第二章 あなたに信じてほしいから、私はあなたを信じます。 

01.無法者

 タクマ武具店を出たあと、近くの軽食屋で遅めの昼食を済ませ、商業区の通路をさらに奥へ進む。

 武具店までは一本道だった通路もその先はいくつにも枝分かれしていた。

 一人だったら、蜘蛛の巣のような通路に絡めとられるまで五分とかからなそうだ。


「それにしても、いろいろ買ったな……」


 左上腕じょうわんを守るガントレットと、左肩のショルダーパットはわざ物らしく、特に値が張った。他にも、ベルトポーチや小型のバックパックなど、細々こまごまとした装備品アクセサリー

 ナーシェの方もいくつか買い物をしたようで、正確な金額は聞いていなかったが、持っていた銀貨の半分以上は支払っていた気がする。


「せっかくですからね、お金もありましたし、この際にと思いまして」

「それにしても、半分以上も使うなんて無駄遣いし過ぎじゃないか?」

「私が稼いだんですから、どう使おうと私の勝手です」

「いや、稼いだの俺だけど……」

「どうせ泡銭あぶくぜにじゃないですか。そういうのはさっさと何かに変えてしまった方がいいのですよ。いつも気付かないうちになくなっちゃうんです」


 おまえはガルドゥにカモられてただけじゃ?


「それにその、え~っと、フルチン……」

「フルンティングな!」

「そう、それです。お金を出せば買えるって代物でもないですからね。それだけをタダで貰ってさようなら、ってわけにもいきませんよ、人として」


 人としてとか、関係ないだろ?

 俺への接し方を見ている限り、そんな気遣いができるタイプにも見えないし、たんに大金を持って浮かれていただけにしか見えない。


 いくつかの路地を曲がってどんどん奥へ進んでいくナーシェ。

 人通りも次第にまばらになっていく。

 道行く人は皆慣れた様子だし、このあたりを歩いているのはほとんどエリアの住人なんだろう。


「ところで、武具店でも言ってた、おまえの親友の話……」

「ああ、はいはい。彼女の名前は、筆耕ひっこう芝蘭しらんライラ。孤児院で一緒に育った四つ上の先輩で、法術士です」

「法術士?」

巻物スクロールを作ったり使ったりする職のことですよ。先輩は、主に治癒系の法術を得意とするヒーラーです」


 スクロールか。

 何か特殊な術でも使うのだろうか?

 それとも、単なるまじないのようなもの?


「で、そのライラが、どうしたんだ?」

「私も詳しい事情は知らないのですが、もともとは二人で探索チームを組んだ仲だったのですよ。ところが一ヶ月ほど前、突然コンビを解消したいと言われまして」

「ついに愛想を尽かされたのか」

「ついにってなんですかっ」


 ムキーッ! と、俺の脇腹をポカスカと殴り始めるナーシェ。

 ……が、まったく痛くない。


 表情を見る限りではそこそこ本気のようだけど……。

 騙されやすくて、召喚も虫やミミズばかり、おまけに非力。

 そりゃ、コンビも解消されるよな。

 

「それで?」

「何度か説得に足を運んだんですが、先日、私が訪ねると、剣士風の男が二人、先輩の店に来ていたのですよ」

「ふむ」

「どうやら、何か弱みを握られて脅されているようでした」

「なるほど」

「詳しい内容までは聞けませんでしたが、先輩がコンビ解消なんて言い出したのはあいつらのせいだって、私、ピンときたわけです。そんな場面に出くわして、普通黙っていられませんよね?」


 まあ、とりあえず事情は確認するだろうな、普通。


「そこで私は、あなたたちが先輩を困らせてるのか――!と、殴りかかったわけです」

「いきなりっ!?」

「しかし、惜しくも私の攻撃は届かず、すぐに首根っこを掴まれて持ち上げられ、関係ない奴は口を出すな、と怒鳴られちゃいまして……」

「目に浮かぶようだな」

「それで私も、先輩と私は探索チームだから、関係はおおありだバカヤローと反論したら、そいつらも黒羊級の傭兵資格を持っていたらしく……そんな攻撃力でダンジョン探索なんて冗談だろ?と鼻で笑われたわけです」


 まあ、ダンジョン探索というのにどれほどの能力を要するのかは分からないけど、ナーシェじゃなぁ……。


「外につまみ出された私は、最後に『あなたたちを倒すことができたら話を聞いてももらいます!』と啖呵を切ってしまった次第なんですよ」

「で、俺たちを召喚した、と」

「……たち?」

「ああ、いや、何でもない」


 ん~、話を聞く限りでは、どうも売り言葉に買い言葉的なやりとりに思えるんだよな。それどころか、最後はナーシェの捨て台詞に近い。

 俺とヘリオドールがそいつらと戦って勝ったところで、ライラとやらの問題は解決するんだろうか?


「着きました。ここがライラ筆具店です」


 俺に向かって手招きしながら店先へ向かうナーシェ。そのすぐ後ろから俺も付いていく。

「先輩、いますか~?」と、入り口のドアが開けられた直後、店内から野太い男の声が聞こえてきた。


「んじゃ、ライラさん、約束は約束なんで、商品は全部差し押さえさせてもらって、残りはあんたの体で払ってもらう、ってことで……いいな?」


 店内へ入りかけたナーシェが、素早くターンをして俺の後ろに隠れる。


「ら、蘭丸! あいつらです! 私の首根っこを掴んだ上に、外につまみ出した無法者たちです!」


 見れば、大剣を背に担いだ二人の男が、カウンターの中で佇む一人の少女に向かって、ドスの利いた声で詰め寄っている最中だった。

 剣士のうちの一人が、ドアベルに気がついてこちらへ顔を向ける。


「あ~、お客さ~ん、すんませんねぇ。今日は店仕舞いなんで他を当たってくんねぇかなぁ? ついでにもう閉店廃業なんで、二度と来んなよぉ」

「あなたたち、丁度よかったですっ! 今日は私のサーヴァントを連れてきましたよ! 約束通り、勝負に勝ったらとっとと帰ってもらいますからね!」


 俺の後ろから顔を半分覗かせながら、ナーシェが啖呵を切る。


「ああん? 誰かと思えばこないだのガキか。サーヴァントだとぉ?」


 もう一人もこちらを振り返ると、二人の剣士が値踏みするように俺の全身をめ回す。

 その眼光に怖気づいたのか、完全に俺の背後に隠れるナーシェ。


「さあ蘭丸! やっちゃってくださいな!」

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