07.イカサマ
『五、一、四で、出目は十。……〝ハイ〟だな』
「(え? ヘリオドール、透視能力でもあるのか?)」
『そんなものはないが、サイとツボ皿の動きや音から計算すれば出目の特定は可能だ。ただ……』
「(ただ?)」
真剣な眼差しで机の上に視線を落とすナーシェを見ながら、ニタリと口の端を上げたのはガルドゥ。
「ハイでいいんだな? じゃあ、開けるぞ?」
そう言うと、ゆっくりとツボ皿を持ち上げた。
果たして出目は――。
「あ~惜しい! 出目は、一、三、五の九! ローだったなぁ」
ニタニタと笑いながら、テーブルに置かれた一枚の銀貨を取り上げるガルドゥ。
「あ~ん、惜しい! もう一個で十じゃないですか! でも、確実に流れはきてますよ! 次です、次!」
そう言うと、今度は銀貨二枚をテーブルに載せるナーシェ。
流れ? ハイアンドローで惜しいもなにもないだろ。
完全に熱くなってやがる。
「(どういうことだ、ヘリオドール?)」
『サイの動き、音、いずれも不自然だった。恐らく、ある一定の数しか出ないように細工されている可能性が高い』
「(イカサマかよ……じゃあ、それを暴いてやれば……)」
『まだ確証はない。不正を証明できなければ、逆に余計なトラブルを
「(じゃあ、どうすれば……)」
『もう一回確認すれば、はっきりする』
そうこうしているうちにも、すでに二回目のサイが振られ、ツボ皿がテーブルの上に伏せられていた。
「もちろん、今回も〝ハイ〟ですよっ!」
ナーシェが宣言すると同時に、ヘリオドールも出目を計算する。
『本来なら二、四、六の十二。だが、細工の補正を加えると……おそらく、一、二、四で、出目は七だ』
果たして――。
「ざ~んね~ん! 一、二、四の七! いやぁ、二回連続でローとは、ついてないねぇ! でも、三度目の正直とも言うし、次こそはハイがくると思うよぉ、俺は」
喜々とした表情でテーブルの上の銀貨を懐に入れるガルドゥ。
『やはりな。あのサイ、ひとつは一しか出ないサイだ。他の二つも、三以下と五以下しかでないように細工されている』
「(マジかよ? じゃあ、絶対十以上の出目なんて出ないじゃん)」
『そういうことだ』
あの親父、いい歳して子供相手にえげつないことしやがって……。
ナーシェが俺の方を振り返る。
「ど、どうしよぉ、らんまるぅ……」
「だから――」
止めとけって言っただろ……と言いかけて言葉を呑み込む。
今にも泣きだしそうなナーシェ。
こいつが迂闊だったとはいえ、こんな表情の女の子をさらに責めても、無意味に追い詰めるだけで俺の気分が滅入るだけだ。
「金、あとどれくらい残ってる?」
「銀貨二枚、だけ……です……」
「全部置け。次は俺がやる」
「え……?」
ナーシェに変わって、俺がガルドゥの前に腰掛ける。
「最後の一回、俺が選んでもいいだろ?」
「おお? お笑い召喚士の連れか? ハイかローを選ぶだけだし、別に誰だって構わねが……」
「んじゃ、やってくれ」
「まだ俺の休憩時間はタップリ残ってる。焦んなって」
ツボ皿にサイを放りこんで、テーブルに伏せるガルドゥ。
「さあ、ハイとロー、どっちだい兄ちゃん? まさかローで、最後は一.五倍狙いなんて言わねぇだろうなぁ?」
そういって、ゲヘヘ、と笑うガルドゥ。
仮に俺がローで的中させたところで儲けが銀貨三枚から二枚に減るだけだし、こいつにとっては気が楽だろう。
ただ、このがめつそうな顔……間違いなく銀貨五枚を狙っているはずだ。
腰を浮かせてガルドゥの耳元に顔を近づけ、周囲には聞こえないように小声で囁きかける。
(おいおっさん。この中のサイ、一定の出目しか出ないように細工されてんのはお見通しなんだよ)
「な、なんだとてめえ!? あやつけて何もなかったらただじゃすま――」
(勘違いすんな。別にここで暴こうって話じゃない。それより一つ、賭けをしないか?)
「賭け……だと?」
もう一度自分の椅子に腰掛けなおし、今度は普通の声でガルドゥと話を続ける。
「俺は銀貨二枚をゾロ目に賭ける。その代わり、当たったら二十五倍だ。ゾロ目の確率は、
「なん……だと?」
「もし受けられない、って言うなら……」
ここでサイの細工を暴露するぞ……ということを
イカサマを暴けば、賭けた金くらいは返ってくるだろう。交渉次第では倍くらいにはなるかもしれない。
しかし、武器も何もない状態で実力行使に訴えられたら、果たして俺に対処できるだろうか?
いや、それよりなにより、子供からえげつない手を使って金を騙し取ろうなんていう性根が気に食わない!
どうせこれまでも、汚い手を使って騙しやすいナーシェをカモにしてきたんだろう。
その落とし前はきっちりつけてもらうぞ!
「ちょ、ちょっと、蘭丸? そんな無茶な賭け――」
心配そうに呟くナーシェの声に被せるように、引きつった笑いを浮かべながらガルドゥが答えた。
「分かったよ兄ちゃん。その勝負、受けてやるぜ」
実際は、ヘリオドールの言った通りの細工なら、ゾロ目は一のみ、確率は十五分の一だ。
しかし、他の客からは六種類のゾロ目が三十六分の一で出ると思われているのだから、配当が高過ぎるなんて文句もつけられまい。
事の成り行きを見守っていた周りの客も、にわかに盛り上がる。
これならガルドゥも逃げられないはずだ。
もっとも、ガルドゥから見れば、今回たまたまゾロ目が出る蓋然性なんてまったくない。
たった一回、十五分の一を回避すればいいという条件は、十分に勝算のある賭けに思えているはずだ。
ゆっくりとツボ皿が持ち上げられた。
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