第27話 七海の悲の相談……
斗真が梅を筆頭に尋問をされている時間。
「ほほぉ、一緒に買い物袋を持てたってことは、あの作戦は上手くいったってことなんだねぇ? 良かったじゃん!」
「そ、それはそうだけれど……は、恥ずかしかったわよ……。斗真くんの手、私に当たっていたもの……」
澪の自宅には七海がお邪魔していた。
テーブルには麗常看護大学で出た課題が広げられ、シャープペンシルや赤ペン、消しゴムが紙の上に置かれている。
お互いにキリが良いところまで進んだということで、休憩に入っていた。
「なんて言いつつ、またしたいって思ってるくせにー」
「そ、そんなことは……」
「え、したくないの? ならうちが斗真君とそんなことしていーい?」
七海は、澪が斗真のことを好きだという秘密を知っている。
好きになっているということは、少なからず独占欲が目覚めているだろう。なら、その欲望を少しだけ刺激してあげればいい。
澪を素直にさせるにはこれしかないと、七海はニンマリと口角を上げる。
「な、何を言ってるのっ!? ダメに決まっているじゃない!」
「ふっふっふ。ようやく本心を
恋愛経験の有無は、このようなところで大きく差が出る。七海に分があるのは狂いようもない事実だ。
「ず、ずるいわ、
「こんな簡単な罠に引っかかるみおちゃんが悪いよ。うちの前では素直になりなさいな。斗真君のことが好き好き大好き〜ってことは分かってるんだから」
「もぅ……。分かったわよ……」
両手の人差し指を合わせながら拗ねたように返事をする澪。その顔には確かな赤みが差していた。
「あ、それでさ。……ずっと聞きたかったことが一つあるんだけど」
「な、なにかしら?」
「その本棚の上に置いてあるゲンガ4匹はなに? なにやらエンジン組んでるように向かい合ってるけど……またあの200円のお菓子買ったの? 推しが当たらない〜って嘆いてたけど、もう4匹もゲットしてるじゃん」
「あっ、これは昨日斗真くんが買ってくれたちょこエッグなの。私の推しが5分の4で出て……ふふふっ」
そう、澪はちょこエッグのポケッモンを無事にコンプリートすることが出来たのだ。
斗真が買ってくれたちょこエッグの中身に、今まで当たらなかった推しのゲンガが大量発生するという最高の結果で。
「斗真君、あのお菓子を5個も買ってくれたんだ? 太っ腹だねぇ」
「うん、嬉しかった……。私、今月お金を使い過ぎているから節約しないとだったから」
「みおちゃんがもっと嬉しくなるのは、斗真君の告白成功確率が5分の4、つまり80%になることだけどね?」
「ち、茶化さないの……」
「ごめんごめん」
と、満面の笑みで謝る七海。今浮かべている表情を見ても謝罪の気持ちはゼロであろう。
「謝る態度じゃないわよ、本当。……あ、飲み物が切れてるわね。持ってくるわ」
形の良い眉を寄せて呆れた声を出していた澪だが、七海のコップに注いでいたお茶が切れていたのを見て、小椅子から立ち上がる。
「お手間を取らせます」
「私をからかった罰としてお茶にヨーグルトでも混ぜてこようかしら」
「ちょっ!? それだけはやめてください」
「ふふっ、冗談よ。多分だけれど?」
「お願いします。冗談でお願いします」
「しょうがないわね」
仕返しができたと言わんばかりに、ほくほく顔になった澪は七海のコップを持って部屋を抜けて行った。
「……お、お茶にヨーグルトって絶対味やばいでしょ……」
冷や汗を額に滲ませる七海は、澪同様に小椅子から立ち上がる。
そして向かった先はーー
「それにしても、みおちゃんがゲンガが好きって意外だよなぁー。ピカチューとかの方がしっくりくるんだけど」
4匹のゲンガが飾られている本棚だ。
「まぁ、よく見たら可愛くないこともないけど4匹もいらない気が……って、ん? なんだこれ」
七海はここで気付く。
エンジンを組んでいるゲンガ4匹の真ん中に、丁寧に畳まれた紙が置いてあるのを……。
まるで、ゲンガがその手紙を守っているように。隠しているように。
これは澪がした配置。つまり、この手紙は澪に関することなのだろう。
七海は後ろを見て、澪が来ていないことを確認する。
「勝手に見ます。ごめんなさい」
この時の謝罪の声音は
『以前から、淑やかな所作を見せる佐々木さんのことが気になっておりました。美希さんが作るお酒には勝てませんが、想いを込めて作りますので今度飲んでいただきたいです。今度、お返事を聞かせてください』
ゲンガが守っていたのは、澪宛ての告白の手紙だった。
そして、七海はすぐに答えに行き着く。これは澪が斗真に成績勝負を吹っかけて得たもの。本気のモノではないことに。
(でも、大切に思われてるなぁ……みおちゃん。……羨ましいよ)
七海は声を震わせた。涙が溢れてくるのを必死で堪えた。ーー突として。
その手紙を同じように畳んだ七海は元の位置に直し小椅子に座り直す。首を左右に振って頭の中にある悲しい記憶を払った。
「どうかした? 七海」
「う、ううん。なんでもなんでも」
丁度その時、澪が部屋に帰ってくる。首を振っているところを見たようだ。
