第三章 一攫千金プロジェクト、開始です。

01.騎士道精神

 ズキン、という額の鈍痛に、思わず眉根が寄る。

 薄っすらとまぶたを上げると視線の先には、ナーシェの住処すみかで見た景色とは別の、白い板貼りの天井。

 そっか、昨日はあのあと、結局タクマさんの家で寝ちまったのか……。


 毛布から手を出して額に触ると、指先から伝わってきたのは包帯の手触り。丁度痛みのある部分はガーゼで分厚く盛り上がっている。

 特に乱れてはいないし、寝てる間にタクマさんが巻き直してくれたんだろうか?


 二度寝をしようと、再び目を閉じる。

 ……が、少しずつ回り始めた頭が、寝る前までのことを、ゆっくりと瞼の裏に映しだしていった。


               ◇


「頭がさっきからズキズキするんだけど……これって治せるのか!?」

「治せますよ。ね、ライラ?」


 決闘直後の草原エリア。

 ナーシェの視線に頷きで答えると、ライラがバックパックから一本の巻物スクロールを取り出しながら近づいてくる。


「(ほんとに治せるのか……凄いな、スクロールって)」

『この世界の生物はすべて、アストラル界という高次元に活動記録を残しながら生きている。治癒系のスクロールはその生命記録バイタルメモリーにアクセスして肉体を過去の状態に復元する法術だ』

「(ほえぇ~……)」


 因みに法術というのは、スクロールを使う術の総称らしい。


『その代わり、術者が痛みを追体験する副作用があるがな』

「(……え?)」

『お前のその傷を治すと同時に、あのライラとかいう娘は、その間にお前が受けた痛みを全て味わうことになる。それがキュアスクロールの代償だ』


 ではいきますよ……と、傍らにひざまずいたライラを、俺は慌てて制止する。


「ちょ、ちょっと待って! これを治すと、ライラも俺の体験したような痛みを感じるって、本当か?」

「ええ……というか、そんなことも?」


 知らないの?とでも言うように、怪訝そうに小首を傾げるライラ。


「い、いや……やっぱ治療はいいや。思いっきり殴られたからな。あんなの味わったら、ライラ、気絶するぞ……」

「心配要らないわ。ヒーラーはそういう痛みに耐えられるように、精神的な訓練をしているから」

「そうなのか? いや、でも、やっぱり……」


 この世界ではこれが普通なのか? まあ、普通なんだろうな。

 ただ、自分の怪我を治すために同等の痛みを女の子に味あわせるというのは、どうにも気が引けてならない。

 感覚に慣れるまで、少し心の整理が必要になりそうだ。


「とりあえず……スクロールは、大丈夫だ……」


 再度の俺の拒否に、今度はナーシェが渋面じゅうめんを見せる。


「なに遠慮してるんですか蘭丸。まだ血が、だらっだら流れてるじゃないですか」

「いいんだよ。これくらいの傷、ツバでもつけておけば治る」

「おおっ! そんな方法で……さすが精霊ですね!」


 そう言って、俺の額にペッ、ペッ、と唾を吐きかけるナーシェ。


「きっ、きたなっ! な、なにやってんだおまっ……!」 

「何って……。今、唾で治るって……」

「ばかっ! そんなの、物の例えだ! 百歩譲っても自分の唾だろ普通!」


 ったくなんてやつだ。思いっきり目に入ったぞ?

 せめて、ちょっとは躊躇ちゅうちょしろよな……。


 顔に飛び散ったナーシェの唾を拭っていると、不意に覆面の下からニコラの含み笑いが聞こえてきた。


「くっくっくっくっ。お前たち、面白いね」

「なんにも面白くねえよ!」

「女の子に痛みを味あわせるのが忍びないなんて、今どき珍しい騎士道精神じゃないか」

「こっちに来たばっかりで、まだいろいろと慣れていないんだよ、文化というか、習慣に……」

「来たばかり? 他国の人間か? 他国だろうが法術はあるだろう?」

「蘭丸は、私が精霊召喚したサーヴァントなんですよ」


 俺の代わりに答えたナーシェの顔を見下ろしながら、さらに俺の左手指輪に視線を留めて、ほう……と、驚いたように呟くニコラ。

 一瞬、彼女の目の奥に怪しい光が過ぎった気がしたのは……人工の空に瞬き始めた星屑のせいだろうか。


「ちょっと見せてみな」


 傍らにひざまずいた彼女が俺の患部を覗き込みながら、


「確かに、切れ方は派手だが傷はそれほど深くはなさそうだな。精霊なら地精力アースエナジーも使えるだろうし、完治までそう時間はかからないだろう」


 本当は精霊ではないんだけど……。


「え~っと……ニコラ?さんも、何か治癒系のスキルを?」

「ニコラでいいよ。法術は専門外だけど、治療的な知識は多少はな……まあ、それだけ話せるなら大丈夫だろう。誰か、治療キットの揃っている家はないか?」


 ライラが首を左右に振る。


「多少は揃ってるけど……大したものはないし、それに怪我人を連れて行くには遠いわ」


 続いて、ナーシェも、


「うちにもそんなものないですよ。でも、一箇所、置いてある所は知ってます」

「そこは、近いのか?」という俺の問いに、

「教えません」

「お……教えないなら言うなよ!」


 まったく、しょうがないですねえ、と溜め息を吐きながらナーシェが続ける。


「タクマさんのお店ですよ。あまり迷惑はかけたくないのですが」

「では、一旦そこに運ぼう」と、ニコラ。

「もし料金が必要なら私が払うよ。怪我をさせたのは私だし、手加減をしてもらった借りもあるしな」


 商業区に着くころには第五グランドパークもすっかり宵闇に包まれ、満天の星が俺たちを見下ろしていた。


 武具店の扉を叩き、出てきたタクマさんに事情を話すと、治療で奥の部屋を使うことを快諾してくれた。

 自宅兼店舗という造りらしく、店の奥にさらに数部屋を備えた、なかなか立派な造りだった。


 痛み止めだといって渡された薬を飲んだところまでは覚えているのだが、そのあと、いつの間にか眠ってしまったらしい。


 そして、現在――。


 今、何時なんだろう?

 部屋に時計もないから、まったく分からないな。


 ダンジョン内の、穴蔵あなぐらのような住居では昼か夜かの判断も難しいが、眠ってしまった時間を考えると、恐らくまだ深夜だろう。

 状況も気になるが、とりあえずもう少し休ませてもらうか。


 そう思って寝返りを打ちながら毛布を引っ張ると――

 まるで反作用のように毛布が引っ張り返され、ようやく気がついた。


 隣で……誰か寝てるっ!?

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