09.フルンティング

「ナーシェちゃん、来てたんだ?」


 男の声に振り向くと、ナーシェの後ろから、眼鏡をかけた知的な雰囲気のイケメンが近づいてくる。


「タ、タクマさん、こんにちはです!」


 振り返ったナーシェが、頬を赤らめてペコリと頭を下げる。

 ははぁん……ナーシェが心に決めた奴って、この男のことか?

 歳は、見た感じ、二十歳は越えていそうだな。


 スラリとした長身ながら、半袖のシャツから覗く二の腕を見る限り、なかなかの細マッチョだ。

 オールバックにまとめた短髪に、整った切れのよい眉と切れ長の目尻。スッと通った鼻筋や口角の上がった大きな口からは、聡明で社交的な印象を受ける。

 普通の前掛けがやけにファッショナブルに見えるのも、着けている人物のせいだろう。


「そちらのお兄さんは?」


 ロングソードを持っている俺に気づいて細マッチョが尋ねると、俺が答える前にナーシェが紹介を始めた。


「えーっと、こいつは蘭丸。モリタの剣士、蘭丸。私の召喚した精霊ですよ!」

「おい、苗字を二つ名っぽく言いかえるな」

「ええっ……。お笑い召喚士のナーシェちゃんが? 人型の精霊を!?」


 驚く細マッチョ――もといタクマさんが、眼鏡の位置を直しながら、暗灰色ダークグレーの瞳でまじまじと俺を観察する。


「誰がお笑い召喚士ですかっ! ふ・し・ぎっ、の召喚士ですっ!」

「ああ、ごめんごめん、みんなが言ってるからつい……。えーっと、当武具店の店長のタクマです。二つ名は迷宮の遺珠いしゅ。よろしく」


 にこりと微笑んで右手を差し出してくるタクマさん。

 やはり、何か二つ名を考えた方がいいんだろうか?


「蘭丸です。え~っと、二つ名はありません。よろしく」


 こちらも右手を握り返して挨拶を交わし、同時に前世でも同じ事をしていた記憶が蘇る。握手というのは共通の挨拶らしい。

 手を解くとすぐに、ナーシェに向き直ったタクさんが質問を続ける。


「じゃあ、今日は……彼氏の武器を探しに?」

「かっ、彼氏じゃないですって! ただのクソ・・サーヴァントですよ!」


 クソは余計だろ。


「でも、蘭丸ったら、そんなガラクタでいいって言うんですよ。お金なら十分用意してきたんですが」


 ナーシェの説明を聞いて、俺の手にしたロングソードを一瞥するタクマさん。


「その剣ならタダで譲ってもいいし、メンテもサービスできるけど……諸刃の大剣だから、さやを作るのは少々値が張るよ?」


 なるほど。さすがに約五百円じゃ素材代にすらならないんじゃないかと思ったが、他で金がかかるから売れ残っていたのかもな。


『鞘は要らない』と、頭の中で聞こえたヘリオドールの言葉をそのまま伝えると、


「そういうわけにもいかないんだ。抜き身で持ち歩くのは、一応禁止されてる」

「一応……」

「ああ、法律では、って意味で。実際にはそれで捕まることなんて滅多にないだろうけど――」

「ダメですよ、タクマさん」


 と、ナーシェが口を挟む。


「鞘なしで店から出したことがバレたら営業停止ですからね! お金はありますから、ちゃんとしたもの用意してください」


「(……だ、そうだ)」と、再びヘリオドールに語りかける。

『必要ないと言ってるだろう。丁度そこに置いてあるアームレットをイメージして、何か言ってみろ』

「(何か、って何だよ。そんな漠然とした指示を出されても……)」

『その剣が、そのアームレットに変わることをイメージしながら唱えろ。何も思いつかないなら〝戻れ〟だけでいい』

「(やるのはいいけど、せめて理由くらい教えてくれよ……)」


 そうは思いつつも、とりあえず言われた通りにイメージしてみる。

 やってみると意外と難しい。


「戻れ……」


 静かに呟いたつもりだったが、誰もいない静かな店内だ。声に驚いたナーシェとタクマさんの二人が俺の方へ顔を向ける。


 次の瞬間。


 青白い光に包まれたロングソードが、形と重さを変えながらみるみると収縮。

 最後は俺の右手首を包むように収斂しゅうれんし、黒いアームレットに姿を変えて光を失う。


 な、なんだこれっ!?


「わわわっ! 蘭丸! なんですかそれ!?」

「おお……これは驚いたね……」


 ナーシェとタクマさんの二人も、それぞれ驚嘆の言葉を漏らす。


「物質の抽象化……。四大魔導書の継承者のみが加工できると聞いたことはあるけど、実物を見たのは初めてだよ」と、タクマさん。

「じゃあそれって、アルマデル様・・・・・・が作った武器、ってことなのです?」

「うむ。確か、第百十二ダンジョンから探索者が持ち帰った物のはずだから……何代目のアルマデル様かは知らないけど、かなり昔のものだろうね」


 タクマさんの説明によれば、通常は持ち主から五メートルほど離れれば自動的に変形――この武器であればアームレットに戻るらしいのだが、恐らく当時の持ち主が戦闘中に絶命したことで剣の姿のまま放置されていたのだろう、ということだった。


「どうやって剣に戻すんです?」と、ナーシェ。


 同じ質問をヘリオドールにもしてみる。


『アームレットに何か書いてないか?』

「(えーっと、ああこれか。何か文字が彫られているけど……読めん)」

『〝フルンティング〟だな。武器名だろう。言葉はなんでも構わないんだが、さっきのロングソードを思い浮かべてその武器名でも唱えてみろ』


 言われた通り、右手を前に掲げて……叫ぶ。


「フルンティング!」


 青白く光ったアームレットが、今度は剣の形に戻り、右手に収まる。

 しかも、赤錆あかさび刃毀はこぼれは消え、浮き出た刃文はまるで新品のような輝きを取り戻していた。


 口を押さえながら、俺とタクマさんの股間を交互に見比べるナーシェ。


「ふ……フルチング?」


 こいつ、わざとか?


「タ、タマさん……じゃない、タクマさん! あのイヤらしい武器、お幾らで譲ってもらえます!?」


 イヤらしいのはお前だ! 下ネタ召喚士め。


「一度タダと言った物だしそれでいいよ。というよりも、もし事実を知っていたら申告義務のあるような代物だから、下手にお金を貰うわけにもいかない」

「じゃ、じゃあ……」

「幸い今は誰もいないし、うちの事を内緒にしてもらえるなら」と、タクマさんが片目を瞑る。

「いやっほ~♪ これは私のお手柄ですねっ! 褒めてくれていいですよ蘭丸!」


 おまえ、下ネタ以外に何かしたっけ?


「これで武器もOKみたいだし、そろそろ何をするのか教えてくれよ」

「う~んとですね、ざっくり言うと、悪い奴をやっつけて私の親友を救ってほしいんですよ」

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