06.アルテイシア
「ところで、アルマデルってのは何なんだ?」
ギルドへ向かう道すがら、隣りのナーシェに尋ねてみる。
他に同行しているのは、前を歩くニコラのみ。ライラは自分の店を開けるということで朝食のあとに筆具店へ戻ったので、今は三人で通路を歩いているところだ。
アルマデル――昨日、この世界に転生を果たしてから何度か耳にした単語だ。
俺の武器、フルンティングを作ったのもそうだし、ニコラのメルティア家は法具を授かったとも言っていた。恐らく彼女が取り回していたあの武器のことだろう。
話の内容から、有名な武器職人くらいに思っていたけど――
そこへきて、今朝のタクマさんたちの会話だ。
『アルマデル様の弾劾裁判の判決が内々に下った』
ディルという男は確かにそう話していた。
彼から公示はまだだと聞くと、タクマさんが俺たちに聞かせてはまずいと思ったのか、場所を変えようと言って男と一緒に部屋を出て行った。
アルマデルと言うのは今生きている人物なのか?
しかも、弾劾ということはそれなりに地位のある人物のようだけど。
「アルマデルというのは、
「魔導書? 四大? 他にもあるのか」
「ありますよ。アルマデル以外ですと、えっと、ゴッ……、ガッ……、ネッ……」
「ど、どうした?」
「ゴエティア、ガルドラボーク、ネクロノミコン。アルマデル以外の三書だ」
言い淀むナーシェの代わりに、ニコラが答える。
「ですです、それです! さすがニコたん! ひ、ヒントが簡単すぎましたね」
あの、
っていうか、いつの間にニコたんに……。
「でも、昨日からまるで、アルマデルという人物がいるような話をしてなかった?」
「魔導書は、長年にわたりその国でもっとも優秀な召喚士が継承することになっていて、継承した人物をその魔導書名で呼ぶことが慣わしになっているのです」
話によれば、この辺り一帯を治める〝炎帝国ラドキア〟においては、大貴族であるマグヌス家が召喚術に関する一切の権限を掌握しているらしい。
一般に公開される召喚術は、最新の研究からは数年遅れた術式――
「ところがですよ! 今の二十三代目アルマデル様はなんと、私たち獣人族から選ばれたのです!」
「へえ……中にはインテリもいるんだ? 獣人族って、体力自慢の脳筋タイプだけかと思ってた」
「なんですかその、失礼な先入観は! 私を見ていれば、そんなことないことくらい分かるでしょう!」
むしろおまえを見てそう思ったんだが。
「今は二十三代目アルマデルと名乗ってますが、本名はアルテイシア様。二つ名は〝深窓のケモミミ娘〟。私たち獣人族の誇りですよ」
ケモミミ娘?
ケモミミ族が、自らのことをケモミミ娘って言うの?
「朝、タクマさんたちは、そのアルマデルとやらが弾劾裁判にかけられてる、って話をしていたよな」
「ああ、そうですね……してましたね」
「弾劾って言や、不正や汚職を糾弾することだろ? そのケモミミ娘、ヤバいんじゃないのか?」
「う~ん……よく分かりませんけど、機密術式を漏洩したとか、そんなこと言ってましたね。でも、どうせ濡れ衣ですし、大丈夫ですよ」
そうかなあ? とてもそんな楽観的な雰囲気ではなかった気がするんだけど……。
「見えたぞ。
先を歩いていたニコラが、振り返って声を掛けてきた。
すぐに通路が途切れ、かなり開けた部屋に出る。
一辺が五十メートルほどの、ほぼ正方形の部屋。相当な広さだ。
多柱式の礼拝室のような構造で、その中に多くの出店や露店が
人混みを縫いながら進むニコラの後に付いていくと、やがて最奥の、周りとは少し雰囲気の異なるスペースに辿り着く。
これまでの年季を感じさせる古めかしい石造りとは違い、その一角だけは壁にも柱にも金属のような素材がふんだんに使われ、近未来的な空気が漂っていた。
さらに目を引いたのは、壁に並んだカプセルのような構造物。数えてみると全部で八つ。前面は上半分がガラス張りになっていて中の様子も見ることができた。
八つのうち、青く塗装された五つには、次々と人が入っては姿を消していく。
また、それ以外の赤く塗られた三つからは、時折、人が現れては外へ出てくる。
「あれは?」
指差して尋ねると、俺を見上げたナーシェが、この世のすべての厄介ごとを
「転生者というのは、一から百まで説明しないと何も分からないのですか? 心の中で話せるという精霊さんは、何も教えてくれないのです?」
「こいつは、余計なことは話してくれないんだよ。今、機嫌も悪そうだし……」
「ハァ……あのカプセルはですね……ニコたん、教えてあげてください」
「……ん?」
と振り返り、横顔でこちらを流し見るニコラ。
「あ、ああ……。あれが、これから乗る〝テレポータル〟だ」
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