05.この世界の流儀

 とにかく、勝負を受けてくれ!

 そうすれば……根拠はないが、なんとかなる気がする!


「ぐふっ……ぐわっはっはっはっはっ」


 頭の上で、ガルドゥの高らかな笑い声が聞こえた。


「ったく、しょうがねぇなぁ……」

「じゃ、じゃあ!」


 思わず土だらけの顔を上げると、ガルドゥがニヤニヤと笑いながら、その濁った瞳で俺を見下ろしていた。


「そこまで言われちゃ仕方がねえ。俺も仏のガルドゥと言われた男だ」


 ほんとかよっ!?


「但し! 女ならまだしも、賭け駒がてめぇの体じゃ話にならねえ」

「じゃ、じゃあ、どうすれば……」

「三十万だ。六十万とは言わなねえから、半分用意すりゃ……俺も鬼じゃねえ。何か考えてやるよ」

「三十万……」

「お前が着けてる、その上等な装備でも質に入れれば、それくらいは借りられるんじゃねえのか? 早くした方がいいぞ。六時までしか待たねえからな?」


 ゆっくりと立ち上がり、顔についた土を払うと、後ろで涙を流して立っているナーシェの元へ戻る。


「ら、蘭丸……ど、どうしてっ……あんなごどっ……」

「泣くな! それより、タクマさんの店に装備品を戻してなんとか金を工面できないかな? 足りない分もなんとか借りられたら助かるんだが」

「で……できないことは……ないと、思いますけど……」


 と、肩を震わせながら顔を伏せるナーシェ。

 まあ、こいつも、あの男のことが好きならあまりみっともない姿を見せたくないってのは分かるが……。

 買い物をしたのはついさっきだし、質入れするよりは買った店で引き取ってもらう方が査定も早いだろう。とにかく時間がない。


 涙を拭いて、再びナーシェが顔を上げた。


「蘭丸は、剣なら勝てる自信はあるのですか?」

「剣? ああ、まあ、それなら……大丈夫だろう」


 多分な。

 

「では、ここで待っててください。私がガルドゥと話をしてみますよ」

「お、おいっ! ちょっとまっ……いたっ!!」


 こいつ、膝を蹴りやがった!


「付いて来ないでと言ってるじゃないですか! ステイッ!」

「犬かっ! お前一人でなんて行かせられるかよ。また騙されたら……」

「大丈夫です!」


 ナーシェが、再びきびすを返してガルドゥの元へ向かう。


「たくさん反省をして、私もさっき、成長したのです」

「さっきって、おま……」

「と・に・か・くっ!」


 もう一度振り返り、これまで彼女が見せた中で最も強い視線が俺の両眼を穿つ。

 瞳の奥には、何か覚悟のようなものがみなぎっていた。


「とにかく、待っててください。この世界にはこの世界の流儀というものがあるのです。蘭丸が来ると、きっとややこしくなります」

「……わ、わかった。但し、少しでもおかしなことを言われたら、返事をする前に必ず俺に相談しろ。いいな?」

「分かりました。かならず蘭丸に相談します。約束しますよ」



 ガルドゥと話を始めたナーシェを、少し離れた場所から見守る。

 彼女の表情は見えないが、ガルドゥは、怪訝そうな面立ちからやがて、ニヤニヤと口元を歪めた、元の下卑た薄笑いを取り戻す。


 五分ほどで、話を終えたナーシェが戻ってきた。


「話はつけました」

「ど、どんな風に?」

「決闘です」

「けっとう?」

「はい。蘭丸には向こうの用心棒と差しで戦ってもらいますよ。勝てば、ライラ先輩の借金はチャラにしてもらえます」

「まあ、もともとそれが目的で召喚されたんだしな。……で、負けたら倍か?」

「……負けないですよね?」

「そりゃ、まあ……」


 多分な。


「じゃあ大丈夫です。こちらにヒーラーがいませんので、万が一のために、今から急いで先輩を呼びに行ってきます。十五分ほど待っていて下さい」

「お、おいっ! ちょ、ちょっと待てっ!」


 俺の呼びかけに振り返りもせずダッシュで立ちさるナーシェ。

 あっという間に小さくなった背中が、雑踏の中へと消えていった。


 ったく、落ち着きのないやつだ。

 ヒーラーってことは……もし怪我をしてもライラが治してくれるってことか?

 もしそうなら、かなり安心して戦えるな。


「フン……。あの筆具店の女、獣人のチビとは縁を切ったから手を出すななんて言ってたが、まだちゃんと繋がってたんじゃねえか……」


 後ろでガルドゥが呟く。


 なるほど……ナーシェに累が及ばないように、ライラはチーム解消なんて言い出したんだな。

 クールな顔して、なかなかいいやつじゃん。

 いいコンビだったんだろうな、きっと。


「てめえ……決闘の経験はあんのか?」


 煙草に火を点けながら、ガルドゥが訊ねてくる。


「いや、初めてだ」

「はぁ~ん……大丈夫なのか? こっちの用心棒はつえぇぞ」

「ライラの店に来ていた連中じゃないのか?」

「あいつらはただの遣いっぱだ。ま、お前ごときあいつらでも十分だとは思うがな」


 旨そうに紫煙を吐き出すガルドゥ。

 まあ、どんな奴が出てくるかは分からないが、今はヘリオドールの言葉を信じるしかない。


 万が一死んだとしても……俺自身はまた、霊界で輪廻の流れに戻るだけ。

 やれることをやり切ったうえでの結末なら、それ以上はもう、俺が関われる領域じゃない……。


「それにしてもあのガキ……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでとはなぁ」


 ガルドゥが、フゥ――ッと最後の紫煙を吐いて、煙草を投げ捨てる。


「何の、話だ?」

「聞いてねえのか? お前が負けたらあいつも、娼館に入るって言ってんだぞ」


 は……、はあぁ!?

 あいつまで体を売るってことか?


 突如、今日一日一緒に過ごしたあいつの顔が、次々と浮かんでは、消えていく。


『精霊さんって、この世界のこと、あまり知らないものなんですか?』

『大丈夫大丈夫! 私、こう見えて、結構しっかり者なんですよぉ~』

『分かりました。かならず蘭丸に相談します。約束しますよ』


 俺が負けたら、あいつが見ず知らずの男たちのなぐさみものに?


『借金じでまで払っでだなんでっ……じらっ、じらながっだがらっ……』

『どうしよぉ、らんまるぅ……』


 あんのクッソガキ……なに勝手に決めてんだ……。

 絶対に、負けらんねえじゃん!

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