「そう……。はい、お茶よ」
「ありが……と!?」
差し出されたコップを受け取ろうとした七海だったが、そのコップは離れなかった。
澪が
「……七海はいつも私の相談に乗ってばかりだったものね。今度は私の番。私が七海の相談に乗るわ」
「……」
「親友が信用ならない? それとも、お茶もいらない?」
「はぁ……。降参だよ」
「ふふっ、よろしい」
そこで澪は力を緩め、微笑を浮かべながら七海にお茶を渡した。
「なんでみおちゃんは分かったのさ。うちが悩みを持ってるって」
「私の家、インターホンにカメラが付いているでしょ? そこで見た七海の顔が思い詰めていたから」
「そ、それだけ?」
「他もいろいろとあるけれど……先ほどの様子を見て確信したわ。今の七海、少しだけ目が充血してる」
「そっか……。最初から違和感持たれちゃったか……」
「ええ。七海は私の親友だもの。少しの変化でも気付くわ」
「あはは……。流石はみおちゃん」
「じゃあさ、遠慮なく胸を借りるんだけど……今日みおちゃんの家にお邪魔した理由はさ、うちの相談に乗ってほしかったからでもあるんだ……」
そして、七海は澪に打ち明けた。自身が持つ悩みを。
「うち、彼氏からホテルに誘われたの。明日のことなんだけど……」
「そ、それは……そういうホテル……なの?」
「うん。でもさ……知ったことがあるの。彼氏はうちのことが好きなわけじゃない。そんなことをするためだけにうちと付き合ったんだって、優しくしてきたんだってね。告白はアッチからしてきたことなのに。……酷いよ」
太ももまであるインナーを両手で力強く握る七海。悔しいとのオーラを澪にひしひしと感じさせる。
「そっ、それは分からないじゃない……。七海の勘違いだってこともないことはないでしょう?」
「それなら良かったんだけど、偶然聞いちゃったんだよねぇ……。放課後デート中、うちがトイレから帰って来た時に彼氏が誰かとの電話をしてて、そんな風に言ってたこと。なんか一ヶ月までにヤれるのか、みたいなゲームしてるらしい」
「なっ……」
澪は衝撃を受けていた。そういうことをするためだけに付き合う人がいることを知らなかったのだから。
「そして、明日が付き合って一ヶ月記念。あんなに必死にホテルに誘って来たのはその電話相手とナニカを賭けるからでもあるんだろうね。憶測だけど」
「……」
「だからさ、うちは明日彼氏と会って縁を切ろうと思ってるんだー。そんな最低な男とは付き合えないし」
「そう……。でも、それが良いと思うわ。七海はもっと素敵な男性を捕まえられるはずだもの」
「ありがとう」
澪の言ってることは本心。そう理解した七海だからこそ、『ありがとう』との言葉が素直に出たのだ。
「……まぁ、あとはそんな行為は怖いしね。ヤるとしたらもっと良い男としたい。うちを大切にしてくれるような男と」
「な、七海でも怖いの……? そ、その行為って」
「あったりまえだよ。うち、したことないし。みおちゃんと同じで」
「わ、私と同じって言わないで……。って、え?」
「え? って、その反応は失礼だからね!? 疑問を浮かべるところある!?」
「ご、ごめんなさい。私……七海は経験済みかと思ってたから」
「したことないって。付き合った経験はまぁあるけど、そこまではいかなかったから。はー、その誤解が解けて良かったよ」
安心したようにお茶を口に運ぶ七海。確かにこんなコトに限っては真実を知り得ていた方がいい。アドバイスを頂戴なんて言われても、助長することはなにも出来ないのだから。
「だから、うちは彼氏と別れるって相談。……と、うちがフリーになる間にみおちゃんは斗真君と付き合って差をつけときなよーって話」
「も、もうっ! だから茶化さないのっ」
「あはは、ごめんごめん!」
なんて少し前にあったやり取りを繰り返す二人。流石は親友同士と言うべきか、息が合っている。
「……ありがとうね、みおちゃん。相談したらスッキリしたよ。うちも次は斗真君みたいな人を見つけよーなんて思ったりね」
「む、無理よ。七海には」
「ちょおっ!? さっきみおちゃんはもっと素敵な人を捕まえられるってうちに言ったじゃん!」
「と、斗真くんはダメなの……。絶対……」
端正な顔を歪ませて、むむむと本気顔になる澪。この感情を丸出しにした顔を見たものは七海しかいない。
「独占欲が強いなぁ、みおちゃんは」
「し、仕方がないじゃない……。す、好きなんだもの……」
「うちがフリーになるからって、
「な、七海が素直になれって言ったんじゃない……」
「あはは、そうだったそうだった」
こんなやり取りをしている頃には、七海らしいいつもの表情が戻っていた。
「……それじゃあそろそろ課題の続きしましょうか?」
「気分転換には嫌すぎるけど、それがいいね。あっ、この問題教えてもらっていい?」
「もちろん」
そうして、休憩を終わらせた澪と七海はお互いに課題を進めるのであった。
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