第25話 お邪魔する友達(1)
休日、土曜日のこと。
「お邪魔しますー!」
「お、おじゃまします……」
「夏美ちゃん、愛ちゃんおはよー」
数日前の学校で遊ぶ約束をしていた三人。斗真の妹の梅は、夏美と愛を家に招き入れた。
サーフィンが趣味の夏美は深めの帽子を被っており、丈の長めなロングチュニックにキュロットパンツ、トパッツを合わせている。
可愛い中にも動きやすさを感じるコーディネート。
寡黙で感情表現が苦手な愛は、VネックTシャツにプリッツスカートを合わせ、ニーソックスを履くことでスッキリとした印象を持たせている。
オシャレに敏感になる年頃ともあり、お互いにの性格や容姿にあった私服姿だ。
「はぁー。それにしても綺麗な家だよねー。ウメちんの家は」
「床もピカピカ……」
「あーそれ、にいが掃除してたからだと思う。掃除する時はいつもルンルン気分でやってるよ」
週末でも斗真の生活スタイルは変わらない。大学がない日でもお寝坊することはなくいつも通りに早起きをする。真面目な性格の斗真らしいことである。
「と、斗真おにいさん……お掃除、好きなんだ……?」
「そうそう。埃なんて見逃さないくらいビッシリと」
「ほえー、それならワタシの家もお願いしちゃおうかな! なんか最近散らかってきてて!!」
「なつみちゃん、それはご迷惑……だよ?」
「あはは、分かってる分かってる! 冗談だって!」
「少し本気だった……」
「梅もそう思った」
愛と梅からジト目を向けられ、夏美はバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。掃除を手伝ってくれる人材は貴重であり、魅力的だ。
少しばかり本気になる理由も分からないことはない。
「あ……。うめちゃん、斗真おにいさんは……?」
「それワタシも聞きたかった! ちょっとだけでも挨拶したいしね!」
「リビングにいるけど……って、そこまで気を遣わなくてもいいのに。にいはそんなんじゃ怒らないし」
「怒られるとは全く思ってないよ? ただ、挨拶しといた方がスッキリするじゃん?」
「わたしも……」
「分かったよ。それじゃあリビングに来て」
「ほーい!」
『コク』
玄関でこのようなやり取りをする三人は、梅の案内のもと斗真がいるリビングに移動した。
「「「あ……」」」
そして、三人の声が重なる。
確かに斗真はいた。いたのだが……声をかけられる状態になかった。
カリカリと、シャープペンシルを走らせる音をリビング全体に届かせ、机上には参考書とノートが積んでいる。耳には黒のイアホンがはめており、周りを寄せ付けないオーラを出しながら集中して勉強に取り組んでいたのだ。
「うわぁ、休日に勉強……。ウメちんの兄ちゃん流石……」
「とても真面目……」
夏美と梅は、勉強している斗馬の背中を見て声を出した。
「うーん……。これ、どうする? 夏美ちゃん、愛ちゃん」
「わ、わたしはやめておいた方が……」
「そうだよね。……勉強の邪魔するわけにはいかないし、挨拶は後にしてウメちんの部屋に行こ!」
「了解」
集中して課題に取り組んでいる斗真を見て、『挨拶は後にする』との答えを出した三人。
ドアノブに手をかけ、こっそりとリビングを抜けようとした矢先だった。
斗真が動かしていたシャープペンシルが止まりーーいきなり振り返ってきたのだ。まるで、背後に向けられた視線を察したかのように。
「お!」
そこでようやく来客を視界に入れた斗真は、イアホンを外し椅子から立ち上がって近付く。
「久しぶりだね、夏美さん、愛さん。元気そうでなによりだよ」
「兄ちゃん気付いた! おひさー!」
「お、お久しぶりです……。斗真おにいさん」
「ごめんね、来客に気づかないで。挨拶に来てくれたのかな?」
「そうなんだけど……勉強の邪魔をするような形になっちゃったから申し訳ない!」
「ご、ごめんなさい……」
「ううん、気にしないで大丈夫だよ」
