04.シックスセンス

「初めて見たが……なるほど、スゲェもんだな」


 指図された通り、剣をアームレット状に戻して見せると、さすがにラムディも感嘆の言葉を漏らす。


「よし……もう一度そいつを床において、こっちに蹴るんだ」


 もはや、遠くへ蹴り飛ばすメリットもない。言われた通り、ラムディの足元を狙ってアームレットを軽く転がす。

 同時に、武器を失った俺に向かってコロネを突き飛ばすラムディ。

 

「きゃあっ!」

「うわ、っと!」


 コロネを抱き受けて、すぐに彼女の首を確認する。

 赤くにじんだ小さな傷……少し血は出ているが、大した怪我ではなさそうだ。

 よかった……。


「大丈夫か?」

「う、うん……それより……」


 不安げにラムディの方を振り返るコロネ。

 続いて、ナーシェの声も。


「ら、蘭丸! フルチ〇グが取られちゃったじゃないですかっ!」

「誰のせいだコラ!」


 ナーシェのせいでフルンティングのことはバレてしまった。

 ……だがしかし、ここまではある意味想定内・・・


「こりゃあ、思わぬ拾いもんだ。売ってよし、使ってよし、これだけでもこの仕事を受けた甲斐があったってもんだぜ!」


 アームレットを拾ったラムディが、自分の右腕に装着して満足そうに眺めている。

 その隙に、


「ナーシェの傍に行ってろ……」と、コロネの背中をそっと押す。

「う、うん……」


 俺のすぐ後ろにはリスタが横たわるベッド。その脇を回って、コロネがナーシェの元へ駆け寄っていく。

 それを見ながらラムディが、


「おうおう? 武器も失って、それでもまだ『僕がみんなを守ります~』ってか? 素手でどうやって俺に勝つ気だあ、正義のヒーローさんよお?」 


 蛮刀マチェットを構えてゆっくりとこちらへ近づいてくる。勝利を確信して弾む声色。……だが、鋭い眼光を見る限り油断している様子は見られない。


「(ヘリオ……一応訊くが、素手であいつに勝てる見込みは?)」

『今のおまえなら分かるだろう。見込みがまったくないわけではないが、勝てる可能性は一割以下。無謀だと言わざるを得まい』

「(やっぱそうか。……まあいい、選択肢を潰しただけだ)」


 傭兵と言うだけあって、それなりに修羅場はくぐっているのだろう。

 それでも、人質を解放したのは、徒手空拳となった少年おれに対して、わずかに気の緩みが生じているきざし。


 ――もう一息だ。


「た、頼む! あんたらの事は誰にも言わない! だから、命だけは助けてくれ!」


 両膝を床に付け、叩頭こうとうしてラムディに頼み込む。


「でたっ! ランマル・ド・ゲザ!」


 技名みたく言うなっ!と、内心ナーシェに突っ込みながら、ベッドの下から少しだけ見えているそれ・・の位置をもう一度確認する。


「おいおい、今度は命乞いかよ? さっきの威勢はどこにいったあ?」

「もう、武器もないんだ……仕方ないだろ……」


 武器を取られて絶体絶命、打つ手もなくなり命乞いをし始めた少年――。

 ラムディにはそう見えているに違いない。


 だが、俺の本当の目的は、油断をさせて一瞬でも視線を切らせること。

 その時を見逃すまいと、神経を研ぎ澄ます。


 ――鳥瞰ちょうかん


 ニコラとの決闘の時にも感じた、俺の視界だ。

 恐らく、前世でサッカーの司令塔として培った視野と、ヘリオドールの能力が組み合わさることで開眼かいげんした俺の第六感シックスセンス


 ラムディの足音が止まる。

 素手の相手に対しても、格闘による反撃を警戒している一メートル半の間合い。


「いいだろう。その土下座に免じて女二人は生かしておいてやるよ。ちょいとションベンくせえがまあ、穴さえ開いてりゃそれなりに楽しめるからなあ。役得ってやつだ。だがなぁ……男はダメだ! テメエは死ね!」


 ひいっはっはっはあ~♪

 ……と、ラムディの高笑いが聞こえた瞬間〝今だっ!〟と全身の肌が粟立つ。


 床を睨み付けている俺からラムディの顔は見えない。

 しかしこの瞬間、俺の六感はやつの視線が切れたことを確信していた。


〝五メートルほど離れればフルンティングは自動的にアームレットの姿に戻る〟


 あれはタクマさん・・・・・が説明してくれた情報だ。

 その前にヘリオドールが言っていた別の言葉・・・・反芻はんすうする。


〝剣の形さえしていれば何でもいい〟


 そう、フルンティング以外にもう一つ、この部屋には剣がある!

 ベッドの下から一瞬でそれ・・を引き抜き、掌中でスライドさせて渾身の打突を繰り出す。


「ひいっはっ……はっ……がっ、はぁぁぁぁ――――っ……!」


 伝わってきた確かな手応えと同時に、ラムディの高笑いが苦悶の喘ぎに変わった。

 だが、なおも追撃の手は緩めない。


 ラムディの脇腹を穿うがったそれ・・を引き戻しながら素早く立ち上がり、間髪入れずに顔面へ打ち下ろす。


 鈍い手応えと同時に、グシャリと鼻骨の折れる音。


「あが、あが、はが……も……模擬……刀? な、なんで、そんな、物が……」


 顔面を陥没させたラムディがうめきながら、白目を剥いて床に崩れ落ちた。


 そう、俺の手に握られているのはダレスという貴族男が使っていた模擬刀。

 ナーシェがあいつをちのめした拍子に床を転がっていった物が、ベッドの下からわずかにその切っ先を覗かせていたのだ。


 いくら目端めはしが利くとは言え、今日が初めての護衛任務で、しかも詳細は聞かされずに別室に控えていたラムディだ。

 この部屋にある模擬刀の存在にまで、気が回らなかったのだろう。



 ……と、不意にひざから力が抜ける。

 とっさに模擬刀を杖代わりにして転倒はまぬれたが、尻餅を着いてしまった俺の傍へコロネが駆け寄ってきた。


「らんまるさん!」

「だ、大丈夫だ。……それより、そいつからアームレットを取り返してくれ」


 的抜きビンゴのあとで倒れた時と同じ感覚だ。アースエナジーの使い過ぎで一時的に気脈が消耗したのだろう。


 早く気脈の調節ってやつを覚えないと、迂闊にアースエナジーは使えないぞ……。


 コロネに手渡されたアームレットに腕を通しながらそんなことを考えていると、不意に階段の方から複数の人間の足音が響いてきた。

 直後、部屋へ乱入してきたのは、軽鎧に片手剣を装備した数人の男女。


「警団だっ! 全員動くなっ!」


 警団? こいつらが? 誰が通報したんだ?

 さらに、最後に入ってきた男が俺を指差して叫ぶ。


「あ、あいつでさぁ! あいつがジェクスの旦那をぶん殴って階段を上がって行くのを、俺はしっかり見てやしたっ!」


 ……この店の情報を教えてくれた、ジェクスのカード仲間のおっさんだった。

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