02.ヘルベガス

「もちろん、そのつもりですよ? もう参加券も買っちゃいましたし」

「準備よすぎるだろ! いつのまに――」

「ギルドホールに入る前ですよ。早くしないとプレミアムチケットが売り切れちゃいますから」


 そういえばナーシェ、ギルドに入る前に少しの間だけ姿を消してた時間があったけど……あのとき買いに行ってたのか!


 ――ん?


「ぷれみあむちけっと?」

「他のウィナーが出ても、今日一日はキャリーオーバーの上乗せ分がゲットできるという特別な参加券ですよ。それがなかったら大損です」


 ウィナーになってから言え。


 食事を済ませて軽食屋バールを出ると、再びギルドホールへ。

 しかし、今度はホールには入らずに素通りして、モール状の通路出口まで歩く。

 外へ出た途端、照りつける人工太陽の陽射し。


「第三グランドパーク……通称、グリーンタウンですよ!」


 一瞬すがめた目を元に戻すと、前を歩いていたナーシェが振り返り、ガイドでもするかのように右掌で前方を指し示していた。

 すっかり何も知らない転生者扱いだが、事実だし、まあ、助かる。


 足元は……芝生か?


 昨日、五園際が行われていた第五グランドパークと同じような広大な敷地を、恐らくこの芝生が隙間なく覆っているのだろう。


 そして第五パークとの何よりの違いは……目の前に広がる建物群だ。グリーンタウンの名が示す通り、緑屋根の建築物がエリア内にびっしりとひしめき合っている。

 おそらく、殆どが木造だろう。

 どんな施設なのか一軒一軒は詳しく見ていかなければ分からないが、パッと目に付くだけでも、小売店や飲食店など一般家屋ではなさそうな建物が軒を連ねていた。


 そう、眼前に広がっているのは、青空の下に敷き詰められた一大商業エリア!


「それにしても、これだけの木材をどうやって……。まさかダンジョン内に木が生えているわけじゃないよな」

「森林エリアもあるにはあるが、ダンジョン内の樹木の伐採は原則禁止されている。この街で使われているのは上から運び込まれたものだ」


 天井を指差しながら答えるニコラに、疑問が湧く。


「……上?」

「うん、外から……。地上だよ地上」

「え? まさかここって、地下なの!?」

「いまさら!?」「ですか!?」


 ニコラとナーシェに、同時に突っ込まれる。

 ダンジョンなんて言うし、なんと言ってもこの規模だ。てっきり地上にある巨大建造物のようなイメージでいたんだけど……まさか地面の下だったとは!

 いくら人工物とはいえ、この空と太陽がまさか地下にあるとは思わなかった。言われてみれば、ダンジョンの中にある時点で地下でも地上でも一緒なんだが……。


 話によると、今発見されている大部屋エリアの中では、この第三グランドパークがもっとも地上への出入り口に近いらしい。

 だからこそ、これだけの街区がこのエリアに出来上がったんだろう。


「ヘルベガスは、そこですよ」


 ナーシェが指差したのは、今通ってきた通路の出口のすぐ横――つまり、俺たちの目の前で一際ひときわ異彩を放つ大きな建物。

 大きさだけではない。赤や黄色の原色で彩られた外壁や、建物の周りに立てられた色りの派手なのぼりも、周囲の店舗とは一線を画するどぎつさだ。


 正面には両開きの大きな入り口が何箇所か設けられていて、近づくと、ドアのステンドガラスから中の様子を伺うことができた。

 店内には斜めに傾いたガラス貼りの台がズラリと並んでおり、それぞれの台の前で、多くの客が中を覗き込みながら一心不乱に手元のレバーを操作している。


 あれが〝球遊機〟ってやつか。 


「どうしたんですか蘭丸?」


 ドアの前を通り過ぎようとしていたナーシェが俺に気が付いて振り返る。

 くだんのなんとかビンゴってやつは、店内にあるわけじゃないのか。


「いや、どんな所なのかなぁ、って……」

「あれが球遊機……いわゆる、カチンコ台というやつですよ」


 ナーシェも、俺の隣で背伸びをしながら店内を覗き込む。

 なるほど、レバーの操作音なのか、カチンカチンという音が店内中に響き渡っていて、ドアの外にまで漏れ聞こえてくる。中はかなりの騒音だろう。


「モール街に入ったすぐ隣がギルドホールなのに、全然気付かなかったぜ」

「ギルドには報酬を受け取った傭兵や探索者が沢山いますからね。やつら、報酬を受け取っては、毎回毎回、懲りもせずここでカモられているわけですよ。ぷぷぷ~」


 こいつ、わざとか?

 突っ込んだら負けな気がする……。


「チラシには新台入荷とか書いてあったみたいだけど、新台って勝ちやすいの?」

「まあ、釘がいじられてないぶん、素直な挙動ではありますけどね」

「ふむ。だからと言って勝てるというわけでもないのか」


 対人のギャンブルにはあまり食指は動かないが、機械相手ならなんとなくゲームっぽいところに、若干だが興味が湧く。


「あれあれぇ? もしかしてカチンコに興味ありですか? デカチ〇コだけに」

「だけに、って……おまえしか言ってねえよそれ! ほら行くぞ!」


 デカチ〇コ?と、怪訝そうな表情を浮かべるニコラに突っ込まれる前に、ナーシェの首根っこをつかんで引き摺るようにドアから引き離す。


「痛たたたっ! 痛いですよ蘭丸! 行くって、場所知ってるんですか!?」

「ナーシェ、そっちの方に行こうとしてたじゃん。店の横にある……あの塀の奥なんじゃないの?」


 と、そのとき。

 その塀の向こう側から、ドッと喚声が湧き起こる。

 その声に混じって「惜しいなぁ!」だの「どんまいどんまい!」なんて、はやし立てるような野次も聞こえてきた。


「わおっ! やってるやってる、やってますよ!」


 ピンと大きな獣耳けもみみそばだてると、俺の手を振りほどいて塀の向こう側へ駆け込んでいくナーシェ。


「お、おい! まてコラ!」


 ああなると、まるで糸の切れたたこだ。

 俺とニコラも、慌てて後を追って塀の中へ。

 中は大勢の客でごった返しており、そんな人垣の向こうに見えた物とは――


「あ、あれは!?」

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