梅の友達である夏美と愛。この二人が家にお邪魔した回数は両手じゃ数えきれないほど。
そのキッカケがあったことで挨拶をしてくれるまでに仲良くなれたのだ。
「いつも梅と仲良くしてくれてありがとう。兄として礼を言うよ」
「いえいえ! それはこちらこそですよ! ねっ、愛?」
「はい……」
「そっか。それなら良かった」
その返事を聞いて、ニッコリと子どもをなだめるような優しい笑顔を見せる斗真。
兄として妹の梅を心配していたからこそ浮かべた表情ーーこれが二人の心に刺さった。
「あー。な、なんか面映ゆいねー……。あはは」
『コク……』
優しくカッコいい兄がいる梅を羨ましがっていた二人。このような顔を向けられ、照れが襲ってきたのだ。
「……にいの馬鹿。アホ」
「お、おい。いきなり暴言はないだろ……。俺は心配して言ってるんだぞ……?」
「そ、そう言う意味で言ってないし……」
「え?」
鈍感な斗真は気付かない。
梅はこう言っているのだ。『挨拶に来ただけなんだから、夏美ちゃんと愛ちゃんを照れさせるようなことはするな』と……。
「……ははぁーん。ウメちん、ワタシ達が良い雰囲気だからって嫉妬してるなー?」
「は、はぁ!? そ、そんなんじゃないし!」
「顔……赤くなった……」
いち早く回復した夏美。そこから息のあった連携を見せる愛。いや、愛の場合は見たままを状態を口に出しただけである。
「そんなこともないしっ!!」
「いや、本当に赤いぞ梅。数ヶ月漬けられたみたいに」
「兄ちゃん上手い!」
「お、お上手です……」
「ぜんっぜん上手くないしっ!!」
「いやいや、全然ってことはないだろ。自画自賛するわけじゃないが」
なんて軽口を叩く斗真は微笑を浮かべているが、次の瞬間に真顔になって言葉を続ける。
「……もし熱があるなら無理だけはするなよ。フルーツとかスポーツドリンクとか、買って来てほしいものがあったら遠慮せずに言ってほしい」
「ね、熱なんかじゃ……ないって……。大丈夫だって……」
斗真の本気度が伺えたのか、梅はさらに赤みを帯びた顔をふんっと視線ごと逸らす。
「照れてる照れてる。ウメちんが照れてる!」
「だっ、だからそういうわけでもないっ!!」
「ほへぇ、本当かなー?」
「本当だし!」
「……な、なつみちゃん。それくらいでやめたほうが……」
と、この時……夏美と斗真をちらちら見ながら弱々しくストップをかける愛。
からかいの度合いと、斗真が勉強中のところに長居している状況を見てのことだろう。気遣いにとても長けている。
「ありがとう愛さん。でも大丈夫。勉強はいつでも出来るし少しくらい騒がしい方が自分も楽しいから」
気遣いに気遣いを重ねる斗真。だが、これには本音がかなり含まれている。説得力はかなりのものであった。
「……そ、それなら……よかったです……」
「あれ、愛も赤くなってるー!」
「ち、ちがっ……違うよっ……」
そして、この瞬間に夏美のからかい標的が変わる。……バタバタバタバタと両手を振って否定している愛。その手からは扇風機の弱ほどの風量が生まれていることだろう。
「あ、もしかして部屋の温度が暑いかな……? 冷房つけようか?」
そして、この状況についていけてない鈍感者が一人。確かに言っていることは間違いではないが、完全に的外れである。
「も、もう梅の部屋に行くから大丈夫だし。勝手に部屋に入って来たりしないでよ、にい」
「そんなことするはずないだろ……。あ、一応お菓子とジュースは買って来てるから梅、持って行くように」
「そ、そんなことしなくていいって言ったのに……」
「紙コップも置いてるから」
「もー! 話を聞けー!」
この時点で主導権は斗真が握っているも同然。
今朝に購入したお菓子とジュースを梅に渡すことに成功したのである。
その後、勉強に戻った斗真だが……梅の部屋でとある話題が出ることになるなど予想すらしていなかった。
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