第45話 とある会話と不穏

 暖かな朝日が差し込む教室。

 空が抜けるような青さに澄み切っている。

 いつも通りに春の隣席に座っている斗真は、講義の準備をしながら口を動かした。


「春……。澪さんって本当にモテるんだな」

「ハハハッ! なに当たり前のこと言ってんだよ。頭でも打ったのか?」

「いや、そうじゃないんだけど……目の当たりにしたって言うかさ」

 昨日の客。酒に酔っていたとはいえ許される発言ではない。

 だが、そんな発言が出てしまう理由として澪の人気さは大いに関係している。


「もしかして気にしてんの? って言うより看護科の天使がモテていることを目撃して不安になってるってか?」

「まぁ……」

「その気持ちも分からないことはないが、深く考えなくていいと思うぞ? 看護科の天使のことだから告白してくる男連中を次々玉砕ぎょくさいさせるだろうし」

「だと良いんだけど……」


 もちろん、こんな心配は今までにしたことがない。澪のことが好きになったからなんだ……と、改めて実感した瞬間でもある。

 そして、『だと良いんだけど』の返事から導ける答えを見逃す春ではない。


「あ。もしかしてだが……惚れたのか? 斗真」

「っ、そ、それはあの……まぁ」

 友達……いや、親友に好きな人を教える。斗真にとって恥ずかしいことだった。


「ハハハッ! お前は図星つかれた時はいっつも言葉濁すよな。……へぇ、ようやくか」

「ようやくってなんだよ……」

「いやぁ、斗真が好きになるだろうなってことは予想の範疇はんちゅうだったからな」

「よ、予想の範疇!? 流石にそれは嘘だろ!?」


 誰々は誰々のことを好きなんだろうという推量ではなく、誰々斗真誰々好きになる、、、、、。と未来を読んでいたような口ぶりをしていた春。斗真が信じられないのも当然のこと。


「いや、相手はあの看護科の天使なんだから当たり前だろ。実際、斗真は好きになってんだから」

「あ、当たってるけどその理論はむちゃくちゃだって……」

「んで、いつから好きになったんだ? オレに相談するってことは最近なんだろうけど」

「お、教えないよ。恥ずかしい……」

「ウブかよ!」

 バシッと肩を叩きながら溢れんばかりの笑みを見せる春。親友の進展。これは春にとって嬉しい出来事なのだ。


「こ、こんなことを春に聞くのはあれなんだけどさ、どうすれば澪さんともっと仲良くなれると思う?」

「それ悩むことか? 連絡先は持ってるんだし、放課後に一緒に帰ろうって誘えばいいじゃねぇか」

「き、緊張するんだよ……。誘うのってさ」


「ここまで来てヘタレかますんじゃねぇよ……。距離縮めたかったら勇気出すしかねぇだろ。これ恋愛必勝法な」

『トントン』と人差し指の爪を机に当て、得得たる顔をしている春。

 恋愛必勝法。このワードは今考えついたことであったが決して間違ったことを言っているわけではない。


「他大学なんだからそれくらいしか関わる時間ないだろ。休日にデートに誘えるなら話は別だけどな」

「そ、そそそそれは無理だって。付き合ってないんだし……」

「なら放課後に一緒に帰る! これで決まりだな。勇気出して誘ってこい」

「よ、よくよく考えたらそうだ……。ありがとう。明日だと急な感じがするから明後日にでもメールを入れることにするよ」

「ああ、頑張ってこい」


 妬み嫉みをするわけではなく、春は純粋に斗真を応援している。


(春の言う通り、頑張って誘わないと……)

 斗真にとって、澪と一緒に帰る理由は距離を縮めたいだけではない。

 あののことを警戒してのことでもあった。


『みーちゃんのことを気にかけてほしい』と、Shineのマスター、美希に直接言われてもいたのだから。


 ****


翌日のこと。


「ねえねえ、聞いた? 不審者の話! 昨日出たんだって!」

「うんうん。背後をずっとついてくるんだよね? 絶対家を知ろうとしてるって。めっちゃ怖いよ」

「あたしの友達の友達なんだけど、声をかけられたんだって!」

「手当たり次第ってところが不気味だよね……」


 麗常看護大学の生徒はこの不審者騒動の話題で持ちきりだった。

 この周辺で起きたことで、身の危険がある事件。

 警察も今日から見回りに当たるらしいが、それでも不安は残る。


「……不穏ね」

「だねぇ。まさかこの周辺で不審者が出てくるとは思わなかったよ。不審者って一体何考えてるんだろうね、みおちゃん?」

「私に聞かれても分からないわよ……。不審者じゃないのだから」

 澪、正論である。


「あはは、そうだね。って、みおちゃんは特に注意するんだよ? 不審者騒動が解決するまでは大学に残らないで早く帰ること!」

「私が? どうして?」

「どうしてって、みおちゃんはこの大学の顔じゃん。不審者が狙っててもおかしくない!」


 手当たり次第に声をかけられているとの情報が出ているが、七海の言っていることは否定できない。

 澪ほどの有名人はこの麗常看護大学にはいない。不審者の耳に届いているのなら狙わないはずがないのだから。


「七海、心配しなくても大丈夫よ」

 そこで言葉を一旦区切る澪は、頬杖をついて瞳を細めながら言う。

「私の看病を斗真くんに任せた時と同じようにね」

「ぎくっ!」

 ツッコミ待ちなのか、わざとらしく擬音語を出す七海。


「最初から私の看病を斗真くんにさせようと計画していたことは分かっているのだから」

「あ、あはは……。ちゃんと心配してたんだけど、そう言われても仕方がないよねぇ……」

「どう言う魂胆なのか教えてほしいのよ。もう昨日のようにはぐらさせないわよ?」


 大学を休んだ次の日、澪は即聞いているのだ。『なんで看病役に斗真くんを選んだのか』と。

 だが、澪の発言通りに七海ははぐらかした。いまだに回答をしていないのである。


「いやぁ、みおちゃんの知りたいって気持ちは十分に分かってるんだけどね?」

「じゃあ教えーー」

「黙秘権を駆使します!」


 澪の声に自らの声を被せ、高らかに宣言する七海は両手を腰に当てて堂々と胸を張った。

 この体勢になった時、七海は何をしてもされても秘密を守り通す。澪はそのことを理解しているため追求の手段がなくなったのだ。


「もぅ、そこまで秘密にしなくてもいいじゃない……。そ、そんなことして後悔しても知らないわよ? 私に取られても知らないんだから」

「みおちゃんは逆に自分の心配をした方が賢明じゃないかなぁ? うちに取られても知らないよ〜?」

「七海のばか」

「あははっ、そろそろMになっちゃいそう」


 挑発するようにブーメランで返した七海に、澪は罵倒で応戦する。

 これだけの会話を見れば、この二人が恋敵の関係にあった、、、ことは誰も予想することが出来ないだろう。











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