05.蘭丸はのんびり屋さんですね

 全員でダイニングに集まると、タクマさんがすぐに朝食の支度を始める。

 下拵したごしらえはすでに終わらせてあったらしく、程なくしてテーブルには、朝食を盛り付けた人数分のブレートが並べらた。


 パンケーキ二枚と、スクランブルエッグにソーセージが三本。そこにオレンジが一切れ添えられただけの簡単なものだったが、味はとても美味しかった。

 パンケーキだけはお代わりも用意されていたので、結局、最初の二枚も含めて五枚ほどペロリと平らげた。


「まったく……精霊ならあまり食費はかからないと思っていたのに、とんだハズれガチャでしたよ」


 五枚目のパンケーキを頬張る俺を、半ば呆れ気味に眺めるナーシェ。


「ガチャって……つか、そもそも召喚の目的ってライラを助けるためだったんだよな? 今後も俺って、必要なわけ?」

「当たり前ですよ! 先輩の件はただの発端、ABCのAです。蘭丸は私の一攫千金プロジェクトを手伝ってもらうビジネスパートナーなんですから、気を引き締めてください」


 一攫千金……こいつの口から一番聞いてはいけない言葉のような気がする。


「とにかく今は、お金ができれば探索者ギルドの登録に挑戦したいので、質素にお願いしますよ、質素に! 余程のことがなければ余計なお金は出せませんからね」


 ギャンブルは余程のことなのか?


「……で、なんだその、探索者ギルドってのは?」

「ダンジョン探索に関する仕事の斡旋あっせん所みたいなものですよ」


 聞いてもよく分からないけど……〝登録に挑戦〟とか、言い回しがおかしくない?


「お金は、どれくらい必要なんだ?」

「登録手数料はそうでもないのですが、保険加入や保証金を合わせると……なんの後ろ盾もない一般登録なら五十万ラドルくらいでしょうか」


 五十万……この世界の一般的な給与の二、三ヶ月分か。

 なかなかの大金だけど、それならなおさら、昨日ハイ&ローで勝った時に少しでも残しておこうと考えるべきじゃないのか?

 お金の管理がダメすぎるだろ、こいつ。


「で……今どれくらい貯まってんの?」

「なんでそこまで探って……あっ! もしかして、財産目当てで私に近づいて――」

「そっちが呼んだんだろ!」


 だいたい、財産目的でナーシェなんて狙うかよ。


「お前、金の管理が苦手そうだし、これから一緒に何かするならそういう情報も共有しておいた方がいいだろ」

「ん――……」


 言葉を継ぎにくそうにしかめっ面になるナーシェ。

 が、すぐに諦めたように、


「え~っとですね……に、二捨三入すれば、十万ラドルくらいです……」

「何だよ〝三入〟って。そう言うからには、九万三千ラドルってことか?」

「……さ、三万ラドルです」

「…………」


 どっから切り上げてんだよ!


「後ろ盾……私がなってやろうか?」


 絶句した俺の様子を見計らうように口を開いたのは、ニコラだ。

 

「ほ、本当ですか!」


 ナーシェが、椅子から腰を浮かせてニコラの方へ身を乗り出す。


「貴族が何人か探索者を囲うのは普通のことだからな。そこに一人二人ねじ込む程度の裁量権は私にもある」

「おお~! 没落貴族とはいえ、腐っても鯛! メルティア家と言えば、かつてはアルマデルの法具を授かるほどの由緒ある家柄ですよね!? 今は落ちぶれましたが、それでも十分助かりますよ!」

「い、今の諸々もろもろの発言、大丈夫か? この世界に不敬罪とかないのか?」


 ナーシェをたしなめようとする俺を制して、ニコラが続ける。


「いいんだ、本当のことだし。ただ一つ、条件がある」

「分かりました。呑みましょう!」

「おい、こら! せめて話を聞いてからにしろ!」

「まったく……蘭丸はのんびり屋さんですね。肝に銘じるべきは〝機を見るに敏〟。人生もギャンブルも一緒ですよ」


 ボロ負けじゃん。


「それで、条件っていうのはなんですか?」

「うむ。その一攫千金プロジェクトとやらに、私も一枚噛ませてもらいたい」

「一枚噛む……というのは、後ろ盾になってくれる以外に、ということですか?」

「そうだ。有体に言えば、パーティーメンバーとして参加したいということだ」

「いいですよ」

「だからっ、ちょっと待てってば!」


 慌ててナーシェの言葉を遮る。

 別にニコラを疑ってるわけじゃないが、ダンジョン探索者というのは他にも沢山いるのだろう。

 同行者に選ぶなら、わざわざこんな駆け出し未満の俺たちじゃなくたっていくらでもいるはずだ。そもそも後援者になるという話にしても理由が分からない。


「なぜ、俺たちなんだ?」


 ニコラが、考え事をするように少しだけ視線を彷徨わせたあと、俺の方に向き直って口を開く。


「知っての通り、君たちのせいで私は職を失った」

「え? あれって、俺たちのせいなの?」

「で、これからどうしようかと考えていたところだったんだが……」


 こいつもマイペースだなあ。


「先ほどのナーシェちゃんの話を聞いていてな……」

「うん」

「これだな、って思ったわけさ」

「えっと……さっきの話のどこに、これだなと思える部分が?」

「まあ、そういうことだ」


 全然説明になってねえ!


「蘭丸はいちいち細かいんですよ。……先輩は、どう思いますか?」


 ナーシェの問い掛けに、ずっと黙って話を聞いていたライラが顔を上げる。


「べつに、私は構わないと思うけど」

「タクマさんはどうです?」

「それはナーシェちゃんのパーティーの問題だろ? 探索者になりたがっていたのは知っているし、チャンスがあるなら店のことなんて気にしなくていいよ」

「じゃあ、決まりですね!」


 と、そのとき、ナーシェの獣耳けもみみがピクピクと前後に動く。

 扉の方を振り返り、


「誰か来たようですよ」と、タクマさんに目配せをする。

「ん? 店はまだ開けてないが……」

「多分、お勝手からです」


 タクマさんが出入り口に近づいて扉を開けると、向こうから「おおっ!?」という男の声が聞こえてきた。


「ここにいたのか、タクマ」

「なんだ、ディルか」

「悪いな、勝手に。声は掛けたんだが返事がなかったもんだから」


 そう言いながら声の主――ひげ面の初老の男性が部屋の中を覗き込んできた。


「今日はやけににぎやかだな」

「ああ、ちょっとな……。それより、どうした?」

「うむ。今朝入った情報なんだが……アルマデル様の弾劾裁判、今朝、内々に判決が下ったらしい」

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