09【リスタ】もう一人の私(後編)

※暴力表現にご注意ください。

こちらの回はお読みいただかなくとも次話で話が繋がるよう執筆しておりますので、苦手な方は読み飛ばして下さい。


――――――――――――――――――


「いやあ、この前は悪かったねぇ。右腕、骨折・・してたんだってぇ?」


 答えようがなくうつむいていると、


「前回は……少し無茶をしてしまいましたな」


 続けて入ってきた白いサーコートの男が、代わりに言を継ぐ。

 いつもダレスに付き従っている法術士で、歳はダレスよりも上……恐らく六十歳前後だろう。


 もう一人、従者には護衛の剣士もいるけれど、彼はいつもこの部屋には入らず、隣室で控えているようだ。


 最後に入ってきたのは……義父ジェクス


「ダレス様……え~っと、そのぉ……さすがに前回ほど激しくされてしまいますと、娘の精神的なダメージも大きくて……できれば今日は少しお手柔らかに……」


 ジェクスの言葉に、浮かべていた笑顔をみるみるかげらせるダレス。


「ああん? 貴様、客に向かってその口の聞き方は、なんだ?」

「は、はあ……ですがそのぉ……娘が壊れて・・・しまっては元も子も――」

「黙れっ! その分、報酬だって上乗せしてやっただろうが! それとも、もう貴様の娘は使ってやらなくてもいいと?」

「い、いえ! そんなことは!」

「なら、黙って酒でも用意しておけ! 終わったらまた飲んでいってやる」


 諦めたようにこうべを垂れると「どうぞ、ごゆっくり」と言い置いて、ジェクスが部屋を後にする。

 残されたのは、あたしとダレスと法術士の男の三人。


 ――いつもの、悪夢の始まりを告げる光景。


「お前も、何か言いたいことがあるのか、ダッカス?」

「いえいえ、滅相もない」

「だろう? 屋敷の侍女を壊す・・よりは、こちらのほうが全然マシだ」

「左様ですな。……どうぞ、ご存分に」


 ダッカスと呼ばれた法術士のうやうやしいお辞儀を見て、ダレスが満足そうに破顔する。

 再びあたしの方へ向き直り、「脱げ」と一言、言い放った。

 逆らっても無駄であることは体が覚えさせられている。


 二人の男の前で、ゆっくりと上着のボタンを外し――。

 脱いだ衣服を足元の床に置くと、下着ショーツ一枚の姿でもう一度ダレスの方へ向き直り、いつもさせられているように〝気をつけ〟の姿勢をとった。


 十二歳とはいえ、膨らみの感じられない薄い胸元。それどころか、あばらさえ浮き出たような貧相な体を、ニタニタ口元を歪めながらダレスがめ回し、


「相変わらず、洗濯板のような体だな」と、はずかしめの言葉を投げかけてくる。


 でも――。


 あたしは知っている。

 この男が、あたしのような少女の平たい体に欲情する小児愛者ペドフィルであることを。


 しかし、それだけなら、街角で私を喜んで買う客と変わらない。

 この男はもう一つ、忌まわしい嗜虐性向パラフィリアを持ち合わせている。

 

 一頻ひとしきりダレスがあたしの体を眺め終わるのを待って、ダッカスがゆっくりと近づいてきた。

 いつものことなので、もう何をすべきかは分かっている。

 自ら石壁の方へ向き直り、両腕を広げるように上げると、ダッカスが壁から吊り下げられた鋼の腕輪にあたしの両手首を繋いだ。


 まるで、展翅板てんしばん(※昆虫標本用の板)の上で羽を拡げられた蝶や蜻蛉とんぼのよう。

 腕輪の掛け金ラッチを締められた瞬間、憎悪、羞恥、恐怖――そんな負の感情をすべて、もう一人のあたしの中に閉じ込めて――。


 自らに言い聞かせる。

 これから汚されるのはもう一人のあたし。

 本当のあたしはずっと、綺麗で純白のままなんだ……と。


「さあて、今日は声を上げずに耐えられるかなぁ? まずは、前回、骨が折れちゃった右腕からいこうかぁ♪」


 遠くから聞こえてくるようなダレスの濁声。

 同時に、あたしの右腕に走る激しい痛み。


「……んっ!!」と、奥歯を食いしばる。


 硬い木で作られた模擬刀で、思いきり右腕を殴りつけられたのだ。

 そう、この出歯亀貴族が持つもう一つの性癖とは――性的サディズム。


「ほぉ~、偉い偉い! 声が出なかったねえ! いつも通り、その調子で五回我慢すれば解放してあげるけど、一回でも声を上げれば、また最初からだよぉ♪」


 こうして毎回、あたしの体を痛めつけては愉悦に浸る。


 ――解放?


 そんなのは口だけだ。

 散々いたぶった後は、痛みを抱えたままのあたしの体で、今度は性欲を満たす。

 それが済んでようやく、ダッカスが治癒の巻物キュアスクロールであたしを治すのだ。


 ――いえ、正確に言えば、治してくれるのは体だけ。


 痛みの恐怖にむしばまれた心は、決して元には戻らない。

 だから、次の仕事・・までにこの悪夢をできるだけ遠ざけようと、最低でも二週間は空けてもらえるように頼んでいたのだ。

 そうでもしなければ、あたしの心も体も壊れてしまうから……。


 ――でも、今回ばかりは仕方がなかった。


「じゃあ次はぁ、反対側。左腕にお仕置きしてみようかぁ♪」


 ダレスの声に、あたしも、左腕に意識を集中して痛みに備える。

 ……が、次の瞬間。


「ひぎゃあぁぁっ! うっ……!」


 激しく肉を打つ音と共に、意識が根こそぎ刈り取られるような激痛が走ったのは、腰の左側。

 宣言した場所と別の場所を打つ……これも、いつものダレスの愉しみ方。

 分かってはいても予告されれば意識は惑わされる。


 感情を、いくらもう一人のあたしに閉じ込めても、痛みだけはそうはいかない。

 腰の痛みに脱力して膝が折れる。

 でも、両手を拘束した腕輪は、あたしに膝を着くことすら許してくれない。


「あ~あ、声が出ちゃたねぇ。また最初からになっちゃったよリスタぁ? 次はどこにしようかなぁ? もしかして、予告はしない方がいいかなぁ?」


 悦に浸りきったダレスの声が〝仕置き部屋〟に響く。


「でも、やっぱり教えてあげよう。次は両足のどちらかかなぁ♪ でも、どちらになるかは打たれた時のお楽しみぃ♪」


 まだ記憶に新しい、封印し切れていない二日前の記憶が蘇り、全身が萎縮する。



 もう……ダメかな……。

 今日は、最後まで耐えられそうにないよ。

 あたしの心が悲鳴を上げている。

 心が壊れたら、きっと、体だって……。


 ごめんね、リタ……。

 先に逝って、待っててもいいかな?


 死んだら、本当のお母さんやお父さんにも、また会えるかな?

 でも、悪いこといっぱいしちゃったし、やっぱりあたしだけは地獄に連れて行かれるのかな……。


 痛いよ……。

 辛いよ……リタ……。



 再び、空気を切りさく模擬刀の音が耳朶じだに触れる。

 直後、歯を食いしばり、ぎゅっと両目を瞑ったあたしの後ろで、ガキンッ、と、何か硬い物同士がぶつかったような音が聞こえた。


 いつまで経っても、新たな痛みは襲ってこない。

 そっと目を開くと同時に、


「何、やってんだ……手前テメエら……!」


 背後で、ダレスでもダッカスでもない、もっと若い男の声が聞こえた。


 この声は……確か――。

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