ!? 澪さんが謝ることはなにもないじゃないですか」

「そうとは言えない……から」

「え? ど、どう言うことですか?」

 斗真には澪の発言の意味など分かるはずがない。


「……」 

「……」

 重苦しい空気が場を支配する。顔を上げて話す体勢を見せてくれるも、ここに入室してきた時の表情とは異なった顔。

 目尻を下げ、申し訳なさそうに澪は口を開く。


「まず、あの犯人……勇人くんと私との関係性を話すわね……」

「……お願いします」

 お見舞いに来る前から澪はこの話をしようと決心していた。そうでなければ、早々にこの話題を出るはずなどない。


「まず勇人くんは私と同じ大学に通っていてーー」

 そして、澪は話し出す。

 勇人に一対一でどこかに行こうと誘われていたこと。

 肌に触れてくるなど、嫌なスキンシップを取られたこと。

 用事があると断ってもしつこく引き下がってきたこと。

『彼』という呼び名を使い、彼氏がいると誤解させてしまったこと。

 その『彼氏』がいる口実を使って酷いと言われるほどの冷たい態度を取ってしまったこと。


 それは全ては勇人に諦めてもらうため……。しかし、

「でも、私が別の対応を選んでいたら結果は絶対に違っていたわ……。勇人くんは斗真くんに復讐をするって言っていたでしょう? それは、私が斗真くんのことをだと言ってしまったばかりに勘違いしたからでもあるの……」

 澪は過去を思い返し、コトの原因を見つけてしまったのだ。


「私が冷たい態度を取らなかったら斗真くんは傷つかなかったのかもしれない……。ううん、傷つかずに済んだわ……」

 看護師を目指す者に必要なスキルでもある責任感。責任感が人よりも数倍強いが故に澪は自身を責めた。


「澪さんはもう少し自分に優しくしてください。そのままじゃ気が滅入って倒れてしまいますよ」

「…………」

「仮にですよ? 仮に自分が澪さんの彼氏だったとしても、あの犯人が復讐する理由はありますか?」

 柔らかい言い回しを使いながら、斗真は優しげな瞳を澪に向ける。


「わ、私が勇人くんに冷たい態度を取った理由が、私に彼氏が出来たからだと勘違いしたら……」

「それは相手の八つ当たりじゃないですか」

「で、でも八つ当たりをさせなければあんな事件になることは……」

「八つ当たりさせなければ、ですか」

 斗真の顔が一瞬だけ険しくなる。……それは澪の発言に対しての不快感だった。


「……つまり、澪さんはあの人のアプローチを受ければ良かったと言っているんですか? 嫌だったとしても」

「……そ、そうよ。斗真くんの大怪我には変えられないもの……」

 そこに澪らしさはない。ああ言えばこう言う、そんな感じで納得をしてくれない。斗真にとってそれは感情を吐き出してしまうキッカケでしかなかった。


「それなら自分は、この怪我を負って良かったと本気で思ってますよ。バイト先が営業停止になっている状態でこんなことを言うのは不謹慎ですけど」

「こ、こんな怪我って……」

「自分は数週間経てば治る怪我で済んだんです。それと澪さんの幸せを天秤にかけたのなら、前者を取るに決まっていますよ」

「……斗真くん、私に嘘をつかなくていいわ。お医者様から説明があったと思うけれど、斗真くんの骨折は……」


『骨がつかない時もある』と、吐き出しそうになった言葉をぐっと飲み込む澪。これから手術、リハビリを控えている斗真に対し不吉なことは言うべきではないと判断するのは当然のこと。


「完治しますから」

「そ、そんな気持ちの問題で治るものではないでしょう……。お医者さんが必要なくなるじゃない……」

「……すみません。実はまだ言っていないことがあります」

「え?」


 斗真は病室の白いカーテンを少しだけ開ける。当たり前に夕日の光が斗真の顔を差す。……顔の赤みを隠すため、その目的で。


「……もし、折れた骨がくっつかなかったとしても、入院期間が長くなったとしても自分は前者を取りますよ」

「じ、冗談を言わなくても大丈夫よ……」

「こんな時に冗談なんて言いません。……、嬉しかったんです。……澪さんがあの犯人に冷たい態度を取ってくれた、そう聞いて」

「えっ……」

 罪悪感に包まれていた澪の顔に驚嘆が浮かぶ。


「もし、澪さんとあの犯人が嫌々付き合っていたとしても、仲良く付き合っていたとしても……俺はこの怪我より何倍も嫌です」

「と、斗真……くん」 

 思わせぶりなセリフ、斗真が『自分』ではなく『』と呼んだことで一瞬のうちに空気が変わる。

 真剣な眼差しでこちらを見つめる斗真に、心臓が強く握られているような緊張感が澪を襲った。


 息を吸うにも苦しくて出来ない。なぜかこの場から逃げだしたい。でも、思うように体は言うことを聞いてくれない。


「俺、本気で言ってます……から」

「っ……そ、そんなこと……言われた、ら……」

 さらなる追い討ちに明らかな動揺を示す澪。首から上が熟れたイチゴように真っ赤に染まる。

 パチクリと大きなまばたきをして四方八方に視線を動かす澪だったが、ついには行き場がなくなったように顔を下に落とす。

 もじもじと両手を重ね合わせ、力がぎゅっとこもった。


 この感覚、この空気を澪は知っている。……何度も体験した。告白をしてくれる寸前の……。

 普段ならこれほど取り乱すことはない。

 でも、相手が相手だ……。好きな、大好きな男性なのだ。こうなることすら予想していなかった。


 澪は自分から、想いを伝えようと思っていたのだから。


「澪さん、俺はーー」

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