03.ヘリオドールの言葉

「正当防衛だぁ? 先に得物を出していたのはテメエだろ!」


 ラムディが蛮刀マチェットで俺を指しながら片眉を上げる。

 俺の代わりに、すぐに反応したのはコロネ。


「ぎゃくたいを目的にした治癒の巻物キュアスクロールの使用は重罪なの、知ってるよね? コロネたちは、ふみこんで現場を押さえただけだよ」


 しかしラムディも、悪びれるどころか「へへ」と、薄ら笑いを浮かべ、


「俺は雇われただけで、ここで何をやっていたのかは知らねえ。だが、テメエらの言ってることが本当だとしても、それを調べんのは警団だろ? テメエらが好き勝手に犯人を斬り殺していいってわけじゃねえ」とうそぶく。


 盗人猛々しいとは、まさにこのことだな。

 ナーシェがぐったりと椅子に体を預けながら、


「構いませんよ、蘭丸! どうなるかは、運次第です! さっさと、成敗です!」


 無茶な指示を飛ばしてくる。

 運次第って……。

 俺の横でふるふると首を振っているコロネの様子から、あのヘッポコギャンブラーの指示を鵜呑みにしちゃダメなことは分かる。


 しかし――。


 もぐりの買春にしろ、リスタへの虐待にしろ、先に法を犯していたのがこいつらだってことは確かだ。

 腕や足を斬り落とす程度なら、巻物があるこの世界なら重罪にならないのでは?


「成敗とはまた、大きく出たもんだ」と、相変わらず気味悪い笑顔でラムディが続ける。

「テメエらみたいなガキに、万が一にでも俺が遅れを取るかよ?」

「試してみたらどうだ?」

「いいねえ、若いってのは! どうやらヤル気満々のようだし、お望み通りさっさと片付けてやるかあ!」


 腰の横にマチェットを構えて前傾姿勢になり――。

 次の瞬間、一足飛びに詰め寄るラムディ。


 予想外に速い!


 しかし、気脈に地精力アースエナジーを通した俺の五感も、すでにヘリオドールと一体化している。

 刃渡り五十センチ程度のマチェットは、狭い室内で取り回すには便利だろうが、しかし、リーチはこちらが上。

 初撃でケリを付ければ問題はない。


 ――ラムディが間合いに入った直後、下段から奴のマチェットを払い上げ、返す剣で左足を切断。


 連合記憶れんごうきおく(※複数の刺激を関連させる学習記憶)が一秒先の光景を映し出す。

 俺を舐めきった無防備な接近に、自然と体が反応を始めた。


 ――その刹那。


『気をつけろ』


 頭の中でヘリオドールの声が木霊する。


「(え?)」

『あいつの狙いは、おまえではない』 


 気が付けば、虚空を斬り上げているフルンティングの刃先。

 ラムディが、消えた!?


 直後、すぐ横で「きゃあっ!」という女の子の悲鳴。

 バックステップで、再び距離を取るラムディの左腕に抱えられていたのは……。


 ――コロネ!


「へへへっ。ガキがっ、馬鹿正直すぎんだよっ! 俺がテメエを舐めきって、正面から突っ込むとでも思ったか?」


 確かに、その通りだ。

 完全に俺を見下みくだしていたラムディが不用意に間合いに飛び込んでくる……そう、疑いもせずに構えていた俺の方が不用意だったのだと気付く。


「くっ、おまえ……はなからそのつもりで……」

「べつに、まともにやり合ったってテメエに負けるとは思っちゃいねえよ? でもまあ、互いに刃物を持ってんだ。何が起こるか分からねえし、利用できるもんがあんなら念には念を入れる、ってのが俺の流儀でね」


 そう言って、ラムディがニタリと茶色い前歯を覗かせる。


『やられたな。やつの、おまえを舐め切ったような言動は人質を取るための布石だったのだろう。アースエナジーで技能は使えても、駆け引きはまだまだだな』

「(嫌味を言ってる場合か! 分かってたなら最初から教えてくれよ!)」

われとて相手の思考まで読めるわけではない。初動の視線や加重移動の微妙な違和感から、一瞬で判断したに過ぎん』


 ラムディが、マチェットの切っ先をコロネの頚動脈に突き付けながら言を継ぐ。


「このガキの首を繋いでおきたきゃ、武器を捨てろ」

「言う通りにして、コロネを助ける保証はあるのか?」

「バァ~カ!? んなもんあるわけねえだろ。ただ一つ言えんのは、テメエが武器を持ったまま一歩でも動けば、その瞬間こいつの首が胴から離れるってだけだ」


 くっそ……どうすれば!?


『最善手は、一か八かこちらから飛び込むことだな。彼我ひがの距離から考えて奴の右腕を斬り落とすまで、三~四秒と言ったところか』

「(コロネは、どうなる?)」

『こちらのスピードを見れば、コロネを殺して構え直す時間はないと判断して、手を離すやもしれん』

「(そんなの、不確実過ぎるだろ!?)」

『仮に危害を加えられたとしても、即死でなければ法術士に治させることができる。予備動作もなく人の首を斬り落とすというのは、存外骨が折れるものだ』


 蘭丸ぅ……と、背後から聞こえてくるナーシェのか細い声。

 視線の先では、両目を潤ませたコロネの首筋で、マチェットの切っ先がぷくりと赤い血の玉を作り出している。


「(だ、ダメだ! そんな賭けに乗れるわけ、ないだろ!)」

『ならばあとは、不確実ではあるが……。おまえが武器を選ぶ際に、我が伝えた言葉を覚えているか?』

「(ヘリオドールの言葉? なんだよそれ、はっきり教え……)」


 ――って、そうかっ!


「どうしたぁ! モタモタすんなっ! あと三つ数えるうちに武器を捨てなきゃ、ガキの首は――」


 俺が、足元にフルンティングを置いたのを見て、ラムディが言葉を切る。


「随分ものわかりがいいじゃねえか。次は、そいつをこっちに蹴るんだ」


 よし、そう言われると思ってたぜ!


 確か、五メートルほど離れれば、フルンティングは自動的にアームレットに戻ると言っていた。

 あの開きっ放しになっているドアから廊下へ蹴り出せば、ラムディに気付かれずに手元にフルンティングを戻すことができるはずだ。

 少々距離はあるけど……できる!


 そう計算して右足を振り上げた直後だった。


「待てっ!」


 俺を制止するラムディ。


「テメエ、そんなに足を振り上げて、どこまで蹴る気だ?」

「ど、どこって……とりあえず、そっちの方に……」

「バカが! テメエの体軸がドアに向いているのに気付かないとでも思ってんのか?」


 き、気付かれた!?

 こいつ、見た目によらずキレッキレじゃねえか!


さやが見当たらねえからおかしいとは思ったんだが……そいつ、もしかして変形加工武器か!?」

「な、なんのことかなー」


 まずい……棒読み過ぎる。

 でも、なんとかごまかさないとっ!

 と、言葉を繋ごうとしたその時。


「よく分かりましたねっ! 自慢ですけど、それはむか~しのアルマデル様が作った名剣ですよ! あなたみたいな傭兵が、一生かかったってお目にかかれるような代物じゃないのです!」


 なに言ってくれてんだ、この木っ端召喚士がっ!

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