第26話 お邪魔する友達(2)

「かぁー、流石はウメちんの兄ちゃんだー。相変わらず優しいね。本当に優しい!」

「お菓子……いっぱい……ある」

 ベッドで足をバタバタさせながら先ほどのことを思い出している夏美に、キラキラとした目でお菓子を見つめている愛。


「うめちゃん……食べていい?」

「梅は食べちゃダメだけど、お菓子はいいよ」

「あ、ありがとう……。いただきます……」


 お菓子が大好物な愛は、じゃがいものチップスを丁寧に開けて一つずつ小さな口に運んでいる。

 ハムスターがひまわりのタネを一生懸命頰に溜め込んでいるように見えないでもない……。


「しかもお手拭きまであるところを見ると、もう気遣いのレベルを超えてるよね……。チップスを食べ終えたことを考えてるってことだし。あ、それコンソメ味じゃん! ワタシもいただきますー!」

 ベッドに座っていた夏美だが、愛同様にチップスをつまみまだした。その間、梅は飲み物の用意をする。

 紙コップに人数分のオレンジジュースを注ぐ。これがいつもの流れである。


「いつもありがとう……うめちゃん」

「ありがとー!」

「気にしないで。って、にいはいつもそんな感じだよ? 食事中にお箸落としたりしたら真っ先に動いたり、飲み物が無くなりかけたら注いでくれたり」


「ちょー!? なにそのセレブ感を味わえるような扱い! ウメちんはもっと兄ちゃんに感謝すべきだって。普通の兄ちゃんはそんなことしてくれないよ?」

「うめちゃんいいなぁ……」

「ま、まぁ……」


 世間の兄と、斗真という兄の対応の違いが分からないからこそ、曖昧な返事をしてしまう梅。しかし、斗真がしていることが当たり前でないことは夏美と愛の様子を見れば分かることでもある。


「あーあ。あのぐらいのスキルがあるから、ウルツァイトちっか化ホウ素の城とあんな関係になれるんだねー。納得納得」

『コクコク』

「ん……? そのウルツァイトって難しい名前、確か看護科の天使様のことだよね?」

「お!? ウメちんもその人のこと知ってるの!?」

 夏美はじゃがいもチップスを人差し指と親指で持ちながらぐいっと顔を近づけてくる。


「クラスメイトの高橋くんがその人と連絡先を交換したがってるから。なんかハンカチを拾ってもらったことがあるらしくて、一目惚れしたらしいよ」

「え、あのモテ男の高橋が!? って、なんでそのことをウメちんが知ってんのさ!」


「梅って高橋くんと仲良いでしょ? それで恋愛相談とかしてくるの」

「な、なんて言うかそれは……不運だね。よりによってのウメちんに報告するなんて……」

「かわいそう……」

 頭を手で押さえ『皮肉だ』とのオーラを醸し出す夏美に、目尻を下げて同情する愛。

 二人は昨日の光景を見ている。見ているからこその反応なのだ。


「え、二人してどうしたの……? 言っとくけどちゃんとした相談には乗ってるんだからね!?」

「ちなみに、どんなアドバイスをしてるか聞いていい?」


「ならない後悔よりやる後悔ってね。完璧なアドバイスでしょ?」

「ダメだこりゃ。可哀想すぎる……」

「うん……」

 予想をしていた梅の答えでもあるが、完全に心ポキっとコースを辿っている。見事だと言わんばかりのアドバイスだ。


「な、なんで!? 看護科の天使様って言えば、告白してきた男を真っ二つにしてきてる伝説の女性って聞くし! いくら高橋くんでも『絶対大丈夫』だなんて言えなくない!?」

「120%振られるから言ってる」

「ふられちゃうよ……」

 夏美や梅が言っていることは間違っていない。看護科の天使、澪と斗真が付き合っていないという真実を知らなくとも。


「言うけどさ、あの高橋くんだよ? いくら看護科の天使様でも絶対に振られるっては言えないでしょ。可能性10%くらいはあるはずだって。梅たちの学校で一番のモテ男だよ?」

「ゼロだよ、ゼロ」

「だからなんでっ!?」

「……ふふふ。いよいよバラす時が来たねぇー。これ言ったら絶対ウメちんビックリするよー?」

「そこまで言われると気になるじゃん。愛ちゃんは知ってるようだし、梅にも教えてよ」

 

 そう、これは今年最大の衝撃ニュース。梅には絶対的に知らせるとの目的も、今日の遊びの中に含まれていた。


「じゃあ言いまーす! 昨日、ウメちんの兄ちゃんがその伝説の女性とラブラブしながら一緒に帰ってましたー!」

「……」

「……」

「……」

「え。ご、ごめん。聞き間違えたと思う」

 沈黙がこの部屋を支配し……、夏美の発言を理解出来なかった梅。いや、正確に言うなら信じられなかったからこその聞き返しである。


「だーかーら、昨日ウメちんの兄ちゃんがその看護科の天使様と一緒に帰ってたんだって。それはもうアツアツで。愛と一緒に塾行ってる時に見たから間違いない」

「お買い物袋を……一緒に持ってた。すごくいちゃいちゃしてた。…………うらやましいな、看護科の天使様……」

「おやおや、愛も羨ましがってるのかい?」

「……っっ! な、なつみちゃん……、って言った……」

「あ、あはは……。気のせい気のせい! 気のせいだって!!」


 なんて会話をしていたことに梅は気付かない。夏美と愛の言った情報を整理することに全ての力を注ぎ込んでいたのだ。


「そ、それ本気で言ってる!? あの看護科の天使様とあのにいがァ!?」

「ウメちんの兄ちゃんはやっぱり半端ないね! その伝説の女性をぽーんと落としたんだから。感服だよ感服」

「でも……お似合い」

 聞けば聞くだけ、事実に灯しい返事が来る。


「ち、ちょっと梅聞いてくるから待ってて!」

「あーあー、ストップストップ!」

 そうして勉強椅子から立ち上がりリビングに向かおうとする梅を、夏美は大の字になってドアを守る体勢に入る。


「ど、どうしたの?」

「これを聞くのは、もうちょっと進展してからでも良いんじゃないかなーって。兄ちゃんの方から自然と話してくれるようになるって」

「でも気になるし……」

「わたしも……きになる……」

 そこでお手拭きを持った愛は、梅を援護するようにして起きあがる。


「え、ちょ……まさかの人数不利!? 愛はこっちの味方になってくれなきゃ駄目でしょ!」

「き、聞きたいもん……」

「夏美ちゃんだって正直気になってるんでしょ? みんなで聞きに行こうよ。それとも、梅と愛ちゃんだけで聞きに行こうかな?」


 梅が夏美の心情を見透かしたかのように得意顔になる。恋愛話、コレに興味が湧かない年頃ではないのだ。


「む、むむむ……。そ、そうだねー! みんなで行こ行こ!」

『コクリ』

「じゃあ出発」


 そうして、斗真は根掘り葉掘り聞かれることになる。


 看護科の天使、澪との出会い。

 仲良くなるまでのキッカケ。

 普段どのような会話をしているのか。

 

 最後に……澪と彼氏彼女の関係なのかを。

 斗真はもちろんそのことを否定する。否定したのだが……たくさんの話を聞いたことで斗真以外の三人、梅、夏美、愛には確信したことがあった。


 ーー伝説の女性である澪が、斗真のことを好きでいること、、、、、、、を……。

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