11.納得いきませんよ

「どうした?」

「ドアが開いてるわ。確かに、鍵をかけて出たはずなんだけど……」


 ライラが先に店内へ入り、一つだけ残しておいたランタンの灯りを頼りにカウンターの中を確認する。


「やられたわ……」

「え?」

「売上金が無くなっている。もっとも、昨日までの分は借金返済に充てたから、今日の売り上げ金だけだけど」

「まさか……」


 リスタが?……と、俺が口に出すより早く、ナーシェがカウンターからランタンを取ると奥へ駆け込んでいく。


「お、おい! ナーシェ!」


 暗闇の中、ライラが慣れた様子で壁掛けランプに火を灯していくと、ゆっくりと視界が戻る。ほどなくして奥からナーシェが戻ってきた。


「リスねえ出掛けた・・・・みたいです……」

「いやいや……逃げたんだろ、普通に考えて」

「なんで逃げるんですか!? 剣士たちに渡したお金は私が自分の意思であげたものですし、逃げる必要なんてないじゃないないですか」

「そりゃそうだが……」


 カウンターの方をうかがうと、ライラと目が合う。

 小さく溜め息をつきながら、カウンター脇に備え付けられた作業机の奥に腰を下ろすライラ。


「とにかく、状況的には、彼女がお店の売り上げを持って逃げた……と見るのが自然でしょうね」

「そ、そんなはずないですよ!」


 珍しくナーシェが、今度はライラに食ってかかる。


「確かに、スリとか、いけないこともしてたみたいですけど……でも、助けてくれた人のお金を盗って逃げるとか、そんなことする人じゃないです!」

「でも、あなただって、彼女と一緒に過ごしたのはそれほど長くないのよね? しかも、彼女と別れてもう六、七年は経っているのでしょう?」

「それでも分かります。そう言うのは、分かるんです……」


 声を小さくしながら、助けを求めるように再び俺の方へ顔を向けるナーシェ。


「まあ、この世界の一年が何日かは分からないけど――」

「三百六十五日ですよ。今年はうるう年だったので、私は一日得しましたけど」

「全員、漏れなく閏年だろ……ってかそうじゃなくて、それだけあれば、人が変わってしまうには十分な時間だろって話だ」

「ら、蘭丸まで何言ってるんですかっ! 蘭丸の意見なんて、だ、誰も聞いてないですよ! ややこしくなるので黙っててください!」

「ただ、俺も、状況証拠だけで決めつけるのは良くないかな、とは思うけどさ」

「さ、さすがです蘭丸! よく言った!」

「どっちだよ!」


 俺の同意が意外だったのか、目をぱちくりとしばたたかせながらも顔をほころばせるナーシェ。


 状況的に見れば、ライラの言うように、リスタが売上金を盗んで逃げたと見るのが自然だろう。街でスリ行為を働いていたような少女なのだからなおさらだ。


 ただ――


 街娼もしていたというのがどうも引っかかる。

 条例違反だったとはいえ、労働で対価を得る行為だ。空き巣を働くような人間がやることだろうか?

 スリにしたってギャンブル客に狙いを定めていたようだし、泡銭あぶくぜにを横取りするのと、恩をあだで返すような盗みとは心根が違う気がする。


 ちょっとした違和感だし、手段を選んでいられないほど生活に困窮している可能性だってあるが、しかし、軽率に決めつけるべきではないと心がブレーキを踏む。


「そうね……分かったわ。とりあえず警団への届出は少し待ってみて、先にリスタの状況について調べてみましょう」と、ライラがナーシェの方を見る。

「明日にでも孤児院で、リスタの家の場所の記録が残っているか訊いてみるわ。里親もいるというなら、警団に話すにしても、先に状況を確認しておきたいし」


 通話機というものもあるらしいのだが、さすがに個人情報に関する問い合わせは直接おもむかないと答えてはくれないだろうということだった。


「蘭丸くんも付いてきてくれる?」

「お、おう。別に、構わないけど……」

「私が蘭丸と行きますよ!」


 ナーシェが割って入ってくる。


「先輩はお店もあるでしょうから、私が代わりに聞いてきますよ」

「いいの? 被害に遭ったのは私なのだけど……」

「大丈夫です。ついでに蘭丸が動いているところをコロネにも見せたいですし……それに、ちょうど明日はお給金日なので!」


 俺が動いてる・・・・ところ?

 いや、それより――、


「なんで給金が関係あるんだ? テレポータルでも使うの?」

「いえ、歩いて十五分くらいですから使いませんけど……お昼ご飯とか、いろいろお金は使うじゃないですか」

「そうかもしれないけど……まさかと思うが、道中に球遊場みたいな施設はないだろうな?」

「な、なんで、そ、そんなこと訊くんですか?」


 獣耳けもみみがぴくぴく動いている。

 二日間一緒に過ごして分かったが、ナーシェが隠し事をしている時のくせだ。


「やっぱ、俺とライラで行くわ。それくらいの距離なら一時間もあれば帰って来られるだろうし。ナーシェは、給金をもらったら明日は一日おとなしくしてろ」

「なんでですか! さては蘭丸、先輩とシッポリ――」

「しねぇよっ! 余計な心配をしたくないだけだ」

「やっぱり、私と行くのは嫌なのですか!?」

「嫌とかじゃなくて……ただ、ギャンブルとか抜きで出掛けたいなと……」

「やっぱり、私とじゃ嫌なんだっ!」

「ギャンブルせずにはいられないのか、おまえは!?」



 夜は、ライラの住居――もとい〝秘密基地〟で一泊し、翌朝、ナーシェと一緒にライラの店を出る。

 途中、タクマ武具店に立ち寄ってナーシェの給金を受け取ると、俺が預かる。


「やっぱり、いまいち納得いきませんよ。何で私のお金を蘭丸が管理するんですか」

「それは昨日、何度も話しただろ。ビジネスパートナーなんだから、ボスのお金を部下の会計係が管理するのは普通だろ?」

「そ、そんなもんですかね」


 ボスと聞いて、満更まんざらでもなさそうに小鼻をうごめかすナーシェ。


「じゃあ、ボスがお金を使いたいときはどうするんですか?」

「それは、会計係の許可を得てもらわないと」

「で、でも……いつも蘭丸が一緒とは限らないじゃないですか」

「じゃあ、お小遣い制にしようか。金額はあとで決めよう」

「……やっぱり、いまいち納得がいかないです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る