03.コリューテ・ランパート
「これは……英雄『روح・اللازورد』の絵本ね」とシェリア先生が呟く。
……ん? 今、よく聞こえなかったぞ?
表紙に文字らしきものも書かれていない。
しかし、
「ですです! 英雄『روح・لپسي ڍنڍ』です! 知っていましたよ!」と、思い出したように拍手を打つナーシェ。
「二つ名は『رومانسちゃん』だよ」と、コロネ。
「たしか、元々は隣国ナポトゥミアの貴族令嬢で……名前は、コリューテ・ランパートと言ったかしら?」
俺の顔をちらりと流し見ながらシェリア先生が説明を繋ぐ。恐らく、サーヴァントの俺は世情や歴史に疎いだろうと察してくれているらしい。
しかし、俺が浮かべていたであろう困惑の表情の原因は他にある。
「(おい、ヘリオドール。ところどころ聞き取れない部分があるぞ)」
『禁則ワードだ。一部の言語については状況に応じて翻訳をしていない』
「(なんだよそれ? あの聞き取れない部分、おまえに関することを言ってるんじゃないの?)」
『気にするな。……伏線だ』
「(すげえ気になるわっ!)」
シェリア先生の話によれば、コリューテは幼い頃から剣技に非凡の才能を発揮し、
しかし、幼いころより大貴族、そして王宮の
無実の罪で命を奪われた者も多く、美しき神童は瞬く間に〝恐怖の剣聖〟と
コリューテが再び人々の信望を集めるようになったのは二十歳の誕生日からだ。
夢で天啓を授かったという彼女は自らを〝رومانسちゃん、روح・لپسي ڍنڍ〟と名乗り、それまでの恐怖政治を悔い改め、
隣国――つまり、今俺たちがいるラドキアとの戦争が始まると、自ら先陣に立ち、獅子奮迅の働きで敵の軍勢を幾度も退けた。
一方、負傷者には敵味方区別なく手当てを施し、捕虜にした敵兵は希望に応じて領内に帰属させたり相手国へ送還したりといった
そのため敵国であったラドキアからも〝慈愛の姫騎士〟として衆望を集め、当時最前線で戦うことの多かった獣人族からの人気は、特に絶大だったということだ。
「いまから五百年前の出来事だけど、休戦後にナポトゥミアから自治を認められたランパート領は、今でも両国の境界線上で一大勢力保っているわ」
シェリア先生が説明を結ぶ。
転生と同時に俺が身に付けた謎の剣技は、もしかしてそのコリューテという人物のものなのだろうか?
しかし、ヘリオドール自体は声も口調も男だ。
彼と、コリューテという五百年前の英雄の間にどんな繋がりがあるんだろう?
或いは、単にナーシェがイメージをしていただけの話で、今の俺とはまったく関係のない話なのかもしれない。
まあ、このモノローグにだんまりを決め込んでいるということは、少なくとも今は、ヘリオドールも喋るつもりがないらしい。
「なるほど……立派な人物だったみたいですね」
「そうなのです!」
俺の感想に、なぜか胸を反らせるナーシェ。
「〝روح・اللازورد〟の凄いところは剣技だけではなく、
「ええっ…………」
ギャンブルの才能ってことだよな?
なんだかいきなり〝慈愛の姫騎士〟のイメージからはかけ離れた情報だ。
ちらりとシェリア先生の方を見ると、すぐに補足してくれる。
「こぼれ話のようなものだけど、当時は貴族の遊びとして人気のあった競馬で、無類の強さを発揮したらしいわ」
「な、なるほど……」
「それに、これといって産業のなかったランパート領の経済政策として、来訪者専用の公営賭博場を開いて外貨を稼いだのも有名ね。
まさに、女神なのです!と、俺の隣で目をキラキラさせながら、ナーシェが祈りのポーズを捧げている。
たしかに、ナーシェにとってはもってこいの精霊だ。
「ちなみに、さっき話に出ていた〝
「えーっと、それは……」
再び、シェリア先生の説明。
そうした偉人たちは〝エインヘリアル〟として語り継がれ、彼らを現世に呼び戻そうと、多くの学者たちが日夜研究を続けているらしい。
「英霊召喚に成功した者は〝神の英知〟に近づけるという言い伝えがあるけれど、呼び出す対象やそれに対応した
「つまり、パッと思いついてやってみたら、たまたま成功しました……なんてことはまずありえない、と?」
俺の質問に、ナーシェの方を流し見ながらシェリア先生が頷く。
……が、当のナーシェは特に動じる様子もない。
「いろいろ考えたって、ダメな時はダメなんですよ。窮すれば通ず……やってみれば案外と道が開けるものです」
「おまえって、ほんと大物だよな」
「あっ! よく言われます!」
皮肉が通じないぜ。
「ナーシェちゃんの場合は、どっちか言うと〝きゅうすれば
「結果オーライですよ! ……まあ、そうと決まればカチンコやってみましょう」
「どう決まったんだよ!?」
「蘭丸の中の精霊が〝روح・اللازورد〟なのかどうか、カチンコをやれば分かると思うのです」
「声も口調も男だから別人だよ。それに、出掛ける前に今日はカチンコは無しって約束しただろ」
「それは……聞き間違いかと思っていました」
「なんでだよ!」
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