03.据え膳食わぬは女の恥
「(どうすりゃいいんだよ、ヘリオドール!)」
『好きにすれば?』
「(い……いつになく投げやりだな、おい)」
い、いいのか? ほんとに、好きにしても!?
「な、なんでまた、突然、俺とその……そういうことをしようと思ったんだ?」
「突然じゃない。実は、精霊くんが精霊召喚されたサーヴァントだと聞いたときから狙っていたんだ」
「いや、疑問なのはそこじゃなくて……」
「一応は貴族の家柄でな。特に女性は、爵位のない一般市民と気軽に通じてはならないという不文律があるのだ。もっともそんなもの、裏で破ってる連中も多いがな」
「じゃあ、貴族同士で付き合ってれば?」
「まあそうなんだが……家宝の法具を扱う〝メルティアの射手〟として選ばれた私に、社交界で恋をする暇などなかったのだ」
「まだ十八だろ? 好きな奴が現れるまでゆっくり待ってりゃいいじゃん」
俺に覆い被さりながら、ニコラは肩口から零れ落ちたグレーのロングヘアを掻きあげて、ククッと含み笑いを漏らす。
「精霊みたいに悠久の時を生きているわけじゃないんだ。十八だぞ? 十八でヴァージンなんて、あり得ないだろ?」
「そ、そうかな? 男にとってはむしろ、嬉しいと思うんだけど……」
「そんなやつは稀だ。しかも、ゴツゴツと筋肉が付いているうえに、この貧相な胸では、たまに社交場で着飾ったって誰も相手にしてくれないしな」
「いや、すごく魅力的だと思うよ?」
「それは、精霊くんが坊やだからさ」
フンと自嘲気味に鼻を鳴らして、さらにニコラが続ける。
「十二、三の生娘ならまだしも、十八にもなって経験がないのでは誰も相手にしてくれん。最近は親にまで『とりあえず男娼でも』なんて勧められる始末でな」
「とんでもない親だな……」
「しかし私も、好きでもない男と
それは分かるけど……でも、だからって何で俺?
「で、精霊くんを見て『これだっ!』って思ったわけさ」
「どれだよっ!」
「とりあえず怪我の治療を名目に付いてきたら、あれよあれよと二人きりの状況になれたし、もうこれは、据え膳食わぬは女の恥だと思ってな」
俺が据え膳だったのか……。
「精霊ならそれくらいの怪我、数時間で治るだろうと待ってたのさ」
「ちょ、ちょっと待て!」
ベッドの上で、体を密着させてくるニコラを慌てて押しやる。
「ってことは、あれか? 男性経験は済ませたいけれど好きでもない男と寝るのは嫌だから、精霊の俺ならまぁいっか……と、そういうことか?」
「まあ、そういうこと……だね……んんっ、ふうぅ……」
再び体を密着させてきたニコラが、俺の首筋に、熱い吐息を纏った唇を這わせながら熱っぽく答える。
ほんとにこいつ、ヴァージンかよ!?
俺は……前世ではどうだったんだろ? 経験済みなのか?
少なくとも記憶にはないが……。
薄明かりの中、ベッドの上で二人の影が重なった。
三十分後――。
「おい……」と、毛布に包まりながら、背を向けているニコラの肩を叩く。
「触るな」
触るなって言われても、これじゃなあ……。
「わ、
「駄目だ。けが人をソファに寝かせて、私がベッドに寝てるわけにはいかないだろ」
「んじゃ、ニコラが行けよ」
「いやだ。ベッドの方が寝心地がいい」
「そりゃそうだけど……そんな怒ったまま寝られても、お互い気まずいだろ?」
いくら広めのベッドだと言っても、ダブルやセミダブルというわけではない。
シングルよりは気持ち広いくらいの大きさだし、毛布も一枚しかないので、二人で枕を交わせば、どうしたって体が触れたりすることもある。
「別に、怒ってないから!」
「怒ってんじゃん」
「怒ってない! ただ……」
そう、もう少しで一線を越えるぞ、というギリギリのところで〝俺が精霊ではない〟という事実をニコラに伝えたのだ。
俺の鋼鉄の理性の成せる業!と言いたいところだが、それだけじゃない。
あのまま精霊のふりをして快楽に身を任せても、あとで事実が判明したらどんな不利益を
曲がりなりにも相手は貴族の家柄だ。
精霊でなくてもサーヴァントである立場は変わらないし、使役者のナーシェにまで塁が及ぶのは絶対に避けなければならないと、反射的に真実を口にしていた。
「ただ? なんだ?」
「ただ……精霊くんが精霊じゃなかったと知って、急に恥ずかしくなっただけだ」
そう言って、キュッと背中を丸めるように毛布を引っ張るニコラ。
俺自身は何も変わってないのに、精霊か精霊じゃないかでこんなにも態度が変わるものかね?
この世界の精霊に対する概念がまだ、いまいちピンとこない。
「一つ、聞いてもいいか?」と、少しの沈黙のあと、ニコラが口を開く。
「ん?」
「さっき言ったことは本当か?」
「どれのことだよ?」
「その……私の体が、魅力的だとかなんとかっていうあれ……」
「ああ、うん。それは本当だ。なんていうか、すごく、色っぽかった」
「そ、そっか……」
その瞬間、ふっ、とニコラの背中から緊張が抜けたような気がした。
「ただ、やっぱりさ、明日の朝、この状態を誰かに見られたら不味いと思うんだよね」と、もう一度ニコラに確認してみる。
「ああ、大丈夫だ。どこで何時に寝ようが、必ず朝六時に目覚めるように体内時計を鍛えてある。戦闘職の基本だ。皆が来る前に起きるさ」
「そっか、わかった……」
ニコラの説明を聞いて安心したのか、また急に眠気が襲ってきた。
転生初日から、ほんといろいろあるな……。
「……丸! ……くださいっ!」
な、なんだ……誰かが俺の名を……。
「エロ丸っ! これはどういう状態なんですかっ?」
ハッと瞼を押し上げると、プクッと両頬を膨らませた
同時に、なにか圧迫感を覚えて身体を確認すると、抱き枕代わりにでもされたのか、裸のニコラの腕と脚がガッチリ俺に絡みついていた。
「なんだこりゃっ!?」
「それはこっちのセリフですよ、エロ丸!」
「い、いや、っていうか、なんでおまえ、こんな夜中に……」
「なに言ってるんですか! もう朝の八時ですよっ!」
「ええっ!? ……お、おい、ニコラ! 起きろ!」
体内時計、どこいった!?
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