08.探索者ギルド

「なんだよ……またお笑い召喚士の嬢ちゃんか……」

「誰がお笑い召喚士ですかっ! ふ・し・ぎっ、の召喚士、ナーシェですっ!」


 探索者ギルドの受付カウンターで、お馴染みのやり取りをするナーシェ。

 受け付け係の男が、カウンターの向こうから呆れたように彼女を見下ろす。

 もういいんじゃないかな、お笑い召喚士でも……。


「何度来ても、登録手数料だけで入会なんて無理なんだよ! 保険は国法で、保証金はギルド規約で決まってるんだから……。さあ、帰った帰った!」


 ナーシェのやつ、そんな無理強いするために十キロ近くの道のりを何度も通ってきてたのか?

 ……アホだろ?


 羽虫でも追い払うように掌をヒラヒラする受け付け係の男を、しかし、ナーシェも得意満面の笑みで見返す。


「ところが今日はそういう話じゃないのです。なんと、チームナーシェに後ろ盾ができたのです!……じゃじゃ~ん、ニコたんです!」


 ナーシェの紹介に続いて、ニコラも自分の名を名乗る。


「ニコラ・メルティアだ」

「メルティア? メルティア家と言えば、昔はこのダンジョンの東部でかなりのエリアを治めてた公爵家ですよね?」と、男の言葉遣いが変わった。

「そうですよ、その通りですよ! これで保証金は免除されるのですよね!?」


 息巻くナーシェを横目で見つつ手元の帳面を捲っていた受け付け係だが、すぐに眉を曇らせて顔を上げると、ナーシェではなくニコラの方へ視線を向けた。


「手元の記録によれば、大公爵だったのは一昔ひとむかし前の話で、ここ数年は爵位売買を繰り返して今は子爵のはず。管理エリアもかなり切り売りしてるようですが……?」

「うむ。その記録で、間違いはない」

「そうなるとですね、申し訳ないですが条件的には……保証金は免除できても半額程度ですね……」


 受け付け係の返答は、慇懃いんぎんというほどではないがそれなりに丁重だ。凋落の家系とはいえ、一応は貴族と平民という立場の違いは意識されているのだろう。

 しかし、それでもシステムを曲げないところや、昨日のガルドゥの態度などを思い出すと、身分以上に経済力が物を言う世界であることはなんとなく想像できる。


「半額ですって!?」


 受け付け係の言葉にすかさず食ってかかったのはナーシェだ。


「話が違いますよ! 後ろ盾があれば保証金は免除って言ってたじゃないですか!」

「断言はしてないだろ。免除できるかもしれない、って言っただけだ。あくまでも後援者の経済力によるとも説明したはずだぞ」

「聞いてないですよそんなの!」

「説明もしたし、嬢ちゃんだって先日は分かりましたって言って帰っただろ?」

「すぐにそうやって、言った言わないで誤魔化そうとするの、ズルいです!」

「そりゃそっちだろ!」


 ついに、受け付け係も声を荒立て始めた。

 多分こいつは、誤魔化してるんじゃなくて本当に忘れてるだけだと思うけど。


「それで……仮に半額免除だったとして、いくらになるんですか」

「入会手数料三万、保険料六万、保証金が半額で二十万で……」と、指折り計算しながら―ー。

「合計で二十九万ラドルだな」

「……そこを一万で」

「できるかっ! それじゃ、入会手数料分にもなってないだろ!」

「私とおっさんの仲じゃないですか」

「名前も覚えていないおっさんに対して、よくそんなことが言えるな?」


 ナーシェが自信満々でギルドに行くなんて言うから、登録くらいはてっきり大丈夫なのかと思ったら全然じゃねえか。

 うーっ……、と顔を顰めるナーシェの頭にポンと手を載せてニコラが口を挟む。


「足りない二十八万ラドル、私が出そうか?」

「ほ、本当ですか!? 貧乏暇なし貴族なのに、そんなお金があるんですか?」 


 おい、言い方!


「今は持ち合わせがないが、それくらいの資金を動かす裁量権はある。が、その代わり条件が――」

「分かりました」

「だからお前は! ちょっと待てっつーの!」


 ニコラが俺たちに害意をいだいているとは思わないが、それでも昨夜の一件もある。どうも彼女からは、何を言い出すか分からない不気味さを感じる。

 俺を見上げてハァ、と溜め息をついたあと、再びニコラに向き直るナーシェ。


「で……? その条件と言うのは、何です?」

「うむ。蘭丸との交際を、正式に申し込みたい」


 は……


「「はああっ!?」」


 俺とナーシェが顔を見合わせる。

 さすがのナーシェも、今の発言には思わずポカンと口が開いてしまったようだ。


「な……なんですって?」と、かろうじて聞き返すナーシェ。

「だから、蘭丸との交際を――」

「そうじゃなくてっ! な、なんで急にそんなこと……」

「急にというか、私としては少し前から考えていたことなんだけどな。とりあえず、蘭丸のことはナーシェちゃんを通してと言われたので、こうして筋を通したのだ」

「す、筋なんて……と、通ってないですよ! そんな……お金で自分のサーヴァントを売るようなこと、できるわけ――」

「じゃあ、倍出そう」

「だからお金の問題じゃ…………えっ?」


 おいっ! 心動いてんじゃん!


「では、百万ラドルならどうだ?」

「お、おか、おか、お金の問題じゃないって、言ってるじゃないじゃないですか!」


 思いっきり動揺してるじゃないですか……。


「ら、蘭丸は、形見のヘリオドールを消費してまで召喚したサーヴァントなんですよっ! 死ぬまで、馬車馬のように、ボロボロになるまで、粉骨砕身働いてもらわないと元が取れないのです!」

「そ、そこまで求められてたの、俺!?」


 ニコラと交際するのもアリかもしれない……。


「ちょっとあんたら、そういう事は決めたあとでまた来てくれんねぇかな? 後ろがつかえて――」

「誰かが騒いでるかと思えば、またキミですか」


 迷惑そうな受け付け係の声を遮るように、俺たちの背後から響いたテノール。

 その声にビクッと肩を跳ね上げたナーシェが、俺の影に隠れるように恐る恐る後ろを覗き込む。


「ビ……ビクトール……」

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