第12話 side澪。想いが強く……

(うぅ……。このままじゃダメ……。私、斗真くんにやられっぱなしじゃない……)

 斗真くんと初めて一緒に帰っている今……。年上の私は主導権を握られっぱなしだった。

 Barの中でなら完全に私の方が上の立場になれる。からかえる立場になれる。でも……この状況は違う。


 プライベートだからか、斗真くんは無意識、、、に私のツボを刺激してくる……。

 ドキッと心臓が波打つような発言をしてくる……。私が嬉しくなるようなことばかり言ってくる……。


(こんなのずるいわ……。ずるすぎる……)

 今まで斗真くんからかってきた分が、たったの1日でチャラにされている気分……。何日もかけて作った積み木のドミノを赤の他人に倒されたような……そんなムムムとした気持ちになる。


(もう悔しい……。私から誘ったことだからなおさら悔しい……)

 普段と比べて明らかに語彙力がなくなっていることが分かる。そのくらいに感情が前に出ているのが分かる。

 全ては斗真くんのせい。斗真くんが勝手に主導権を握ったりするから……。


(あと……こんなことも……)

 視線を悟られないようにワイドパンツをはたきながら、私は斗真くんの足元に注目する……。これは少し前から気づいたこと。


 いつの間にか、私の歩幅に合わせてくれていた。

 いつの間にか、車道側を歩いてくれていた。

 私より早く自転車がこないか後ろを振り返って確認していた。文句の一つも言うことができない完璧な対応。

 私はそこまで気を利かせることが出来なかった。


(これ、モテてない人が出来る行動じゃない……絶対。慣れてる人しか出来ないはず……)

 今まで誰ともお付き合いしたことがない私だから、斗真くんの気遣いを先に実行することは出来なかった。すぐに気づくことさえ出来なかった。

 逆に斗真くんは過去にお付き合いの経験があるからこそ、この行動が出来る。

 そう考えるのは自然な思考。


 もし、お付き合いが出来た場合、お付き合いした人の恋愛事情を聞くことはレッドラインだという情報もある。

(せっかくの機会だもの。付き合っていないから今のうちに聞いておきたい……)

 気になる。斗真くんの恋愛経験が……。


「斗真くん、一つ良い?」

「はい。どうしました? 澪さん」

「……っ、あの。い、今は、今だけは佐々木さんと呼んで……ほしいわ」

 そう、ここからは真面目な話。

 斗真くんに名前を呼ばれることで気持ちの昂りが生じないようにする。……早く慣れたいけれど、まだまだ時間がかかる。今はこんな処置をするしかない。


「え、苗字でですか? わ、分かりました……佐々木さん。それでどうされました?」

『なぜ苗字で?』

 なんて聞いてこない斗真くんは流石……。追求されたくない私の心情をうまく汲み取ったのだろう。

 やっぱり……モテないはずがない。


「……斗真くんは今までに何回、女性とお付き合いしたことがあるのかしらって思って」

「なっ、なんですかいきなり……」

「私が知ってることと言えば、斗真くんに彼女さんがいないってことだけだからもう少し知っててもバチは当たらないでしょう? それにお知り合いがどんな恋愛をしてきたのか興味があって」


