09.賭けをしませんか?

「ビ……ビクトール……」


 ナーシェの目線を辿って、俺も近づいてきた剣士風の青年に目を向ける。


 年齢は三十手前といったところか。

 金髪碧眼。切り上がった目元に、壊れ易そうな薄い鼻筋。

 これと言って特徴のない、安っぽいと言えば安っぽい顔立ちだが、それでも女性に苦労はしないだろうなと思える程度の美形ではある。


「また、登録手続きのことで揉めてるんですか?」

「ビクトールには、関係ないです。引っ込んでてください」

「お金が足りなければ登録も無理。そこに裏口など存在しないというのに、それでも足しげく通って交渉するなど、相変わらずキミもおバ……不思議な人ですね」


 やっぱり、誰が見てもおバカだと思われてんのか、ナーシェ……。

 どうやら、ビクトールと呼ばれた男とナーシェは旧知の間柄らしい。


「明日は明日の風が吹くんです! 今日はダメでも、明日は大丈夫になるかもしれないじゃないですか!」

「ならねぇよ……」


 後ろでボソッとつぶやく受付係の男。


「キミの思考にはたまに付いていけない時もありますが……」と、ビクトールが呆れたように一つ息を吐く。

「そんな要領の悪さも、不思議の召喚士・・・・・・・と言われる所以ゆえんですかね」

「わ、私の、ふっ……二つ名を言えたからって、き、気持ちは、動きませんよ!」


 ……と言う割には、顔がニヤけてるぞ。

 皮肉で言われたって分かってんのか?


「そう頑なにならなくても……僕の女になれば、そのうち独立させてあげると言ってるじゃないですか。いきなり黒羊級からスタートする事だって可能ですよ」

「だっ、誰があなたの女なんかにっ!」


 女?


「女って……いわゆる、交際を申し込みたい、ってことか?」と、ビクトールをにらみつけているナーシェに尋ねる。

「もちろん、そうですよ。それ以外に何があるんですか」

「えーっと、おまえと、ってことだよな?」

「…………」


 眉間に皺を作ったまま、今度は不機嫌そうに俺の顔を見上げるナーシェ。


「なぜ、そこで念を押すんです? その、怪訝けげんそうな眼差しはなんですか?」

「だって……あんな大人が、お前みたいな子供ガキを……」

「んまっ! なんですかその言い草は! タクマさんにだって、ナーシェちゃんは可愛いから、大人になったらきっと絶倫・・の美女になるって言われてるんですから!」

「……もしかして、絶世の美女って言いたいのか?」


 間違いなくタクマさんのリップサービスだろうが、喋らなければナーシェもなかなかの美少女ではあることは確かだ。

 再び、ビクトールが口を開く。


「悪い話じゃないと思うんですけどね。一緒に依頼を受ければ実務経験も積めますし……。初心者がまともに青梟せいきょう級からスタートしても、黒羊に上がるまでには一年以上はかかりますよ」

「だっ、誰があんなハーレムパーティーに入るもんですか! 気持ち悪いっ!」

「まあ、考えておいてください。僕はこれから、出立前に前回の探索報告を済ませるので……これで失礼」


 少し嫌味な笑みを浮かべ、俺たちのすぐ目の前を横切るビクトール。

 ……が、その最中さなか、スッとナーシェの方へ片手を伸ばし、


「その歳でこの果実・・を遊ばせておくのは、本当にもったいない」


 そう言って、子供にしては大きめの、ナーシェのバストにポンと軽くタッチする。


「なっ、なにするんですかっ!」


 慌てて両腕で胸を隠し、再び俺の背後に回り込むナーシェ。

 だがその時、そんな彼女よりもさらに頭に血がのぼっていたのは、俺だ。


「お、おいっ! このスカし野郎! 人の使役者マスターに何しやがる!」


 咄嗟にビクトールの右腕を掴んで睨みつけると、彼も真っ直ぐに、その鋭い視線を俺に向ける。瞳にさげすみと敵意の光をぎらせて。


「マスター? ということは……そうですか、キミはナーシェのサーヴァント……」


 素早く俺の左手――契約の指輪を見止めて、ほほう……と、少し驚いたような表情を浮かべるビクトール。


「まさか、ナーシェ君が人型精霊の召喚とは……少々驚きましたよ」

「そ、そうですよっ! しかも蘭丸は、精霊ではなk……モゴモゴ」


 慌ててナーシェの口を塞ぐ。勘だが、俺が転生者であることは伏せておいた方がいい気がする。


「俺の名は蘭丸。二つ名はない。こいつに精霊召喚・・・・されたサーヴァントだ」


 精霊召喚されたが、精霊だとは言ってない。

 嘘は言ってないよな?


 ナーシェも、俺の腕を振りほどいて言葉を繋ぐ。


「そ、そうですよ! 精霊ですよ……せ、精霊にきまってるじゃないですかっ!」

「おまえもう、それ以上喋るな……」

「蘭丸は、私の無敵のサーヴァントです! ギルド登録さえできれば、黒羊級どころか、銀狼級まであっという間ですよ!」

「無敵って言っても昨日、早速さっそくニコラに負けたけどな」


 俺の言葉に、ぴくりとビクトールの眉尻が跳ねた。


「ニコラとは……ああ、先ほど後ろで聞いてましたが、そちらの貴族のお嬢さん?」

「そ、そうですよ! ニコたんも、この度〝新生ナーシェチーム〟に加入した超大型ド淫乱新人です!」

「なるほど……スーパールーキー二人を従えて意気揚々と来たわけですね。因みにニコラさんの階級は?」

「銀狼だ」と、短く答えるニコラ。


 それを聞いて、ビクトールもニヤリと笑いながら――、


「僕も銀狼なんですけどね……そうだ、いいことを思いつきました」

「どうせろくなことじゃありませんよ」と、けんもほろろに突き放すナーシェ。

「いえいえ、ちょっとした余興ですよ。ナーシェ君、僕と一つ、賭けをしませんか?」

「賭けですか!?」


 賭けと聞いた瞬間、ナーシェの獣耳けもみみがピンと立ち上がる。


「い、一応、聞くだけ聞きましょうか。……どんな賭けです?」


 食いついたっ!?


「そこの、無敵のサーヴァント君とやらと私が模擬戦をして、もし彼が勝てば、僕もナーシェ君の後ろ盾を引き受けた上で、足りないお金も肩代わりしましょう。その代わり、もし僕が勝ったら……」


 そこで一旦言葉を切ると、ビクトールが挑発するように俺へ目線を移す。


「もし僕が勝ったら、ナーシェ君は僕と一晩、枕を交える。……どうです?」

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