06.かなりちょっとです

「あの空はですね、古代文明の遺産と言われてるのですよ。あっ、空だけじゃなく、このダンジョンそのものが今は失われた技術――桁外れのオーパーツなのです」

「ここを造った連中は、どうなったんだ?」

「いろいろな言い伝えは残っていますが、正確には分かっていないです。確かなのは、その文明はもうこの星には存在しないということですね」


 古代文明――。


 確かに、その時代にそぐわないオーバーテクノロジーというのはあり得るだろうが、それにしたって技術飛躍クオンタムリープが大きすぎないか?


「(……どうなんだ、ヘリオドール? お前なら知っているんだろう?)」

『……どうかな。ただ、仮に知っていたとしても答えられる内容ではない。この世界の起源に関することは、この世界の人間が解き明かすべき命題だ』


 なるほど。少なくとも"世界の起源〟なんて言葉が出てくるくらいの根源的な話であることは分かった。

 まさか、古代文明の正体って……〝神〟とか?


 そのとき、すぐそばでドッと湧き起こった歓声に思考を中断される。


 頭上に気を取られて後回しになっていたが、目線を下ろせば、広大な天井と同規模の、数百メートル四方にも及ぶ超巨大エリアが広がっている。

 足元には緑の草が生い茂り、さながら草原のような景観だ。

 天空の太陽と青空もそうだが、地上も、とても人工建造物の内部とは思えない。


 そんな草原エリアの中、すぐ目の前で、沢山の天幕テント出店でみせが立ち並び、多くの人々で賑わっている一角が目に止まる。

 さっきの歓声も、その中から聞こえてきたようだ。


「あれは?」

「今は五園祭の期間中なんですよ。二ヶ月に一度、一週間ほど開催されるお祭りです」


 心なしか、ナーシェの声音こわねに警戒するような空気が混ざり込んだ気がした。


「ごえんさい?」

「この、第五グランドパークで開かれるフェスティバルなので、五園祭と呼ばれてるんですよ」

「第五って……これと同じような部屋がまだ他にもあるのか!?」

「今開拓されているグランドパークは十一部屋……でしたでしょうか。探索中や未発見のものも合わせれば三十以上はあるだろうと言われていますよ」


 これと同じような巨大な空間がまだ、他にも三十箇所以上も!?

 これはもう、単なるオーパーツで済ませられるようなレベルじゃないぞ!?


 そのとき。


「おお? 誰かと思えば、お笑い召喚士のナーシェじゃねぇか!」


 不意に、祭りの喧騒の中から野太い男の声が響く。

 声の主は、大きな木箱に腰掛け、こちらを見てニヤついている商人風の男性。

 年の頃は五十代後半くらいだろうか。

 手入れのされていない眉毛と髭に、分厚い下唇がいかにも悪辣あくらつな印象を漂わせている。


「誰がお笑い召喚士ですかっ! ふ・し・ぎっ、の召喚士ですっ!」


 俺の隣で、両手を振り回して怒声を上げるナーシェ。

 正直俺も、お笑い召喚士の方がしっくりくるような気がしなくもないが。


「どうだい? 今日も一丁、ハイローでもやっていくか?」

「や、やるわけないじゃないですか! あんなインチキゲーム」

「インチキとは人聞きが悪いなぁ。うちは公正明大がウリだぞ? お得意様だし、三回限定でハイローの出目は五分五分。ハイの倍率は五倍にしてやるぜ」

「ほ、ほんとですか?」


 ナーシェが、あっさり食いつく。

 どうやら相手は、祭りで賭博場を管理している男のようだな。

 話の内容から察するにいつもカモられているような感じだけど、大丈夫か?


「(あの看板の説明、読めるか?)」

『うむ。どうやら三つのサイを振って出目に賭ける博打らしいな。一~十二なら一.五倍、十三~十八なら二.五倍。但し、ゾロ目なら親の総取りらしい』

「(でもさっき、あの親父、別のルールを提示してたよな?)」

『三回のみ、出目が十以上ならハイ。しかも、ハイで当てれば五倍の配当にする、と言っていたな。ローも選べるが、実質ハイを選択させるためのルールだろう』


 ハイとローの割合はそれぞれ五割程度。

 ハイなら五倍だから、同額をハイに賭けていく前提でも、三回のうち一回でも十以上が出れば手持ち資金は倍以上になる計算だ。

 確率的に考えれば勝つ見込みは高いが……。


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらガルドゥが続ける。


「どうだ? これまでの負け、一気に取り返すチャンスだぜ?」

「そ、そういことなら、やるのはやぶさかではありませんね、ガルドゥ」


 小さなテーブルを挟んで、賭博屋の親父――ガルドゥと呼ばれた男の対面に腰掛けるナーシェ。


「今日こそあなたをぎゃふんと……あいたっ!」


 両手で後頭部をさすりながら、こちらを振り向くナーシェ。


「な、なんで私がチョップされなきゃならないんですか、バカ丸!」

めといた方がいいんじゃないか? これまでも結構カモられてるんだろ?」

「バカ丸は計算もできないんですか? 今の条件なら、三回のうち全部ローが出る確率なんて……え~っと、え~っと……かなりちょっとです」

「八分の一な」


 ゾロ目を考慮に入れなければだけど。


「知ってますよ! 逆に言えば、七回は勝てるんですよ? しかも、ハイが二回以上出てごらんなさい。それこそ大儲けじゃないですか! やらなきゃ損です!」

「得をしそこねるだけで、損ではないんだけど……」

「うるさいです! 変なとこだけ大きいくせに、気の小さい精霊ですね。黙って見ててください。ここでお金を増やして良い武器を買ってあげますから!」


 居丈高に言い放つナーシェの姿が、俺にはカモられるフラグにしか見えない。


「んじゃ、いくぜぇ?」


 ガルドゥが、ざるでできた茶碗のような物――ツボ皿・・の中に三つのサイを放り込むと、そのままテーブルにトンと伏せる。

 中で、コロコロンとサイの転がった音が響き――。


「もちろん、賭けるのは〝ハイ〟ですっ!」


 テーブルの上に、銀色の硬貨を一枚置いてナーシェが宣言する。

 同時に、頭の中でヘリオドールの声が聞こえた。


『五、一、四で、出目は十。……〝ハイ〟だな』

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