03.ナーシェの人気
「あ、あれは!?」
中は思っていたより奥行きがあり、外目の印象よりかなり広い。幅約十メートル、奥まではその三倍以上ありそうだ。
入り口付近から奥へ向かって三分の一くらいは大勢の客で賑わっており、皆、芝生の上で立ったり座ったりと、思い思いの姿勢で前方に目を向けていた。
観衆の視線の先、奥の三分の二ほどは客の姿も見当たらず、ガランとした先の突き当りの塀には大きな
さらに、人混みの中から前のスペースへ、ミニスカートを翻して元気よく躍り出るケモミミ娘の姿が視界に飛び込んできた。
――ナーシェだ。
なにやってんだあいつ!?
「はいは~い! 次、誰もやらないなら私が投げますよ~!」と、例のプレミアムチケットとやらをヒラヒラ掲げながら、係員の男へ小走りで近づいていく。
ナーシェの顔を見た途端、明らかに眉を曇らせる係員の男。
同時に会場からも、「あ、またあの狐耳だ! こりゃ、賭けになんねぇぞ?」といったような声が方々から上がる。
なんか知らないが、あいつ、そこそこ有名人らしい。
人混みを掻き分けて俺とニコラも前に出ると、丁度ナーシェが、係員からボールのようなものを受け取ってこちらへ戻ってくるところだった。
「あ、蘭丸ぅ! 今から軽く稼いであげるので、そこで見ててください」
「稼ぐって……いったい何が始まるんだ?」
「ストラックビンゴですよ。知らないんですか? 私がボールを投げてあの数字板を抜いていくのです」
ナーシェの指差す先――突き当りの塀に再び目を向ける。
塀の中央に開けられた約二メートル四方の正方形の中に、さらに小さな文字のパネルが、五×五列、計二十五枚並んでいる。
「なるほど、そういうことか……」
どうやら、手前の白線からあの文字板に向かってボールを投げ、抜いた枚数なり、揃った列によって賞金がもらえるというシステムらしい。
いわゆる〝的抜きビンゴ〟ってやつだ。
数字板、と言うことは、並んでいる文字は数字で間違いないだろう。
後ろにいる観戦客は、プレイヤーが揃えるビンゴの列数を賭けの対象にしているようだ。客席で投票券を販売していたらしい係員が前へ戻ってきて高らかに宣言する。
「ビンゴ未達の倍率は1.0倍! 一列以上への投票はありませんでしたので、今回の投票は無効としまぁす!」
後ろから一斉に、あ~あ、というような溜息が漏れ聞こえてくる。
皆、ナーシェは〝一列も揃えられない〟と思っているらしい。
ナーシェの人気、底辺すぎる!
「今週は全枚抜くつもりで来てるんですよ! 後から悔しがっても知りませんよ!」
真っ直ぐに伸ばした腕でボールを突き出しながら、観衆に啖呵を切るナーシェだが、相変わらず客席は白けムードだ。
というかあいつ、毎週来てんのかよ!
改めてビンゴコーナーを眺めてみる。
手前の白線から奥の塀まではおおよそ十五、六メートル。
ボールの直系は十五センチほど。
それほど重そうでもないし、数字を狙えるかどうかはともかく、枠の中へ投げるくらいならさほど難しくはないだろう。
「はい、じゃあ、投げてください。ミスは二回までですよ」
係員が、ナーシェに開始を告げる。
ミスも、二回まで許されるのか。
それにも関わらず、全員が列無しに賭けるというのは……いくらなんでも、ナーシェを見くびりすぎじゃないか?
ボールが届きさえすればどこかは抜けるんだろうし、偶然一列くらい揃う可能性に賭ける奴だっていてもようさそうなもんだけど。
「おまえらぁ……終わってから後悔したって遅いですからねっ!」
と言って数字板の方へ向き直るナーシェに対して、「時間がもったいねぇから、さっさと投げろ!」といった野次が方々から上がる。
むぐぐぐぐ……と悔しそうに顔を
なんという剛速球!!
ナーシェの手から離れたボールは、まさに〝矢のような〟と言った形容に相応しいスピードで、塀のはるか上、青空の彼方へと消えていった。
なんつ~ノーコン……。
「ちょ、ちょっと、一投目だったので感覚が分からなかったですね……。球離れが早すぎました」と、ナーシェが
「耳、関係ないだろ……。っていうか、代わろうか?」
「怪我人は黙って見ていて下さい。大丈夫です、私、ビンゴは好きですから」
いや、好きとか、そういう問題じゃないんだが……。
「そういえばおまえ、非力キャラじゃなかった?」
「別にキャラでやってるわけじゃないですよっ! 獣人族は、人の姿でも瞬間的に身体強化できるんです。疲れるのと微調整が難しいのであまりやりませんけど」
新しいボールを受け取り、感覚を確かめるように腕をグルグルと回すナーシェを見ながら、ニコラが――、
「蘭丸もよく許したな、ビンゴ。昨日の様子では、ナーシェちゃんがギャンブルをやることには反対をしているように見えたが」
「まあ、買ってしまったもんは仕方ないし……失敗したからと言ってこれ以上負けが膨らむわけでもないだろ? 数百ラドルの遊び代くらいは目を瞑っても――」
俺の言葉に、ニコラが眉を
「賞金三十万ラドルに数百ラドルで挑戦できるわけないだろ」
「……え?」
「プレミアムチケットは一枚二万ラドルと書いてあったぞ」
はああああ!?
……と思った次の瞬間、今度はすぐ横からズドンッ!という大きな音が聞こえ、反射的にそちら視線を向ける。
投球直後らしいナーシェの足元で芝生が
「こ、今度は、球離れが遅すぎましたね……」と、
「遅すぎだろ! 球の落ちた場所、リリースポイントより後ろじゃん! そんなことできるか、普通!?」
「エヘヘ……」
「褒めてない!」
コントロールは強化はできないの?
こんなもんに二万ラドルも払うとか――、
「ナーシェ……おまえ、馬鹿だろ?」
「んなっ! 直球でディスらないでくださいよ! パワハラで訴えますよ!」
「うるさい馬鹿! 俺が代わる!」
「だ、大丈夫ですよ、私、的抜きビンゴ好きなので――」
「そういう問題じゃない! 二万も払ってるなんて思わなかったわ! 昨日残した生活費の中から捻出したんだろ? 俺にも関係あることじゃん!」
「ん~、敵の敵は味方……という事ですか?」
俺たちは、何と戦ってるんだ?
足元のボールを拾おうとして、ふと体が止まる。
あれ? なんだろう、この感覚。
このボール、拾わなくてもいいような気がする……。
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