第31話 「好きになったり……したの?」
「おっはよー! みおちゃーんっ!!」
「っ、おはよう七海……」
その翌日、先に教室に登校していた澪に七海は元気よく挨拶をしていた。
にっこり笑顔で、朝のテンションにはうるさいくらいで。
「あれ? どうしたのみおちゃん。何やら様子がおかしい気がするよ」
「そ、そんなことはないわ……」
いつも通りの七海。その一方で、眉根を伏せてどこか気まずげに視線を逸らした澪。
「あー、あのことか……。なんかごめんね、気を遣わせちゃってて」
「っ」
ぴくり。小さく肩を跳ねらせた澪。その反応一つで七海の発言が的を得ていた分かるだろう。
「でもホントに大丈夫! 彼氏と別れたことで落ち込んでることは全くないしね!」
「そ、そうなの……?」
「うん!
「と、とある方……? それって男性?」
「正解!」
「な、七海……。も、もしかしてもうその人を彼氏にしただなんて言わないわよね……?」
彼氏と別れた後の立ち直りが早すぎることから、そう捉える澪。だが、何も引きずっていない様子を見るに、プラスで恋愛経験のある七海なら……と、この判断をしてしまうのも不自然ではない。
「いやいや、彼氏と別れてすぐに別の彼氏が出来るようなことはないって。ただうちの味方をしてくれてさ、それがなんて言うか……モテてるな、こやつって思ったよ」
「モテる……?」
「みおちゃんに負けず劣らずだと見てるんだけど……あ、写真あるけど見る?」
首をコテリと傾げた七海は、ポケットからスマホを取り出して口元に持ってくる。スマホで顔の下半分を隠す七海は、口角をニヤリと上げていた。
まるで、何かを狙うようにスマホの液晶を澪に向け、指はホームボタンに置かれている。
「七海がそのくらい褒めるってことは、よほどの人物なんでしょうね?」
「そりゃあもう、スッゴいよ。実はホーム画面に設定してるんだー」
「だから私にスマホの液晶を見せているのね。七海は準備が良いんだから、本当」
「はーい、これがその写真でーす!」
澪がそのスマホに顔を寄せた矢先、『ポチっ』とホームボタンを七海は押す。この瞬間にホーム画面が液晶に現れる。
「っっ!?」
「あははっ、この人でーす!」
「あ、あははじゃないわよっ! な、なななななんで七海が斗真くんとツーショット写真を撮っているのっ!?」
バッと七海のスマホを取り上げ、まじまじと写真を見る澪は、ピンク色の唇を噛みながら恨めしい視線を送っていた。
「私、斗真くんとこんな写真撮ったことがないのに……。な、なんで七海だけ……」
七海のホーム画面に設定された写真は、カウンターから顔を乗り出して斗真が写っている七海とのツーショット。ツーショットだ。
「いやぁ、その場のノリといいますか……ね?」
「ね? じゃないわよっ!! う、羨ま……じゃなくてど、どうしてそんなことになってるの!?」
「……そこを説明しないとだよね。みおちゃんには今日中にするつもりだったから丁度良いタイミングってことで」
ふぅーと、息を吐く七海はここで真剣なオーラを
「……実はさ、うち、彼氏と別れ話をしてる時にトラブっちゃって、手を思いっ切り掴まれたからビンタして逃げ去ったの」
「えっ。そ、そうなの……?」
「そんなことをしたから、当然元彼に追いかけられてねぇ……逃げこんだ先が偶然、斗真君のいるお店だったってわけ」
「も、もしかしなくても斗真くんが七海を助けてくれたってこと……?」
「うん、その日は他の従業員が休んでて代わりに斗真君がシフトに入ってたらしくてね。お礼を言っても言い足りないよ」
「本当に、良かったわ……」
と、この重苦しい空気を一殺するように大きく息を吸い込んだ澪は、胸に手を当て柔和な顔に変化させる。心の底から安心したような顔に、七海は少し困惑気味だった。
「え? 良かったって?」
「七海が無事だったってことに決まってるじゃない……」
「みおちゃん……。そのセリフは優しすぎだって」
「親友なんだから当然よ……」
「ありがと。もし、うちが元彼に捕まってたら今日こんな元気に登校はできなかっただろうね。あはは」
なんておちゃらけたように、笑い声を上げる七海だが全く持ってその通りだ。怒りに身を任せた相手ほど怖いものはない。
「あと、うちの運も良かったね。その日に斗真君がシフトに入ってる状況があったからこそ、別れた時のことを引きずっていないわけだし」
「……そ、その時の斗真くんってどうだったの……?」
「えー、それを言うのはイヤだなぁ。みおちゃん絶対嫉妬するもん」
「し、しないわよ……」
「約束だよ? はい、指切りげんまん」
「わ、分かったわよ……」
小指を出してくる七海に、澪も小指を出す。そしてお互いの小指を曲げ絡め合わせて、『嘘ついたら針千本、飲ーます』とのフレーズを言い終え指をきった。
「じゃあ話すけど……、斗真君がいるだけでなんか無敵になった感じだったね」
「無敵?」
「うち、斗真君が働いてる店に隠れてて、その間に元彼が店に押しかけて来たんだけど、平然と対処しててさー。落ち着きも凄いあって、頼り甲斐しかなかったよ。うちの方が年上なのに……って、ちょっと情けない気持ちになるけど」
「ふふっ、なんだかいつもの斗真くんらしいわ……」
どこか懐かしむように目伏せする澪は、両手を重ねながら相好を崩していた。
「みおちゃんも斗真君に助けてもらったことあるの?」
「……ええ。私は酔っ払った男性に絡まれたことがあって……。すぐに斗真くんが対処してくれたの」
「あはは。なんだかその時にとった斗真君の行動が想像出来るよ。『おやめください。警察を呼ばせていただきますよ』なんて言いながら前に出てきて盾になってくれた、みたいな?」
「よく分かったわね……。七海の通りに斗真くんは動いてくれたわよ」
「もうさ、ヤバいよね! 頼り甲斐!」
「ふふっ、そうね」
好きな人を褒められる。それも親友に褒められる。コレは誰だって嬉しくなってしまうものだ。興奮したように早口になる七海に対し、澪はホクホク顔である。
「あとさ、あとさ! 『もう少し待って』って、うちの頭に手を置いてくれたりとか、露出高めの服装だったからアウター貸してくれたりとか、あっ、斗真君のアウターね、めっちゃ良い匂いしたよ!?」
「……」
ーーが、この瞬間に澪の顔に影が差す。
「む、無反応……? おーい、みおちゃーん?」
「七海なんてつまづいてコケちゃえばいいのに」
「転けちゃえって……あー! ほらやっぱり嫉妬したじゃん! 針千本だよ千本!」
「そ、そんなことしてもらってたら誰だって嫉妬するに決まってるじゃないっ! う、羨ましいんだから……。と、斗真くんにそんなことされるの……私は……」
「あ、あはは……。ごめんごめん。それはそうだ……」
もじもじと身体を動かしながら視線を彷徨わせている澪。真っ赤になりながらもボソボソと本心を口に出し……とうとうその羞恥で俯いてしまった。
「な、七海……。七海に一つ聞きたいことがあるのだけど……」
「あ、改まってどうしたの?」
「……」
「……」
「…………」
「……ど、どしたの?」
顔をこちらに向けることなく、口だけを微に動かしている澪。無言が数秒、数十秒続き……、澪は声に出してしまった。
「……も、もしかして、もしかしてだけれど……七海は斗真君のこと……好きになったり……したの?」
「ッ!?」
友情が一瞬で壊れるかもしれない、このセリフを……。
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