04.サーヴァントの証

「そういうことなら、早速武器屋へ向かいましょう、デカチ〇コ!」

「変な名前付けんなっ!」

「そういえば……」


 扉の前で、はたと立ち止まったケモミミがこちらを振り返ると、緑色の真ん丸い瞳で俺を見上げる。


「まだ正式に命名していませんでしたね。何か希望はあるのですか?」

「俺か? 一応、名前はラ……」


蘭丸らんまる〟と言いかけて言葉を飲み込む。

 よく覚えてはいないが、前世ではどうもこの名前で苦労した感覚が残っている。この世界であまりにも異質な名前だったら、また・・居心地が悪くなりそうだ。


 精霊名のヘリオドールをかたっておいた方が無難だろうか?

 いや、あれも便宜上付けた仮名かめいみたいなものだったし、無難路線でいくならケモミミに決めてもらうのが一番か。


「命名、ってことは……普通はお前が決めるもんなんだろ? 何か、いい名前付けてくれよ」

「そうですね、じゃあ……デカチ〇コで!」

「蘭丸だ。俺の名前は森田蘭丸っ!」


 あぶねぇ……。

 こいつ、物事を考えるのが苦手なタイプか?


「モリタランマル……なかなかのキラキラネームですね」

「蘭丸だけでいいよ。森田は苗字だから」


 みょうじ?……と、怪訝けげんそうに眉根を寄せるケモミミ。

 この世界には姓というものはないんだろうか? あるいは種族的なもの?


『皇族や貴族以外は姓を名のることは許されておらぬのだ』と、ヘリオドール。

「(でも、それじゃあ同名だらけにならないか?)」

『代わりに、各々おのおので好きな〝二つ名〟を定めているはずだ』

「(二つ名ねぇ……)」


 ランマル、ランマル、と、俺の名前をぶつぶつと繰り返して、それでも小首を傾げるケモミミ。


「ランマル……ですか。だとしてもやっぱり、人前では呼ぶのは恥ずかしいですね」


 デカチ〇コよりはいいだろ。


「蘭丸だけではちょっと寂しいですし、何か二つ名を与えましょうか?」

「ん? 勝手に付けちゃだめなのか?」

「サーヴァントの二つ名は所有者特定の一環として、使役者マスターが付けることになっているのですよ。そうですねぇ、例えば、デカ……」

「いやいい! 蘭丸だけで。……ところで、お前の名前は?」

「私はナーシェ。不思議の召喚士、ナーシェです」


 と、得意気に少し胸を逸らせるケモミミ――もとい、ナーシェ。

 不思議の召喚士、って部分が二つ名ってやつか。


 ……自分で不思議とか言うか?


 名前を確認し合ったところで隣室へ移動。

 先ほどの部屋よりは多少広いスペースの中央に、木製テーブルと椅子が四脚。こまごまと生活用品や雑貨、書物などが収められた戸棚に、奥にはキッチンらしきスペースも見える。


 天井も十分な高さがあるし、ここなら頭上に注意を払わずに済むな。

 簡素だけど、一人で暮らすための最低限の設備は整っていそうだ。


「同居人は、いないのか?」

「いませんよ。両親は、私が幼いころに亡くなりましたし、兄弟もいません」

「そっか、ごめん……。じゃあ、それからはずっと一人で?」

「いえ、十歳までは孤児院で。それ以降は、ここで、一人で、暮らして……います」


 戸棚の前で手を伸ばし、背伸びをしながら答えるナーシェ。


「これか?」

「ああ、ありがとです」


 棚の最上段から十センチ四方ほどの小箱を取って渡すと、ずっと使われていなかったのか、ナーシェがポンポンと埃を払ってその蓋をあけた。

 中から取り出したのは白銀しろがねに輝く一対のペアリング。


「これを、左手薬指に嵌めて私と握手してください」


 指輪と握手くらいは構わないだろう、と無防備に言われた通りにすると、左手の甲が赤く輝き〝Σσς〟の文様が浮かび上がる。

 ……が、それも一瞬。すぐに元の何も書かれていない状態に戻った。


「今のは?」

「サーヴァントの証です。現体召喚なら誓いの言葉も必要なのですが、精霊は使役者の体力ではなく地精力アースエナジーを使うので、これで完了みたいですね」

「みたいですね……って、もしかしておまえも初めてなのか!?」

「そ、そんなことないですよっ! 今まで召喚できたのが虫やミミズばっかりで、指輪なんて使ったことがないなんてこと、絶対ありませんのでっ!」

「…………」


 まあいいや。

 多少心許ないが、悪いやつではなさそうだ。

 どうせこの世界のことは何も分からないし、とりあえずはナーシェの言う通りにしておくしかない。

 サーヴァントだのアースエナジーだの、なんだかいろいろと謎単語も出てきたが、そのあたりはあとでヘリオドールに確認するとして。


「(俺も精霊ってわけじゃないけど、大丈夫なのか?)』

『我と同化している故、運動原理は精霊と変わらない。ただし、睡眠や食事、その他の生理現象は人間の特徴を引き継いでいるがな』


 頭の中でヘリオドールと話していると、左手薬指の指輪を嬉しそうに眺めていたナーシェが、俺の方へ目線を戻しながら右拳を突き上げる。


「よ~し! それでは、武器屋へGOです!」

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