第52話 事件の解決

「あ、斗真ちゃん付き合ったの? みーちゃんと」

「や、藪から棒に何言っているんですか!? そ、そんなわけないじゃないですか……」

 バイト先のshineに到着し、店の裏で準備をする斗真に美希からのからかい声が飛ぶ。


「だって監視カメラに映ってたんだもん。みーちゃんと一緒に手を繋いでここまで歩いてきたところが。店に入る瞬間に、『じゃあ離しますね……』『うん……』みたいなやり取りまでしちゃって、初々しいカップルの会話じゃないの」

「こ、この監視カメラってそんな声も拾うんですか!? 」

「今更って言葉ね……。最近の監視カメラはどこもこのくらいの性能よ。じゃないと防犯の役割をきっちり果たしてくれないでしょ?」

「……ま、まぁ」


 音声の録音は重要だ。お店に泥棒が入った時、覆面をしていて顔はわからなかったとしても、話し声を録音できていればその声から男性なのか女性なのか。

 話す言葉のイントネーションから日本人か外国人か、地方出身者か、などを推測することが出来るのだから。

 

「あ、あの……えっと今日は珍しいんですね? 美希さんが裏で控えてて、旦那さんが表に出ているなんて」

 このままではマズい……と抱いていた疑問を聞くことで話題を変換させようと目論む斗真。


「……昨日から少し気になることがあってね。今日は変わってもらってるの」

「気になることですか?」

「表に出る準備をしながらで良いからここのシーンを見てくれる?」

 シャツのボタンを留めている斗真を手招きする美希。指し示す先は監視カメラのモニター。斗真は覗き込むようにして視界に映す。


「こ、これさっき言ってた映像じゃないですか……。もうからかうのはやめてくださいよ……」

 そこに映っているのは店外で澪と手を繋いでいる画面だった。

 からかうためにもう一度見せようとしている、なんて悟った斗真だったが美希の真剣な面持ちを見て自然と意識が変わる。


 これはからかうためではない、別の何か、、を見せるためだと。


「流石は斗真ちゃん。察しが良くて助かるわ。アタシが見てほしいところはこの数分後なの」

 美希はマウスでクリックして、監視カメラの映像を再生させた。


『じゃあ離しますね……』

『うん……』

「恥ずかしい……」

 美希さんの言っていた通りにその音声も入っていた。公開映像に耐えて見続けるが、まだ問題は起きていない。斗真と澪は手を離してShineに入っていった。


「この先よ」

「はい」

 その発言の数十秒後だった。

 伸びた人影がアスファルトに映った第三者。監視カメラがその人物を捉えた。


「コ、コイツは……」

「やっぱり忘れられないわよね。アタシにとっても斗真ちゃんにとっても憎っくき客だから」

「……」

 斗真と美希は、画面に映る人物を険しい表情で見つめていた。 


『あんな上玉とヤれるなんて日はこの先ないだろうし、今日もし来てくれたなら強い酒ガンガン飲ませて泥酔させてやるつもりだったのにさー』

 その客とは澪がいないことをいいことに屈辱的な言葉を浴びせ、斗真を一番に怒らせた相手。


「最近不審者の情報も出てたから、なにか映ってるかもなんて軽い気持ちで昨日カメラを確認したらこの人が映ってたの」

「……」

「みおちゃんに対してあんな発言もしてたから、もしかしたら今日なにかあるかも……なんて予想してたらこの通りよ」

 今日は斗真の出勤日。最近は澪と一緒にこの店に来ているため予想の範疇だったのだろう。そこに狙いを絞った結果、的中してしまったのである。


「斗真ちゃんとみーちゃんの後ろをつけてきたのは間違いないでしょうね」

「美希さん。……警察には?」

「これから連絡してみるけど期待は出来ないわ。警察が動くにはもう少し決定的な証拠が必要でしょうし、この時間だと当直体制になって人手が足りていないって話を良く聞くから」


