11.おまえは確実に負ける

 完全に振り切ったと思ったのに……あそこから攻撃が届いたのか!?


「ああ、惜しかったですね。両手持ちツヴァイハンダーならこれで勝負は決まっていたところですが……このサイズなら右手だけでも続けられますね」


 そう言って、元の立ち位置に戻ったビクトールが意地悪そうに口元を歪める。完全に、相手が下だと判断した顔だ。

 しかし……悔しいが、剣技に関しては奴に圧倒されているのも事実。


 これじゃ話にならない!


「(やっぱダメだ、ヘリオ! なんとかしろ!)」

『諦めが早い。この程度の相手で我に頼りきっているようでは話にならん』

「(説教はあとでいくらでも聞く! とにかく今は絶対負けられないんだよ!)」

『お前は外からの情報に頼りすぎだ』


 タンッ、と床を蹴る音。

 再びビクトールが距離を詰める……と同時に、彼の左膝元から俺の右脇腹にかけて、一筋の赤い光が煌く。


 ――!? これはっ!?


 ダンジョンの壁をり貫いて造られた、洞窟のような構造のギルドホールに〝カ――ンッ〟と乾いた音が反響した。

 自然と体が動き、俺の模擬刀がビクトールの左切り上げを受け止める。

 さらになして、現れた青い水平の光跡を無我夢中でトレースした。


 直後、バックステップを選んで跳び退すさるビクトール。

 俺の右薙ぎを間一髪でかわす。


「ほ――ぉ……、やれば出来るじゃないですか。今の動きはなかなかでしたよ。思わず決定打をもらうところでした」


 相変わらず、笑みを溢したままそううそぶくロリコン剣士。


 今の光跡……昨日と同じ……?


『赤い光跡は奴の攻撃、青い光跡はお前の取るべき最適解』

「(そう、それそれ! 今のだよ今の!)」

『我が五感に干渉するのは、今ので最後だ』

「(な、なんでだよ! ケチんぼ!)」

『ケチで言ってるのではない。奴を見ろ』


 模擬刀を下段に構えて、真っ直ぐ俺を見据えるビクトール。

 先ほどの攻撃が受け止められたことでやや慎重になっているのだろうか。

 しかし、焦りは感じられない。


『昨日は近接戦を想定していなかったニコラの意識の間隙を突いて決定打を入れることができた。だが、今日の相手は最初から剣戟を想定して立ち合っている』

「(……つまり?)」

『我の視認情報を後追いしているだけではどうしても対応がコンマ一秒遅れる。あのクラスが相手ではそれが命取り……このままでは、おまえは確実に負ける』


 確かにビクトールも、口とは裏腹に余裕の表情は崩していない。

 それが決して強がりでないことも分かる。


「(じゃあ、いったい、どうすれば……)」

『目を瞑れ』

「(はあ? そんなこと今できるわけ――)」

『お前には間違いなく、人並み以上の集中力が備わっている。前世のお前をも見通している我だからこそ分かることだ。余計な情報を遮断しろ』

「(視覚が余計な情報のわけないだろ! 見えなきゃ攻撃を当てるどころか、避けることすら出来ねえじゃん!)」

『ごちゃごちゃ煩いな。どうせこのままではジリ貧だろう? 我に従い曙光しょこうを見出すか、このまま負けてナーシェを奴に進呈するか……選べ』

「(選べ、っておい! せめてもうちょっと詳しく説明を……)」

『…………』


 くっそ!

 ……こうなったら一か八かだ。

 ヤバそうならまたすぐ開けるからな! それでいいな!?


 誰に言っているのかも分からないセリフを心中で呟きながらそっと目を閉じる。


 ――はい真っ暗!

 そりゃそうだ。当然そうなるわ!


 ただ……なんだろう? どこか懐かしい感覚。

 昔、こうやって目を閉じて集中力を高める場面がしばしばあった気がする。

 これは……前世の記憶?


 無意識のうちに胸元まで上げた左手で、シャツをぎゅっと握る。


「なんですかそれは? 今さら、神に祈りでも捧げているのですか?」


 ビクトールの嘲笑も、なんとなく遠く感じる。

 地面から、暖かい何かが体の中へ染み入ってくるような感覚。

 同時に、まぶたの裏にぼんやりと浮かび上がる青白い影。


 あれは……ビクトール?


 影が動く。

 刹那、瞼を開いて俺も刮目する。

 下段の構えのまま、こちらへ突進してくるビクトールの姿。


 だが――。


 動きが、遅い!?

 止まって見える……という程ではないが、先ほどまでの目にも止まらぬ縮地と比べれば明らかに遅い。


 この速度なら――。


 先ほどと同じ左切り上げを、上体を反らしてギリギリでかわす。

 間髪入れず、刃先を返して袈裟斬りへ繋げるビクトール。だが――


 相手の模擬刀がスピードに乗る直前、俺もしのぎで素早くそれを跳ね上げ、逆袈裟で切り返す。


「なにっ!?」


 目を見開き、再度バックステップで俺の攻撃をかわすビクトール。

 奴のシャツを掠めた俺の切っ先が、床上十センチでピタリと止まった。


 ビクトールの表情に浮かぶ、先ほどまでは見られなかった狼狽の色。


 速度が遅く見えただけじゃない。

 相手のやろうとしていることも、そして、俺のとるべき動きも織り込んで、体が自然と反応したような感覚。


 本能で分かる。

 あたかも、研鑽けんさんを積んだ剣士にかれたような動き。


 な……なんか分からないが……いける!

 これなら、いけるぞ!


「ナーシェ……」


 ビクトールから視線を切らずに、すぐ後ろで立ち合いを見守っているナーシェに声をかける。


「なんですか?」

「念のため確認しておくが、本当にあいつ、倒してもいいんだな?」

「あたりまえじゃないですか。何ですか今さら?」

「いや……あんな賭けを受けるくらいだから、もしかするとおまえもあの男に気があって、負けたら負けたでいっか、くらいに思ってるのかも、とか――」


 突然、後ろからナーシェにひかがみ(※膝の裏)を蹴られ、体のバランスが崩れる。

 いわゆる、膝カックンってやつだ。


いった! 何すんだ急に!」

「うっさいバカ丸! そんなトンチキな勘違いでモタモタやってたんですか? 私は蘭丸を信じるって言いましたよね? 負けるかも知れないなんて思いながら蘭丸に賭けたりしませんよ! さっさと倒してギルド登録料ゲットしてください!」

「へいへい……」

「登録料ゲットしてください!」


 ……なぜ、二度言う?


 模擬刀を正眼に構え、ビクトールを見据える。

 さっきの感覚もまだ残っている。

 今なら……勝てる!


 その時。


 つ――っと頬を伝う生温かい感覚。

 なんだ?

 そっと左手で拭って指先を見る。


 ――血!?

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