02.精霊召喚

 ここは……どこだ?


 眩しさに目をしばたたかせながら、首から上だけを恐る恐る上下左右に動かす。

 寝かされているのは、俺の身長には寸足らずの硬い寝具。

 膝を曲げてベッドの外に飛び出していた足首を引っ込め、ずれた毛布を掛け直す。


 周囲は、褐色の積み石で組まれた石壁。

 黒ずんで木目も見えない天井板は、立てば頭を打つけそうなほどの低さだ。

 二つほど備え付けられたランプが部屋の中を照らしている。


 広さは、六畳くらいかな?

 まるで、ファンタジーRPGにでも出てくるダンジョンの一部屋のようだ。


 ……ん? 六畳? ファンタジーRPG?

 なんだそれ?


 瞬間、和室に置かれたテレビモニターと、そこに映ったゲーム画面がフラッシュバックする。


 な、なんだ、今の映像は!?


『前世の記憶の一部だな』

「うわっ! びっくりしたっ!」


 誰もいないと思っていた部屋で突然男の声が響く。

 毛布にくるまりながら首をキョロキョロと動かしたが……やはり、誰もいない。


 今の声……でも、聞いたことがあるぞ……。

 直接頭の中に語りかけられるようなこの感じ、そう――


「なんとかドールか!」


 前世の記憶はまだ虫食い状態だが、霊界でこの声の主と話したことだけはしっかりと記憶に残っている。


『ヘリオドールだ。われとは、直接話さずとも意思疎通はできる』

「(おまえ、見守るだけって言ってなかったか?)」

『見守るとは言ったが、話をしないとは言ってない』

「(話、できるのかよ。それなら、俺の前世についてちょっとくらい教えてくれてもいいだろ)」

『それはおまえ自身が思い出さなければ意味がない。もし思い出せないようであれば、おまえの成すべきことにとって、そこまで重要ではないということだ』


 一番最初に思い出したのがあのゲーム画面なんだが、それは?


「(あれって、そんなに重要なのか?)」

『難しく考えるな。人生での重要度とシナプスの強さは比例しない。死後、昇華するに相応しい魂だと判断されなければ、輪廻を繰り返すだけの話……』

「(……っていうかさ)」


 掛かっている毛布を持ち上げ、自分の体を確かめる。

 感触で気づいてはいたが……裸だ。

 いくら記憶がなくても、前世を裸で過ごしていたわけじゃないことくらいは感覚的に分かる。


「(俺って……歳、いくつなんだ?)」


 確認したいことは山ほどあるが、質問の優先順位を決めるだけで小一時間かかりそうだし、とりあえず思いついたことを片っ端から訊いていこう。

 体つきを見る限り十代後半くらいに見えるが、正確な年齢が思い出せない。


『前世のことは教えられない』

「(いいだろそれくらい。あとで鏡でも見れば大体の予想はつくんだし、年齢は前世のことだけってわけでもないじゃん)」


 少し間の空いたあと、ヘリオドールが答える。


『……十六だ。ここまで答えるなど、大盤振る舞いもいいところだぞ』

「(へいへい、感謝感謝。あと、今の俺って、どういう状況?)」

『我の話、ちゃんと聞いていたか?』

「(聞いてるよ。いいだろ、状況くらい教えてくれても)」

『……端的に言えば、精霊召喚された状態だな』

「(せいれいしょうかん?)」


 そういえば最初に話したとき〝現世からの声に耳を傾け、顕現する〟とか言ってたな。それのこと?

 でも、だとしたら――


「(なんでわざわざ俺の体に入ったんだ? おまえ一人で顕現とやらをすればよかったんじゃないのか?)」

『今回召喚を行った術者は非常に未熟のようでな。願望の力だけは大きいが、形代の造詣がまったく出来ていなかったのだ』


 かたしろ?


『簡単に言えば、召喚を成功させるには、精霊の能力と姿をうまくイメージすることが不可欠なのだが、願望の部分ばかりが肥大化して、我の姿形をまったくイメージできていなかったということだ』

「(つまり、あれか……意識だけは覚醒したけど、体がなかったから、たまたま流れてきた俺の体に乗り移った、と……)」

『まあ、雑に言えば、そんなところだ』

「悪かったな、雑で!」


 思わず大きな声を上げてしまった。


 前兆だなんだと散々ご高説をのたまってたわりには、結局〝たまたま〟じゃねぇか。雑はどっちだ。


 そのとき。


「あれあれ? 起きたのですか?」


 女の子の声と共に、ガチャリと部屋のドアが開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る