「……だから旦那さんをカウンターに置いたんですね。店でなにかあった時、対処出来るように」

「そうね……。もしもの時はアタシより旦那の方が力になるから。用心棒として随一だから」

 力には力で対抗するしかない。危険を察知したからこそ美希は今出来る一番の対策を取ったのだ。


「何もないのが一番なんですけどね……」

「斗真ちゃんも一応の警戒はしておいてね。この手の相手は何を考えてるか理解出来ないから」

「分かりました。……では今日はお願いします」

「うん。よろしくお願いね」


 重い空気を跳ね除けるように気持ちの良い笑顔を浮かべた美希は、頷いて斗真を送り出した。

 この数時間後のこと。美希の言葉が正しいことを知る。

 事件が本当に起こってしまったのだから……。


 ****


 21時17分。最悪が訪れた。

 Shineの酒を楽しんだ客がお帰りになり、店内が落ち着きを見せた時間だった。タイミングを見計らったようにあの男が入ってきたのだ。


「ハハハハハッ! いい気味だ」

 刃物を手に携え、高らかに笑う男。

 テーブルの上に散っているさまざまな瓶の破片に照明の破片。木床に染み込んだワインやウイスキー。土をこぼして倒れた観葉植物。無造作に倒れた椅子。

 営業中にも関わらず、地震が発生した後のような酷い光景。

 そして、

「と、斗真くん……。ごめんなさい……」

「くっ……ッ」

 声を絞りあげる斗真はカウンターに背中を預け右腕を押さえていた。

 その横には足の壊れた木製の椅子が転がっている。


 この男は店に入った瞬間に、店内の椅子を投げ回すとの強襲を取ったのだ。

 狙いはどこでもいい。店をめちゃくちゃにするただそれだけの目的を持って。

 その複数投げられた椅子の一つが偶然澪めがけて投げられた時、斗真は身を呈して守ったのである。


 歯を食いしばり額から脂汗を流している斗真。並ならぬ痛みが襲っていることは誰が見ても明らかであり、骨に異常をきたしている可能性があることを看護科の澪は理解していた。


