第四章 夢と危険がいっぱいのグリーンタウンです。

01.私は蘭丸が好きだ

「コーヒー二つと、ホットミルクを一つ。あとは……ホットサンドを三人分」


 ギルドホール近くの軽食屋バールに立ち寄り、ニコラがカウンターで注文を伝える。その後ろで――、


「そのホットミルクは、誰のですか?」と、確認するナーシェ。

「おまえのに決まってんだろ」

「なんで私だけミルクなんですか! 私だってもうコーヒーくらい――」

「飲めなかったじゃん、朝」

「た、タクマさんの煎れるのは、ちょっと苦いやつだかったから、私の嫌いなタイプだったんですよ……」

「苦くないコーヒーなんてねえよ! そんなことより……お!? 早いな」


 ニコラが、三つのカップとホットサンドをトレイに載せて歩き出しので、一旦会話を中断。三人で空いてるテーブル席に着き、食事を取りながら再び話を続ける。


「で……何なんだ? さっきの〝球遊場〟ってのは?」

「球遊機という台に貸し玉を転がして、賞球した得点に応じてお金がもらえる場所ですよ」

「その貸し玉って……借りるのにお金がかかるんだよな?」

「あたりまえじゃないですか」

「俺の勘違いならいいんだが……聞いてる限りでは、それって賭博場と一緒のような気がするんだけど」


 ホットサンドにかぶりつきながら、呆れたようにナーシェが両目をすがめる。


「全然違いますよ。球遊機は人間じゃなく機械ですからね?」

「まあ……そうだろうな」

「だからあれは、ギャンブルではなく運試しです」


 ……駄目だ、コイツ。

 根本的に、何かがずれてる。


 コーヒーを啜りながら、ニコラも口を挟む。


「だから、そんなものに頼らなくても、私が出せば済む話だろう?」

「それは、蘭丸との交際が交換条件なんですよね?」

「まあ、そうだな」

「ダメですよそんなの! そもそもなんで、そんなに蘭丸らんまるに拘るんですか?」


 確かに、そこは俺も聞きたかった。

 昨夜は俺が精霊じゃないと分かって不貞腐ふてくされたように見えたけど、今日になってまたあんなこと言い出すなんて、ニコラもどういう心境の変化なんだ?


「昨日、精霊くん……いや、蘭丸には話したんだが、とにかく親が継嗣けいしを欲しがっていてな」

「跡継ぎ……ということですか? 他に、兄弟は?」

「弟もいるのだが、病のため家督を継げる体ではないのだ。そうなると本来は、私が養子でも迎えるのが普通なのだが……。没落貴族の、しかも大して容色ようしょくに優れているわけでもない私の元へ来る物好きなど、まずいないのさ」

「だとしても……わざわざ他人ひとのサーヴァントに白羽の矢を立てなくてもいいじゃないですか」

「いや、だからだよ」


 一口大に千切ったホットサンドを口に放り込んで、ニコラがちらりと俺の方を見る。


「没落貴族とはいえ、様々な恩恵が受けられる爵位は、持たざる者から見ればやはり魅力的だろう。平民から夫を迎える例もないわけではないが、よこしまな思惑で家に入ってくるやからも少なくない」

「蘭丸はサーヴァントですよ? 邪もなにも、家に入ること自体が無理じゃないですか」

「使役契約自体を譲ってくれれば、家督は無理でも一緒にいることはできる。いやむしろ、家督を継げないからこそ下手な姦計かんけいろうされる心配もない。今はあまり聞かないが、サーヴァントと慇懃いんぎんを通じる例もかつては多かっただろう?」

「で、でも、家を継げないならそんなことしたって無駄――」

「子ができれば直系の継嗣もできるし、すべて丸く収まる」

「収まらないですよっ!」


 両方の握りこぶしを振り下ろし、ドンッとテーブルを鳴らすナーシェ。


「ら、蘭丸は、どっちがいいんですか? 私と、ニコたん」

「え……!? そ、そんなこと、急に訊かれても……」

「ほら! 蘭丸だって、私が良いって言ってるじゃないないですか!」


 あれ? 俺いま、何か答えたっけ?


「とにかくこのままでは私も、最悪、男娼だんしょうでも宛がわれて子作りをさせられかねんのだ。今から相手を見つけるなど面倒くさいし、後腐れがなく、生殖機能もあって、私のことを魅力的だと言ってくれる、見た目も悪くない男……」


 そう言いいながら、テーブルの上で俺の手を握ってくるニコラ。


「これまで出会った男性をそういった条件でいろいろとふるいにかけていって、やっと分かったのだ。私は蘭丸が好きだってことが!」

「ただの消去法じゃねえか!」


 慌ててニコラの手を振りほどく。

 口をへの字に曲げて、これ以上ないくらい不機嫌そうな表情を浮かべるナーシェ。


「蘭丸……ニコたんのこと、魅力的なんて言ったんですか?」

「え? い、いや、それはその、社交辞令というか、挨拶みたいなもので……」

「なに? 私の裸を見て言った言葉、あれは嘘だったというのか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……ほんとにそう思ったから……」

「どっちなんですかっ!」「どっちなんだ!?」


 グイッと身を乗り出してくる二人に気圧され、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになる。


 いつの間にか、俺がアウェーかよっ!?


「ま、待て待て! とりあえずほら、そういう話は、ここじゃアレだから……」

「アレってなんですかっ!?」


 なんでこんな時だけ、しっかり食いついてくるんだこいつ?


「アレはそのぉ……アレだよアレ……そうだアレ! 球遊場の話、どうなった!?」

「どうもなにも、このあと行きますよ、ちゃんと」

「ちゃんとっておまえ……またそんな、球遊機みたいなもん当てにして――」

「あ~、心配しないで下さい。いくらなんでも、私もそんなバカではないですよ」


 おお!? ナーシェも少しは成長したのか?


「球遊機なんて、甘釘台で一日絶好調だったとしても、儲けはせいぜい数万ラドルですからね。私の目的は一番下に載ってるやつですよ」


 ニコラが、チラシを読み上げる。


「ストラックビンゴ、キャリーオーバー発生中、ただいま全枚抜きで賞金三十万ラドル……」


 なんだその、ご都合主義的な金額は……。


「まさかナーシェ……よく分からないけど、そのなんとかビンゴってやつでギルド登録料稼ぐつもりじゃないだろうな?」

「もちろん、そのつもりですよ? もう参加券も買っちゃいましたし」

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