05.何も知らないのですね

「よ~し! それでは、武器屋へGOです!」

「ちなみに、なんで武器が必要なんだ?」

「あのですね、まったりスローライフを送らせるためにわざわざ精霊を呼び出すほど、私も暇人じゃないのですよ」

「まあ、そりゃそうかもしれないけど、だったらなおさら目的を教えてくれよ」

「そんなんの、めんどく……急にいろいろ話しても混乱しちゃいますよね? おいおい話しますよ、おいおい」


 こいつ今、面倒臭いって言いかけなかったかったか?

 ……まあいっか。確かに今、いろいろ聞かされてもどこまで理解できるかも怪しいし、ボロも出そうだ。

 まずはこの世界にもう少し慣れてからの方がいいかもしれない。武器を使うような目的なら、とりあえずヘリオドールに任せておけば問題なさそうだし。

 

 ナーシェの後を追って、寝室とは反対側のドアをくぐる。照明のない暗い通路が五メートルほど続いており、さらに突き当たりのドアを開くと――。


 現れたのは室内と同じように石壁に囲まれた、幅五~六メートルほどの大きな通路。まるで街路のように人々が行き交い、喧騒に包まれている。

 見たところ、ナーシェと同じように頭に獣耳を載せた人……だけではなく、大きな尻尾まで揺らしている後ろ姿も珍しくない。


 両側の壁には、たった今ナーシェと潜ってきたようなドアがいくつも並んでいて、それぞれ表札のようなプレートも掲げてある。

 ……が、何が書いてあるかは分からない。

 ヘリオドールの翻訳も識字能力までには及ばないらしい。


 やはり、最初の印象通りダンジョン内部という認識で間違いなさそうだが、予想していたよりも遥かに巨大な建造物のようだ。

 さしずめこの辺りは、ダンジョン内の居住区といったところだろう。


 見上げれば、五メートルほどの高さの天井に等間隔で明るく光る石材のようなものが使われていて、それが通路全体を明るく照らしている。

 はっきりとしたことは分からないが、室内で使われていたようなランプと比較すると、明らかにテクノロジーレベルが別次元だ。


「蘭丸ぅ~! こっちです!」


 声の方へ視線を戻すと、いつのまにか先へ進んでいたナーシェが、俺に向かって両手を振りながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。


「いろいろこの世界も見学したいし、もうちょいゆっくり進んでくんない?」


 小走りで近づきながらナーシェに掛け合ってみるが――。


「そうしたいのはやまやまですが、あまり時間もないのです」

「時間? 何かやらせる気か?」

「それはまた、おいおい説明します」

「…………」

「というか、精霊さんって、この世界のこと、あまり知らないものなんですか?」

「そうだな。向こうにいるときは、特にこっちに興味もないし……」


 適当に答える。

 実際はどうか分からないが、ナーシェが一緒なら、この世界には疎いことにしておいた方が何かと好都合だろう。


「そうなのですか……。精霊界からは、この世界はどう見えているのですか?」

「ん? そうだな……アリの巣みたいな感じかな……」

「ほえ~……じゃあ、実際のアリの巣はどう見えてるのですか?」

「そんなものは見えない」

「じゃあ、どうしてアリの巣を知ってるのですか?」

「…………」


 意外と面倒臭いぞ、こいつ。


『お前がくだらない嘘をくからだ』と、ヘリオドール。

「(仕方ないだろ。ここまでアリの巣に食いつかれるとは、思わねぇよ普通)」


「ねえ、どうしてですか? どうして?」

「本で読んだんだよ!」

「ほえ~……じゃあ、精霊界の本を書いた人は――」

「やかましいっ! それより、向こうがやけに明るいな」


 気がつけば、十メートルほど先、通路の出口らしきところからかなり明るい光が差し込んでいるのが見えた。

 通路も決して暗くはないが、それとはまた次元の違う明るさだ。


 もしかして、あそこから先は外の世界だったり?

 ナーシェから逃げるように、早歩きで出口に向かう。


「ちょ、ちょっとぉ! 先に行かないでくださいよ! 場所、知らないですよね!? 人にはゆっくり進めって言っておいて、なんですか一体!」


 後ろから追いかけてくるナーシェの声に、「そこまで行くだけだ」と言い置いて通路の出口にたどりつくと……。


「おおお……」


 思わず感嘆の息を漏らす。

 頭上を覆う鮮やかな蒼穹そうきゅうと、燦々さんさんと輝く太陽。


 これは……この景色は……前世でも見たことがあるぞ!

 しかし……何かが違う。

 なんだこの違和感は!?


「どうしたんですか、急に……」


 追いついたナーシェが、空を見上げてポカンと口を開けている俺を不思議そうに眺めて小首を傾げる。さらに――。


「人工太陽が、そんなに珍しいんですか?」

「人工……太陽?」


 言われてみれば確かに、太陽のように輝いていた球体は空の下に浮いているように見える。

 青空のように見えていたのも、このエリア全体を覆った立体映像のようなものであることが分かった。

 巨大な半球ヘミソフィアに映し出された人工の天空だ。


「すげえぇ……。どうやって、こんなものを……」


 圧倒的なスケール感に溜め息を漏らしつつも、同時に新たな疑問も芽生える。

 これほどのものを作れる文明なのに、なぜ、室内はランプを灯すような原始的な照明だったんだ?

 それ以外の調度品などを見ても、俺の断片的な前世の記憶と比較すると、かなり文明レベルは遅れているように思える。


「蘭丸はほんと、何も知らないのですね」


 驚く俺を前に溜息を漏らしつつも、ナーシェはすぐにその問いに答えてくれた。


「あの空はですね――……」

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