「ゆ、勇人くん……。どうしてこんなことを。こんなの……犯罪よ」

「犯罪? そんなのどうでもいいよ。ボクはアイツにハメられたんだ。だから復讐してやるんだ。この店も、アイツも、めちゃくちゃにしてやる」

 その男ーー勇人は体を震わせる。この行動に対しての恐怖感ではない。怒りによる動悸の昂りで。


「ふ、復讐……? と、斗真くんがあなたに対してなにかしたって言うの……?」

「あぁ、だからそこを退いてくれよ。みおさんがそこにいたら殺せないじゃないか」

「そ、そんなこと……させるわけないじゃない……。だから……もうやめて……。考え直して……」

 今度は私が庇う番だと斗真を守るように前に立つ澪だが、声が震えている。かつてないほどに怖気きった顔つきだった。

 武術を何も嗜んでいない無防備な女性が刃物を持つ勇人相手にこうして身を張っている。

 その行動は勇人にとってさらなる激情を生んだ。


「もうやめて? は? ふざけるなッ! いいから早くそこを退いて。みおさんまで傷つけちゃうじゃないか。あ、それもいいかも……」

「ひっ」

「ついでに服でも裂いてみようかなぁ。それがいいかぁ!」

「……や、やめて……やめて……。お願い……」

 唇が裂けるほどに口角を上げ、恐怖を植え付けるようにじわじわ距離を詰めてくる。刃物を上に上げて悪魔のような形相で。

 それでも澪は動かなかった。斗真の前に立って両手を広げ、必死に守ろうとしていたのだ。


「みおさん……逃げて、ください……」

「イヤよっ! そんなこと、出来るはずがないじゃない!」

 首を振り、絶対に退かないとの意志を示す澪。ここでもし逃げたら斗真がどうなってしまうのか、血に染められてしまうことが分かっているのだ。


「みおさんごめんね。これもアイツのせいだからさ!」

 遊戯をするように刃物を揺らしながら舌舐めずりをする勇人。恐怖を与えるのが痛快なのだろう、不気味な笑声を見せたその矢先だった。


『プープープー』

 侵入者を摘発するような警報音が店内に響き渡る。焦燥するように勇人は音の根源である天井に視線を向けた。

「チッ、うるせぇ音だな」

「……通報音なんだから当然だろう? 犯罪者を思いのままにさせるはずがないだろうに」

 そして、流れるようにカウンターから割り込んだ男性。

 澪の体の前に屈強な腕を出し、冷静な声で勇人と向かい合う美希の主人、わたるだった。

 標的をわざと変えさせるように挑発口調を見せて鼻で笑う。


「はぁ? オマエはさっきみたいにカウンターに引っ込んでろよ」

「理由もなくカウンターに居座るほど僕は落ちぶれていないよ。嫁の愛するこの店をこんなにも壊して。……虫酸が走るね」

 こんな状況の中、表情も声音もいつも通り。だが、青筋だけが額に浮かび上がっている。

 嫁である美希がこの店にかける想いを知っているからこそ……だ。


「澪君は斗真君を連れてバックヤードに避難するように」

 勇人に睨みを効かせながら指示を促す。


「へぇ、そんなことボクがさせると思ってる?」

「させないからそう言っているんだッ!!」

『びくっ』

 卒然そつぜんと溜め込んだ怒りを爆発されるように声を荒げる渡。味方である澪までもビクンと肩を上げさせるほどの声量と威圧。

 それと同時に渡の手から投げられたーー細長い銀色のモノ。


「っ!!?」

 先手必勝と呼べる不意をついた攻撃だった。

『ヒュン』と、勇人の耳元を過ぎ、壁にぶつかると同時に甲高い音が空気を揺らす。


 今の一瞬で何が起こったのか理解が追いつかない。呆気に取られ、渡以外の皆の動きが止まる。


「澪君! 今のうちに」

「は、はいっ!」

 渡の言葉で金縛りが溶けたようにハッと息を飲む澪は、斗真の手を引き【staff room】である裏に避難することが出来た。

 勇人が見せた一瞬の隙、いや、隙を出させた店主の渡。裏に避難させるタイミングを見逃さなかった。


 重苦しい空気。警報が鳴り続ける店内。無言の中、沈黙を破ったのは渡だった。


「……せん抜きってなかなか優秀だよね。飛び道具ってわけじゃないけど、刃物を持った君にこれほどの効果があるんだから」

「クソが……」

 壁下に落ちたモノ。それは飲料用の瓶に封をしている王冠を開けるための道具。重量のある金属製の栓抜きだった。


 渡が最初から飛び出さなかった理由は、投擲武器を持つためであったのだ。

 少しでも有利に展開させるため。結果、二人を避難させることに成功した。


 渡にとって斗真が怪我を負ったのは予想外のことであり、カウンターを挟んでいた位置的に斗真を庇うことは不可能。冷静さを保ちつつ最善の行動を取った渡は流石であった。


「澪君以外のお客さんがいない時間帯を狙ったんだろうけど、逆に助かったよ。あの二人さえ避難すればもう人質が取られることはないからね」

「もう人質なんていらねぇよ。オマエさえ殺せばどうにでもなる」

 ギランと光り輝いた刃物を構える勇人。


「それも一つの手だけど、警察がもうそろそろ到着するだろうね」

 この警報音は店の防犯装置ではない。普段天井から流れているスピーカーの音を変えただけだ。相手を少しでも怯ませる目的と、通報を終わらせた、、、、、、、、と伝えるために美希がしたこと。


 もしもの時は……と予め渡に伝えていたことなのだ。


「その前に全部を終わられば良い話だ。……皆殺しにしてやる」

「はぁ。なんで僕が一対一を選んだのか分かってないようだね」

 呆れ果てたようにため息を吐いた瞬間だった。

「オラァァァッ!!」

 刃物を振り上げ一直線に走り襲ってきた勇人。素人同然の単調とした動き。

 受けの構えをとった渡は瞳孔を開く。

「ハァッ!」

 その鋭い気合の声が反響するとともに、『ドンッ!』と鈍い音が店全体に響き伝う。


 その数分後、数台のパトカーと救急車がShineに到着した。

 無力化させるために顔を拳で打たれたのか、年甲斐にもなく暴れ騒ぎながら拘束される顔の腫れた勇人。そして斗真は救急車によって病院に運ばれることとなった。






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