07.テレポータル

「あれがこれから乗る〝テレポータル〟だ」

「ですです」と、ナーシェも眉間にしわを作りつつ、ニコラの説明に相槌を打つ。


 あれが、出かける前に話してた〝乗り物〟ってやつか……。

 乗り物なんていうから、この世界観だし、トロッコみたいな原始的ローテクなやつを想像していたんだけど……。


「いわゆる転送装置だな」と、ニコラが説明を続ける。

「詳しい仕組みは分かっていないが、ダンジョンのあちこち……中には別のダンジョンまで転送させてくれるものもあるらしい」


 どうやら青色のカプセルが出立用、赤色が到着用らしい。

 ニコラの説明に、ナーシェがぶるっと身震いをしてから言葉を継ぐ。


「聞くところによると、体や服を〝ぶんし〟という細かい粒に分解して、目的地まで転送してから再構築するらしいですよ。恐ろしい話です」

「確かにちょっと怖いけど……みんな平気そうに使ってるし……それに目的地まで十キロ近くあるんだろ? 歩く距離じゃないって」

「なに言ってるんですか! 私はいつも走って行ってますよ」

「お前と一緒にするな!」


 乗り物を使うという話が出たとき、ナーシェが難色を示して徒歩を主張したけど俺が却下した。

 十キロ近くの距離を行って戻ってくるなど、時間のロスが大きすぎる。他に方法がないならともかく、あるなら利用しない手はない。


 気が付けば、いつの間にか何かの列に並んでいた。

 徐々に前の方へ押し流され、一番前までやってくると、目の前に現れたのは操作盤ような機械とその横に立っている中年男性。


「第三ギルドホールに一番近いポータルまで、三人だ」と、先にニコラが話す。

「それなら第十七ターミナルだな。三人なら一台で行けるから、まとめれば安上がりだが、どうする?」

「一台でいい」

「んじゃ、二番を使いな。六百ラドルだ」


 ニコラが男にお金を払い、言われた通り三人で二番目のカプセルに乗り込む。

 確かに、物理的には三~四人入れる広さはあるが、かなりギュウギュウに体を寄せ合わせなければならない状態だ。


「お、おい! ニコラ!?」

「なんだ?」

「なんだじゃなくて……いくらなんでもくっつき過ぎじゃ?」


 中に入るなり、まるで俺を抱き枕にするように腕と足を絡めてくるニコラ。


「しかたないだろう、狭いんだもん」

「だもんって……。それにしたって腕とか……少なくとも足は要らないだろ!」

「に、ニコたん! く・っつ・き・す・ぎ・で・す・よおっ!!」


 俺とニコラの間に無理やり割って入ろうとするナーシェ。

 それに抵抗するようにさらにニコラも力を入れた結果、俺までカプセルの中でバランスを崩し、壁に頭をつけてしまった。


「いったぁ……」

「おい、おまえらっ! 騒ぐな! 変なとこに飛ばさるぞ!」と、外から先ほどの中年男性の声が聞こえてきたところで、視界が青白い光に包まれた。


 すぐに俺たちの体も波打つようにゆがみ、やがて光に溶けるように消えてゆく。

 失われる、時間と空間の感覚。

 昨日、この世界に来る前に霊界を漂っていた時の感覚によく似ている。


 何秒? 何分? いや、何時間?


 どれだけそうしていたのか分からないが、気が付けばふたたび肉体が輪郭を取り戻し、転送直前の状態で再現されていく。


「うわわっ!」


 組んずほぐれつの体勢だった俺たちの体は、再構成と共に見事にバランスを崩し、カプセルの扉が開くと同時に外へ転がり落ちてしまった。


「アイタタタタ……ったく、なんでちゃんと立ってないんですかもやし丸!」

「イタタ……ナーシェが無理やり間に入ってこようとしたからだろ!」

「二人とも、責任転嫁は見苦しいぞ」

ニコラおまえが言うなっ!」


 くっそ……転んだ痛みもそうだが、頭の傷がまた開きそうだぜ。

 係員のような男が近づいてきて、地面に転がっている俺たちを覗き込む。


「おい……大丈夫か? 三人だから、六百ラドルだが……」

「あ、ああ、ちょっと待て」と、サイドポーチを探るニコラの横で、

「おい、ここはどこだ?」と聞いてみる。

「どこ、ってあんたら……行き先指定してきたんだろ? 十七番ターミナルだが」


 よかった、合ってる……。

 転送直前に向こうの親父が変なフラグを立てるからびっくりしたけど、なんとか無事に着いたみたいだ。

 ……と思った矢先、「あ――――っ!」と、両手で頭を抑えながらナーシェが叫び声をあげた。


「ど、どうした!?」

「み、耳が……耳がない」と、泣きそうな顔でナーシェが俺の方を見上げる。


 言われてみれば、頭にはゴーグルがちょこんと載っているだけで、それを引っ掛けるように生えていた狐だか狼だかの耳がなくなっている。


「きっと、あれですよ……ぶんしレベルまで分解された体が、再構成されるときに、耳だけっ、作り忘れてっ……置いてきちゃったんですよっ……えっぐ……」


 涙を拭いながら声を詰まらせるナーシェ。


「そ、そんなことあるのかよ……」

「だ、だから私はっ、ごんなものっ……乗りだぐなかったんでずよっ……。蘭丸のせいですよっ! がえじでぐだざいっ、わだじのっ、みみ……えっぐ」

「なんで俺のせいなんだよ!」

「蘭丸がどうしても乗るっで、わだじをっ、わだじをっ……むりやりっ、肉奴隷にじでっ……えっぐ」

「お、おいっ! 最後、変だぞ!」

「うるざいっ! 土下座しろ! 耳返せっ!」


 あ~あ、完全に動転してやがる。


「ご、ごめん……」

「そんなんじゃダメですよ!……えっぐ……土下座ですっ!」


 人も集まってきちゃったし、とにかく落ち着かせてここを離れないと。

 少女相手に肉奴隷とか、人聞きが悪すぎる!


 ごめん!と、床に額を付けながら、


「とりあえずさ、ここじゃ目立つし、一旦落ち着いて何か手がないか考え――」

「あ……」

「ん?」

「……ありました、耳」

「えっ!?」


 顔を上げると確かに、ナーシェの頭に獣耳けもみみが復活していた。

 なんて、お約束すぎる展開……。


「すいません。なんか、びっくりして引っ込んでたみたいです、耳」

「おいコラッ! 引っ込むのかよそれ! 俺の土下座を返せ!」

「な、なんですかケチ臭いですねえ。蘭丸、土下座は得意じゃないですか」

「得意じゃねえよ!」

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