08.タクマ武具店

「うっは――っ! うひゃひゃひゃひゃあっ♪」


 クルクルと回りながら、紐付きの麻袋を振り回して奇声を発するナーシェ。


「さっきのガルドゥの顔、見ましたぁ? 実際に開いた口が塞がらない人、初めて見ましたよ。ハシビロコウかってくらい固まってましたね~! うひひひひぃ~♪」

「分かったから……とりあえずそれ、リュックにしまったらどうだ?」

「大丈夫大丈夫! 私、こう見えて、結構しっかり者なんですよぉ~♪」


 今までのどこに、しっかり要素があった?

 ただの浮かれポンチにしか見えないぞ。


「なんたって、銀貨五十枚ですからねっ! 大金持ちですよ。未だかつて、私はこれほどの大金を持ったことがあったであろうか? いや、ないっ!」

「だからそういうこと、往来で叫ぶなっての」


 フェスティバル会場からやや離れたとはいえ、相変わらず人出は多い。すれ違う人たちがみな、振り返ってはこの浮かれ召喚士を見咎めてゆく。

 無用心にもほどがある。


「それにしてもよくあそこで、一のゾロ目がくるなんて分かりましたね?」

「なんとなくな……。三回目だし、そろそろくるころかと」


 本当は、ヘリオドールに聞いてゾロ目が出ていることは分かっていた。

 ……が、それを正直に言うとまた、この調子に乗った浮かれ召喚士に同じ事をさせられかねない。

 ああいうズルは、やり過ぎたらダメだ。


「あ! あそこの入り口です」


 ナーシェの指差した先の壁に、大きな入り口がポッカリと口を開けている。

 ここまで歩いてくる間にも、この草原部屋を取り囲むように同じような通路が散見されたが、それらと比べても人の出入りが多いように見える。


「多いな、人が」

「商業区ですからね。特に今は五園祭も開催してるので他のエリアの住人も集まってきていますし、いつも以上に人出は多いですよ」

「このダンジョンって、どれくらいの人が住んでいるんだ?」

「今はだいたい、五万人くらいだと思いますよ。ラドキアの中では四番目の規模だと、孤児院で習いました」

「ラドキア?」

「炎帝国ラドキア……って、そんなことも知らないんですか? 国の名前も分からないなんて、蘭丸は何しにきたんですか」

「おまえが呼んだんだろ!」


 この規模で……四番目?

 他にもこんなダンジョンがゴロゴロあるのか?

 ここだけでもまだまだ未探索の部分が多いと言っていたし、もっといろいろ見てみたい。根源的な冒険心のようなものがくすぐられた気がした。


 通路の入り口をくぐるとその先は、居住区よりもやや広い回廊がずっと先まで続いており、両サイドには露店や店舗が隙間なく連なっている。

 たまに飲食店があるくらいで食料品店は見当たらない。

 日用雑貨や書籍、服飾、武具、道具類などの専門ストリートのようだ。


「ここが、目的地の〝タクマ武具店〟ですよ」


 五分ほど雑踏を進んだあと、先を歩いていたナーシェがくるりとターンをして目の前の店舗を指差した。

 看板の文字は読めないが、店先のワゴンや壷にゴチャッと入れられている武具や刀剣類で、何の店かはすぐに分かる。


 慣れた様子で「こんにちはぁ」とドアを開けたナーシェに続き、俺も店内へ。

 ランタンで明かりが確保された店内には、所狭しと武器や防具が並べられていた。

 表の人出から見て、店内にも何人か客はいるかと思っていたが、今はどうやら俺たちだけらしい。


「さあ! お金のことは心配しないで、何でも好きなものを選んでください。なんだったら、必要な防具だって買ってあげますよ」

「ほとんど俺が稼いだ金じゃん」

「蘭丸の無謀な賭けに、大事な財産を託すなんてなかなかすごいことだと思いますよ? そう考えるとあの勝ちって、実質、私のおかげみたいなものじゃないですか」

「おまえ、よくそこまで調子に乗れるな」

「あ、そうそう、ここから奥の武器は探索者か傭兵登録がないと買えないので、今日はそっちのエリアで見繕ってください」


 ふぅん。武器を扱うにも、何か資格が要るのか。

 それもあとで、詳しく聞いてみよう。


「(どうだ? 何か良さそうな武器はあるか?)」と、ヘリオドールに確認する。

『言っただろう。剣の形さえしていれば何でもいいと。あえて言うなら、斬れ味より耐久力……ん?』

「(どうした?)」

『あそこのロングソード、持ってみろ』

「(これか?)」


 言われて手に取ったのは、刀剣売り場の片隅で、棚にも置かれず抜き身のまま壁に立てかけられていたロングソード。

 刀身は一メートルほどありそうだ。

 広い平地ひらじは熱処理で酸化黒皮に覆われているが、刃には赤錆あかさび、刃先にも刃毀はこぼれが目立つ。とてもだが状態が良いとは言いがたい。


「あ~、それ、売れ残りなんですよぉ」


 俺の持った剣を見ながらナーシェが声をかけてきた。

 売れ残り?


「よくかよってるのか、ここ?」

「ああ、違いますよ。私、ここで働いてるんです。今日は休みだったんですが」


 なるほど、それでか。


「ふぅん……で、これは、いくらだ?」

「四百八十六円ですね」

「やけに半端な値段だな」

「そうですか?」


 ナーシェが首を捻る。

 だって、切りのいい数字とは言えないよな?

 そんな疑問に、頭の中でヘリオドールが答える。


『お前の前世の通貨単位に換算したが、この世界の単位なら五百ラドルだ』

「(初めからそれでいいよ! 字が読めるようになったら逆に混乱するだろ。それより剣の方は……状態はあまりよくなさそうだが、どうする?)」

『そのロングソードで、大丈夫だ』


 店内が狭いので振ることはできないが、刃先を上にして二、三度持ち上げてみる。見た目ほど重くない。片手でも両手でも扱いやすそうだ。


「じゃあ、これで」

「ええっ! 五十万ラドルもあるのに、そんな、さやより安い売れ残り品でいいんですか!?」


 ということは、銀貨一枚が一万ラドルってことか。

 この剣は、さらにその二十分の一? 激安だなおい。


「もっと、聖剣なんちゃらとか、名刀なんちゃらとか、いろいろありますよ!?」

「大丈夫だ。とにかくこれでいいっぽい」

「なんでそんなあやふやなんですか……」

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