02.アレ、やろっか?

 隣で……誰か寝てるっ!?


 慌てて、今向いている壁側とは逆に首を回すと、オイルランプ一つだけが頼りの薄暗い視界の中、こんもりと盛り上がった毛布がゆっくり上下しているのが見えた。

 間違いなく、同じ毛布の中で誰かが横になっている。


 誰だこいつ!?

 まさか、タクマさん?

 いやいやいや! そんなはずがない。


 頭からすっぽり毛布を被っているので顔は見えないが、タクマさんの家なのだからわざわざここで寝なくても彼の自室があるだろう。

 薔薇っ子であることも考えられなくはないが、百八十センチ近くはありそうなタクマさんから比べると、毛布の中身はもっとずっと小柄に見える。


 じゃあ誰だ?


 そっと毛布を捲ってみると、中の人物はこちらに背を向けて、縦長の抱き枕にぎゅっと抱きつくように寝ている。

 シーツの上で乱れたアッシュグレーのロングストレートに見覚えはないが……女性だ。


 この髪の色……ナーシェやライラでもない。

 よく考えれば、俺の治療が終わったのを見届けてライラはそのまま引き取ると言い、ナーシェもライラの家に泊まると言って一緒に出ていったのだ。


 ってことは、消去法で……ニコラ!?


 ゆっくりと上体を起こして女性の横顔を覗き込む。


「誰だこいつ!?」


 知らない顔だった。

 ……が、そりゃそうか。俺が寝るまでニコラは覆面を取っていなかった。

 つまり、俺はまだニコラの素顔を知らない。

 ということは、こいつがニコラである可能性もあるということだ。いや、むしろ、それ以外の可能性が思いつかない。


 俺のことを〝坊や〟なんて呼ぶ口調からずっと年上――少なくとも二十代後半はいっているだろうと想像していたのだが……。


 目の前の、いかにも張りのありそうな頬は二十代前半か……いや、十代と言っても通りそうな瑞々しさに溢れている。

 俺が覗き込むと同時に、ムニャムニャと動きだした形のよい唇も、童女のようにあどけない。


 キリッと上がった眉尻だけが辛うじて、決闘中に見せた果断かだんな性格を物語っているが、丸みを帯びた鼻梁びりょうや、ランプの明かりをキラキラと弾く柔らかそうな花瞼かけんには、むしろ小鳩のような愛くるしささえ漂う。


 これがあの、おっかない覆面アーチャーか!?

 抱いていたイメージとのギャップに戸惑っていると――。


「ん……んん……」


 こちらへ寝返りを打ちながら、薄目を開けた女と目が合う。


 この目……間違いない。

 やっぱりニコラだ!


「ああ、精霊の坊や……起きたのかい?」

「坊やって……た、大して変わらないだろ、歳は」

「そう? 見たところ十六、七って設定だろう? 私はこう見えても十八だぞ」


 やっぱ変わんねぇじゃん!

 というか、設定ってなんだよ?


「念のため訊くけど、ニコラ……で、間違いないよな?」

「ああそっか、素顔を見せるのは初めてか。ニコラでも、ニコラ先輩でも、おねーたんでも、どれでも好きなように呼んでいいぞ」

「いいよニコラで……」


 確かに、この部屋で傷の手当をし、包帯を巻いてくれたのもニコラだった。

 しかし、彼女も他に宿を取っていると言っていた記憶があるんだが……。


「なんでおまえがここで寝てるんだ?……っていうか、なんか、酒臭くない?」

「はあ? 違う違う! お風呂をもらった後にシェリー酒を勧められてな。瓶を一本だけ空けたら、帰るのがちょっと面倒になっただけだ」


 別に、何も違ってないけど。


「いや、帰らなかった理由はさておいて、なんでベッドに入ってきてるんだ、って話で……」

「そりゃあ、ソファよりベッドの方が寝心地がいいからね」

「なるほど……」


 確かに、ナーシェの家のベッドとは違って柔らかいし、大人二人でも十分に並んで寝られそうな広さはある。……が、俺はその説明に納得していいのか?


「この世界では、男女が同じベッドで寝るのは普通のこと?」

「ん? そんなことするのは、娼館でもなければ、あとは恋人か夫婦くらいだろ」

「……だよなあ」


 首を捻る俺を、毛布から顔だけ出して、ニコラも不思議そうに見つめる。


「ああ……もしかして精霊くん、自分も男なのに、って思ってるのか?」

「思うもなにも、どうみても男だろ!」

「精霊に男も女もないだろ。見た目が男性という設定なだけで、精霊は精霊だ」

「そういう……もんなのか?」


 そういうもんだろう、と呟いたかと思うと、ベッドの上で突然上半身を起こし、くるまっていた毛布をはだけるニコラ。その下は――……。


 現れたのは、ショーツだけを身つけた、いわゆる下着姿の美少女。

 ブラジャーさえ着けていないので、わずかな膨らみだけを示す童女のような平たい胸と、その先の蕾までがランプの明かりの中で薄ぼんやりと浮かび上がる。

 戦闘職らしく引き締まった、贅肉の少ないスレンダーな曲線は、コケティッシュな魅力に満ちていた。


「お、おいっ! な、なにして……ってか、裸っ!」

「ん? ああ、ここへ寝かせる時におまえの服を脱がせたのは私だ。大丈夫、精霊くんの裸くらい、私はなんとも思わん」

「い、いや、俺じゃなくて、おまえだよっ!」


 そんな俺の言葉を遮るように、ガバッと体を翻したニコラが俺を仰向けに押し倒し、上から四つん這いの状態で覆い被さってくる。

 

 ――ッ!!

 な、なんだなんだ?


「精霊くん……アレ、やろっか?」と、目の前で怪しく微笑むニコラ。

「アレ? や、やる、って、なにを?」

「セックスに決まっているだろ」

「いつ決まったんだよ!」


 な、なんなんだ、この据え膳女は!?

 今、いったい、どういう状況におかれてるんだ??


 突然訪れた、桃色展開に混乱している間にも、ニコラが片手でショーツを脱ぎ捨てて一糸纏わぬ裸体へと変わる。

 俺の両足の間に捻じ込まれた、ニコラの引き締まった太ももにグリグリと下腹部を刺激され、さすがに俺も健全な反応を抑えることができない。


「おお……精霊くんでも、女性の裸に反応はしてくれるんだな」


 いやもう、女性の裸とかそういう段階じゃないだろ!


「(どうすりゃいいんだよ、ヘリオドール!)」

『好きにすれば?』

「(い……いつになく投げやりだな、おい)」

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