04.土を食むように

「ん? さっきより暗くないか?」


 第五グランドパークの草原に戻った俺が、最初に感じた違和感。


「ああ、もう、夕方四時半を過ぎたのですね」


 空を見上げながら答えるナーシェに釣られて、俺も天井を仰ぎ見る。先ほどに比べて、空の色も、人工太陽の輝きもやや黄昏がかっているように見えるが――、


「もしかして、時間によって明るさが変化するとか?」

「ですです。午後四時半から六時半まで、二時間かけてちょっとずつ太陽と空の明かりがかげって、最終的には真っ暗になります」


 なんと夜になるのですよっ!と、両手を広げて誇らしげに語るナーシェだが、何を誇示しているのかいまいち伝わってこない。


「そりゃあ、まあ、夜になれば……夜になるだろ……」

「あれ? もしかして、精霊界には夜があるんですか?」

「いや、そんな雰囲気でもなかったけど……っていうか、ここには夜がないのか?」

「ヘルヘイムには夜はありませんよ。ずっと夕方みたいな感じです」

「へるへいむ?」

「外の世界のことですよ。この惑星は自転と公転の周期が一緒なので、ずっと同じ面を太陽に向けていますからね。でも、ダンジョンの中は、その周期がバラバラの惑星をモデルにしているのではないかと言われているのです」

「ふ~ん……」


 ずっと同じ面を向けている?

 どこかでそんな天体の話を聞いたことがある気がする……。


「それより、フェスティバルの開催時間は六時までですよ。今日が最終日ですから、それが過ぎたら、ガルドゥを探すのも難しくなります」

「お、おう……そうだな」


 何か浮かんできた気がしたが、ナーシェの言葉で思考に蓋をされた。

 まあいい。そのうちまた思い出せるだろう。


「よし、もう大丈夫だ。ナーシェはここで待っていろ」

「バカ言わないで下さい。ここまで来たなら付いていきますよ……もとはと言えば……私が招いた、種ですし……あいたっ!」


 表情を歪め、ケモミミをへたらせていくナーシェの頭を軽くチョップで小突く。


「もうクヨクヨすんな。成長するための反省は気が済むまでやっていいけど、後悔はするんじゃねえ」

「う、うん……分かりました!」

「よし。じゃあ、一緒に行くか!」


 十分ほど歩いて賭場とばの前に着くと、ちょうど休憩でもしていたのか、天幕テントの横で木箱に腰掛けながら煙草をふかすガルドゥの姿が見えた。

 俺たちの姿を見つけると、あざけりとも憎しみともつかない複雑な笑みを浮かべ、煙草を投げ捨てて爪先で踏み消す。


「おまえらか。なんだか持ち物が増えてんなぁ? なんか用か?」

「ライラの件で話したい」

「ライラ? ああ、あの筆具屋の姉ちゃんの……ってことは、二十万ラドル立て替えた知り合いの二人組みってのは、おまえらのことか」

「そうだ。彼女の残りの借金を賭けて、もう一度勝負したい」


 ククク……と、ガルドゥが下卑げびた笑いを浮かべる。


「てめえぇに、残り六十万ラドルに見合う賭け駒はあんのか?」

「負けたら、俺を好きにしていい」

「はあ? 俺が死ねと言えば死ぬとでも言うのか?」

「ああ……それでも、構わない」


 ヘリオドールのことは直感で信頼はしているが、輪廻の世界を実際に経験してきただけに、死に対する恐怖心も和らいでいる気がする。

 とにかく今は、ガルドゥを勝負の場に引き摺り出すことが先決だ。


「フン。覚悟は立派だが、ま、うちは男娼はやってねえし、小僧の体なんて貰ってもなんの得にもならねえ。それになぁ……」


 ガルドゥが一拍置いて、ギロリと俺を睨み付ける。


「……どっちにしろ、てめえとはもう賭けはやらねぇ」

「ん? なぜだ?」

「普通、あの場面で自信満々でピンゾロに賭けられる奴なんているかあ? カラクリは分からねえが、てめえには確信があったはずだ。そんな得体の知れねえ力を持った奴と、賭け事なんて金輪際できねえよ! 帰れ、帰れ!」


 何か動物的な勘が働いているのか、一切取り合おうとしないガルドゥ。

 その辺は、さすがに場数を踏んでるだけのことはあるんだろう。

 日中の件もあるし、俺もサイの勝負を渋られるくらいのことは、ある程度覚悟していた。しかし――。


 勝負そのものをここまでキッパリ断られるというのは予想外だった。サイではなくても、何かヘリオドールの力を借りられる勝負ができればと思ったんだが……。


 勝負をするには賭け銭も必要になる。

 体を張る覚悟を見せればなんとかなるかも、なんて考えていたが、甘かった。

 昼間に稼いだ五十万ラドルは買い物と借金の返済にほとんど使い果たしてしまったし、生活費に残したわずかなお金が元手ではかなりの大勝負が必要になるだろう。


 明日までに六十万ラドルを稼ぐ方法なんて、博打以外にあるだろうか?

 もしかしたらあるかもしれない。

 しかし、この世界に来てまだ一日も経っていない俺が思いつく方法となると、答えは限定的にならざるを得ない。


「サイとは言わない。お前の好きなゲームでいいから、彼女の借金を賭けて勝負をしてくれ」

「あのなあ兄ちゃん……」


 ガルドゥが、薄茶色に汚れた隙っ歯を覗かせながら身を乗り出す。


「勝負以前によお……他人ひと様にものを頼むんなら、それなりの態度ってもんがあるんじゃねえのか?」


 くっ……お約束の下衆セリフを!

 しかし、俺のプライドくらいでライラの娼館行きが回避できるなら安いもんだ。

 どうせ一度は死んだ身。なんだってできるさ。


 わずかな逡巡ののち、ガルドゥの前で膝を折ると、続けて両手も地面に着ける。


「ら、蘭丸っ!」


 後ろでナーシェの声が聞こえた。

 もしかしたらサーヴァントが勝手にこんなことをするのはルール違反なのか?

 しかし、ここまできたら躊躇はしていられない。


「頼む、ガルドゥ。俺の体を賭け駒に、勝負を受けてくれ」

「お願いしますガルドゥ様、だろ? それに、頭の下げ方が足りねえんだよっ!」


 次の瞬間、ガツンとガルドゥに後頭部を踏みつけられたかと思うと、鼻が地面にぶつかり、目の前に星が飛んだ。

 地べたに押し付けられた口で土をむように、もう一度言葉をしぼり出す。


「お、お願いします、ガルドゥ様……勝負を、受けてっ、下さいっ……」

「ら、らんまるぅ……」


 後ろからナーシェの泣きそうな声も聞こえてきたが、もう構っていられない。

 土下座をしながら、両手でギュッと雑草を握り締めた。


 とにかく、勝負を受けてくれ!

 そうすれば……根拠はないが、なんとかなる気がする!

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