 私は普段の呼び名で呼ばれたことによって正常を取り戻しつつあった。Barにいる時みたいに斗真くんを口で押せている。


「……聞いても面白いことはないですよ?」

「大丈夫。ただ単に私が知りたいことだから」

「じゃあ話しますけど……高校の時に一度告白をされて付き合ったことがあります」

「ふ、ふぅん……」


 斗真くんが別の女性と付き合ったことがある。その真実に私の心にはモヤモヤが生まれる……。

 斗真くんを独り占めしたい、その心緒しんしょがあったから仕方がないこと……。


「でも、一ヶ月ほどで別れました」

「えっ。一ヶ月で……? 何か理由があったの?」

「…………二股、です」

 斗真くんは数秒の間を開けた後、少しだけ辛そうな声を出した……。

 ーーだから私はこう動く。いつも通りに。


「なにしてるのよ……斗真くん。それは最低な行為よ? 私が彼女さんならあなたをってるわ」

「あっ、いやいや。自分が二股をしたわけじゃなくて元カノの方が……ですね?」

「ふふふっ。ほんの冗談よ。斗真くんがそんなことする人間じゃないこと、私は知ってるから」

「そ、そう言われると嬉しいですね」


 顔を少しだけ綻ばせる斗真くんは、恥ずかしそうに頰を掻いている。

 もし、斗真くんが二股をするような人間なら私は人間不信に陥ると思う。まだ一年も経っていない関係だけど、それくらいに斗真くんを信頼している。


「他にもあるでしょう?」

「これだけです」

「そ、そう。……ほ、本当に面白い話はなかったわね」

「大丈夫っていったのは佐々木さんじゃないですか……」

「そ、そうね……。ごめんなさい」


 不謹慎なことは承知……。私は喜ばしさを隠すことで必死だった。

 だって、私の好きな人は今までに一度しか付き合ったことがないんだから……。しかも、たったの一ヶ月……。

 手を繋いでいるかもしれないけど……元カノさんとキスをしてる可能性は少ない。それ以上のことをしてる可能性はもっと少ない。


 それに、一度もお付き合いしたことがない私と、一ヶ月お付き合いをした経験がある斗真くん。ここに大した差はない。


(嬉しい……)

 口が裂けてもこんなことは言えない。誰にも言えない。

 斗真くんが出来ている気遣いは恋愛経験が豊富だからというわけではなく……バイト先、Barで働いている時の経験からきているものだという結論にも至った。


「だ、だから今だに不安があるんです。これを言うのは佐々木さんが初めてですけど……」

「……不安?」

 斗真くんの顔に顔に霧に似た薄い膜がかかる。この瞬間、『嬉しい』が斗真くんを『慰めたい』に上塗りされる。

 こんな表情の斗真くんを初めて見た……。


「もし自分が誰かと付き合ったりした時、また二股をされないかって……。過去を引きずるつもりは全くないんですけど、どうしても蘇ってしまって……」

「……」

「……」

無言が生まれる。……ここにきて、初めての静寂。


「な、なんかすみません。暗い話をしてしまって……」

「斗真くん、この話……私にしたのが初めてだって言ったわよね?」

「そ、そうですね」

「なら、私も一つ斗真くんに話しておかなきゃフェアじゃないわ」

「……ん?」


 私はここで勇気を振り絞る……。

 斗真くんは初めて私に不安を言ってくれた。なら、私もそれ相応のことをして見せる……。それが年上。


「……わ、私。どんな女にも負けないくらいに一途なの。……二股なんてしない。逆に二股なんて考えさせないくらいにお相手さんを私一色にさせる。私無しでは満足な生活が出来ないようにさせる」

 手提げバック背後にして、私は斗真くんに笑顔を向ける。


「だから……斗真くんはそんな一途な女の子を捕まえなさい? 斗真くんのことを一途に思ってる女の子は必ず居るもの」

 斗真くんの肩に『トン』と優しく手を添えた私は、二歩……三歩前に進み正面顔を見せないようにする。


「それじゃあ斗真くん、私はここで」

「え、あ、お……お、送りますよ」

「ここまでで大丈夫よ。斗真くんはゆっくり帰って身体も心も休めてちょうだい。今日は楽しかったわ。また、Barで会いましょう」

「あ……は、はい」


 斗真くんが私の話を聞いてどんな顔をしたのか分からない……。変なことを言い出したなんて思ってるかもしれない……。振り返るのが怖い……。

 私は某ジブリのまっく○くろすけ並の早足で次の角を曲がり……猫バ○の速度で歩道を駆けた。


 顔が焼けそうなくらい熱い……。きっと、真っ赤になっている。


(わ、わわわわ私の馬鹿ぁ……。恥ずかしい……恥ずかしい……。な、なんであんなにカッコつけちゃったのよ……っっ!!)


 ーーその日、ヤケになった澪は自宅で初めてブラックコーヒーを完飲したのだった。

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