07.雷神の壁

雷神弓ヴィジャヤ!」


 あ……あれって、まさか……!!

 ニコラの発唱と同時に、黄金色に輝いた彼女の棍棒が一張ひとはりの大弓に変わる。


「弓かよ!」


 いや、よくよく思い返せば〝千射万箭せんしゃばんせん〟なんて二つ名だ。

 普通にネタバレしてたってことか。


『雰囲気はあったが、やはりあれも抽象化加工された武器だったか』

「(ってことは、俺のフルンティングと同じ?)」

『うむ。しかも、遠近二通りの武器に変化させられるらしい。あれは滅多にお目にかかれないぞ』と、どことなく感じ入った様子の声色。

「(感心してる場合か! スナイパー相手にこの距離でどうすんだよ!?)」


 矢をつがえた様子はないが、こちらへ向って弓を引く姿勢に変わるニコラ。


 何か発射する気か?

 後ろにはナーシェたちもいるんだぞ!?


『避けろ』

「(指示なら、もうちょっと、具体的にっ!)」

『一旦剣を捨てろ。あとは、何があっても彼女を視界から外すな』


 剣を戻し、慌ててナーシェたちから離れるように横方向へ走る。

 そんな俺の動きに合わせ、弓を引き絞った――いわゆる〝かい〟の姿勢のまま、ニコラもゆっくりと身体の向きを変え……。

 直後、彼女の弓と、俺の間に連出れんしゅつする三筋の黄金射線。


 次の瞬間。


 射線の先――俺の周囲三箇所に、バリバリッ!と、ほぼ同時に黒煙が上がる。


「どぉうわっ!」


 何かの衝撃波をギリギリ避けたと思った次の瞬間。

 気が付けば、俺の周囲にはすでに次の射線が現れていた。

 今度は、そのうちの一本が、彼女の弓と俺の胸を真っすぐに結んでいる。


 まずいっ!


 ほぼ脊髄反射で真横へ跳び退すさる。


 直後、再び俺の後方でバリバリと黒煙を吹き上げる三本の光の柱。

 まるで、すぐ傍に雷でも落ちたような衝撃だ。


『なるほど。地精力アースエナジーを雷撃に変えて撃ちだす法具か』

「(なんなんだよその、アースエナジーってのは!?)」

『大地より流れ出る星の生命エネルギーだ。お前とて我と同化しているのだからアースエナジーは使えるのだぞ?』

「(どうやって!?)」

『考えるな。感じろ』

「(少年漫画かよ!)」


 気付けば、地面に寝そべった俺の身体を、今度は三本の射線が同時に貫いていた。

 急いで立ち上がりながら、前転をするように回避。

 直後、一際大きな轟音が後方から耳朶じだ穿うがつ。


『慌てるな。最初に見える射線――あれは彼女の狙いを可視化した弾道だ』

「(そうなのか? 攻撃の一種かと……)」

盲視界ブラインドサイトも含めてお前が彼女を見ている限り、われが弾道を計算する。お前はそれを避けながら彼女に近づけばいい』

「(簡単に言うけど、近づくほど狙いは正確になるんだろ?)」

『射線が出てから攻撃まで約一.四秒。射線は同時に三本までのようだ。おまえの視野の広さがあれば、可能だ』

「(俺の視野? なにを根拠に……)」

『前世でそういう役割を担っていたのだ。近づきさえできれば……我らの勝ちだ』


 前世で……俺が?

 たまにフラッシュバックする前世の映像を見る限り、そんな危険な生活をしていたとは思えないんだが。


 しかし、とにかく今はヘリオドールの言葉を信じるしかない。

 改めて、ニコラを見据える。


 次々と現れる射線。

 それらをかわしながら、徐々に彼女へ近づく。


 なるほど……集中しているときの一.四秒は、短いようで意外と長い。

 射線自体に攻撃能力がないと分かれば、かなり落ち着いて対処することができる。


 同時に、フィールドを俯瞰。

 気が付けば、ニコラまでの距離は最初の三分の一にまで縮まっていた。

 俺の移動速度と彼女の連撃間隔を考え合わせれば……あと二回。


 あと二回回避すれば、肉薄できる!


 近づくにつれ、俺にも彼女の瞳を認識できるようになってゆく。

 相手も、焦っている!?

 覆面の向こうで揺れる焦燥の色が、逆に俺を落ち着かせる。


 再び現れる三筋の射線。

 一本は俺の胸にロックオン。

 残り二本は左右の逃げ道を塞いでいる。


 ――俺を狙うと同時に、動きを先読みする布陣。


 しかし、場所がはっきりしていれば、点の攻撃を避けるのは難しくない。

 可視化された弾道の狭間はざまを狙って彼女との距離を詰める。


 次で、ラストッ!


 最後の射線が映し出される。

 ……けれど……ご、五本、いや……七本か!?


『ただの弾幕だ。精度を落として、数と射速を上げただけだ』

「(分かってる!)」


 俯瞰したフィールドに浮かび上がる七つの着弾点が、正確に俺の脳に伝わってくる。

 これが、俺の視界!?


 直後、轟音と共に、眼前に立ち塞がる雷神インドラの壁。

 光の中で、土と草が不規則にぜる。


 その間隙を縫って、彼女の懐に滑り込んだ。


「フルンティングッ!」

金剛杵ヴァジュラッ!」


 俺とニコラの発唱が重なり――。


 右手に蘇る剣の感触。

 同時に、光の中から武器を棍棒に持ち替えたニコラの姿が浮かび上がる。


 現実の時間から切り離されたようにゆっくりと流れる一瞬。

 交錯する二人の視線。


 驚愕と確信の邂逅。


 俺の視界に、一筋の光跡が煌く。

 剣など扱ったことはないはずだが、しかし――。


 目の前に映っているそれが、ヘリオドールの示した斬撃の最適解だと瞬間的に理解する。


 最速で、正確に、そして渾身の力を込めたフルンティングで、その光跡をトレースした。

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