08.魂の記憶

「で? この金を拾って、のこのこ戻ってきたってわけか」

「へ……へえ、すんません……」


 ソファに腰を沈めたまま問いかけるガルドゥに、立ったまま小心翼々しょうしんよくよく(※気が小さく臆病なさま)のていうなずく二人の男たち。

 一時間ほど前、グリーンタウンの路地裏でリスタをなぶっていた剣士たちだ。


「そうか。とりあえず、お疲れさん。……まあ、座れや」

「は、はあ……」


 ガルドゥが、応接テーブルを挟んで向かいのソファを指し示すと、剣士たちも恐縮しながら腰を下ろす。と、次の瞬間。


「何やってんだ手前テメーらっ!」


 ガルドゥが蹴り飛ばした応接テーブルのふちが、二人の剣士のすねを直撃した。

 うぐっ……と短いうめきを噛み殺して顔をしかめる男たち。


「目的は借金の回収じゃなく、背負わせることだって言っただろうがっ!」

「す、すんません……ま、まさかあの小娘のために、肩代わりするやつが、出てくるなんて、思ってもいなかったもんで……」


 恐る恐るテーブルの位置を元に戻しながら、もう一人の男も口を挟む。


「でも旦那、それなら最初から金の話なんてせずに娼館に引っ張り込めば良かったんじゃ……」

「馬鹿かおまえ?」


 ガルドゥが片眉を跳ね上げて男をにらみ付ける。


「街娼行為ってだけじゃ条例違反で警団の管轄だろうが。最近はギルドのチェックも厳しいし、形だけでもそれなりの手順は踏んどかねえとあとで面倒なんだよ。だいたいなんで、三十万なんて時化しけた金額にしやがった?」

「客一人取ったくらいじゃ、それぐらいが限界で……」

「それこそでっち上げるんだよバカヤロー! そこまで指示しなきゃ分かんねえのか、この能無しがっ!」


 剣士の一人が、床に落ちた灰皿を拾ってテーブルに載せるのを見て、ガルドゥが煙草に火を点ける。


「んで……黒羊級の剣士が二人も揃って、ガキ共にいいようにあしらわれたわけか?」

「す、すんません。召喚士のガキだけならともかく、まさかあの、銀狼級の女まで一緒だなんて……」

「その召喚士の名前、もう一度聞いていいですかい?」


 口を挟んだのは、それまで部屋の隅で黙って話を聞いていた一人の男。

 ふ――……、っと煙草の煙を吐き出しながらガルドゥが振り返る。


「ジュダか……どうした?」


 ジュダと呼ばれた男が、壁に預けていた背をゆっくりと離し、ガルドゥたちの方へ近づいていく。


 痩せてはいるが、胸の前で組んだ二の腕には鋼のような筋肉が浮き出ており、相当鍛えられているのが分かる。

 トラベラーズハットを目深まぶかに被っているため目元は見えないが、いびつ口端こうたんからはどことなく底意地の悪さが伝わってくるようだ。


 首の後ろで一つに束ねられた、背にかかるほどの長髪はすべて白髪。ただ、肌艶や声色から察するに、歳はまだ四十前後だろう。


 ガルドゥが身辺警護のためにギルドで雇い入れた銀狼級の傭兵だ。


「実は今日、裏ルートで一つ珍しい情報が入りましてね。眉唾だと思って半分聞き流していたんですが、どうも引っかかったもんで」

「ふぅん? ……お笑い召喚士のナーシェってやつだ。第五エリアに住んでる獣人の子供ガキだが……それがどうかしたのか?」

「第五エリア……獣人……子供……第五エリア……」


 ジュダと呼ばれた男が、ガルドゥの言葉をぶつぶつと繰り返す。

 少しの間、口に手を当てて考え込んだあと――、


「まだはっきりとは分かりませんが……もしかするとその小娘以上の儲け話にありつけるかもしれませんぜ」と、ガルドゥに告げるジュダ。

「ああん? なんだもったいぶって?」

「もうちょい探りを入れてみますんで、もう少し待っててください」


 そう言うと、ジュダはさらに口端こうたんみにくく歪ませた。


               ◇


「だあ――――っ!」


 ライラの部屋に敷いた毛布の上にリスタの体を下ろすと、近くにあった椅子に体を投げ出しながら、思わず大きな声を漏らしてしまった。


「大げさですね。いかにも〝大仕事しました〟みたいな」

「大仕事だったんだよ! いくら軽くても人一人担いで長い距離歩くってのは大仕事なの! おまえは〝ねぎらう〟って言葉を知らないのか?」

「聞いたことはあります」


 ――こいつ……。


 向かいの椅子に腰掛けると、テーブルに両肘を着いて頬杖を付きながら、不満の感情を目顔めがおで伝えてくる。


「ビクトールにも負け、ビンゴも失敗、おまけに私への注意喚起をおこたって金貨も盗まれる。今日は良いとこ無しじゃないですか。それくらいの埋め合わせは当然ですよ」

「よぉく考えてみ? どれ一つとして俺のせいじゃないだろ?」

「少なくともビンゴに関しては私が続けてたら三枚ゲットできてたはずですから、差額十万ラドルは貸しですよ」

「…………」


 こいつと、見てる世界がどこか違うんだろうな、俺は。


 それにしても、俺にとって収穫だったのは金貨よりも記憶だ。サッカーは、俺の前世の生活でもかなり大きなウェートを占めていたように思う。

 幼い頃からの記憶もあるし、サッカーを取っ掛かりに様々な記憶を辿たどっていけるんじゃないだろうか?


 ただ、気になることもある。


「(なんでサッカー部の連中の顔、全員もやがかかったようになってるんだ?)」

『今はまだ、サッカーの事だけを思い出したから……ということだろう』

「(人の記憶って、そんなに綺麗に仕切れるもんか? ついでにいろいろ思い出せてもいいんじゃない?)」

『今のアムネジアは転生にともなうもので、普通の記憶喪失とは違うからな。脳ではなく、魂の記憶の方が重要なのだ』

「(なんかごまかされてる気がするけど……なんとなく、サッカーを始めた理由が俺にとってすごく重要な気がするんだよな。ヘリオドール、なんか知らない?)」

『知らん。知っていても答えられん』


 チッ、引っかからなかったか。たまには口を滑らせてもいいのに……。


『おまえのそういう企みもすべて筒抜けだからな。われあざむこうと思っても意味がないぞ』

「(はいはい。そうですね)」


 部屋のドアが開き、人数分のカップとティーポットを持って入ってきたのはライラだ。テーブルにトレイを載せてから、横たわるリスタに近づいて様子をうかがう。


「それで……どうしたの、その子?」

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