05.世間は狭いものね

「ジェクスさん、い、痛いっ!」

「うるさい! さっさと来い! バカ娘!」


 ジェクスが階段を上り、ほどなくして上階からそんな父娘のやりとりが聞こえてきた。さらに、階段を下りてきた彼に続いて――、


「い、痛い……離して!」


 彼に髪の毛を鷲づかみにされ、引き摺られるように連れてこられたのは……。


 間違いない。

 昨日、ライラの家から姿を消したリスタだ。


「お、おい、ジェクスさん! 乱暴はめ――」


 そんな俺の制止もお構いなしに、ジェクスは真っ直ぐこちらへ向かって歩いて来ると、目の前で彼女を放り投げるように引き摺り倒した。


「きゃあっ!」

「り……リスねえ! 大丈夫ですか!?」


 ナーシェとコロネがリスタを庇うように駆け寄る。リスタも顔を上げ、乱れた前髪の間からいどみかかるような眼差しを覗かせて……。

 そこでようやく、俺たちの顔を思い出したように目を大きくした。

 

「あ、あなたたち、昨日の……? なんで、ここに……?」


 ……が、言葉の途中で、彼女の背中を踏みつけるようにジェクスの蹴りが飛ぶ。

 短い悲鳴を上げて、再び床を転がるように倒れ伏すリスタ。


「バカ娘がっ! また人様ひとさまの物に手えつけやがって!」

「おいっ! 乱暴は止めてくれって言ってるだろ!」


 俺もつい声を荒げながら、さらに蹴りを加えそうになっていたジェクスを、慌ててリスタから引き離した。


「こうでもしなきゃ、あんたらに示しがつかねえだろ!」

「俺たちはそんなこと望んじゃいないですから! それに、まだリスタが盗ったとは限らないでしょ!」

「こいつ、以前にもスリで警団の世話になったことがあんだよ。そういう性根のやつなんだ。あんたらの言ってる店のお金だって、きっとこいつが――」

「とにかく! まずは話を聞いてからにしましょう!」


 なんなんだこの父親は!?

 いくら養子とはいえ、可愛がって育てるつもりで引き取ったんじゃないのか?

 俺たちの話だけを信じて一方的に娘を犯人だと決め付け、あまつさえ人前で暴力まで振るうなど、常軌を逸してる!


「話なんて聞かなくても、こいつのこたぁずっと一緒に暮らしてた俺が一番よく分かってんだ。おいリスタ! てめえ、盗んだ金はどこへやった!?」

「あ、あたし……お金なんて盗ってないよ! 確かに黙って逃げてはきたけど、それは警団にでも通報されたら困ると思っただけで……お金なんて……」

「うるせえバカ娘! その金、どこで使ったのかあとでゆっくり聞かせてもらうからな!」


 リスタをめ下ろしていたジェクスが、再び俺の方へ向き直る。


「とりあえず、今はあまり時間がねえんだ。そのぉ……あんたらが被害にあった金額ってのは、いくらなんだい?」

「四万八千ラドルです。大した金額でもないですし、とにかく暴力だけは止めてください!」

「そ、そうか……四万八千……」


 金額を聞いてようやく落ち着いたのか、声のトーンを落としてジェクスが店のカウンターの中に入っていく。


 被害額がかなり高額だと思い込んで動転していたんだろうか?

 だとしても、娘に対するさっきの暴力は尋常な行動とは言い難い。


 ジェクスが、カウンター台の裏から巾着状の小さな皮袋を取り出すと、袋の口を広げて中身を台の上に出して並べる。

 二枚の銀貨、それと、十三枚の白銅貨だった。


「これは、え~っと……だいたい三万三千ラドルだ。今この店にある全財産だが、とりあえず今日のところは、これで一旦引き取ってもらえねえか?」

「そういう話をする前に、まずは本当にリスタが盗ったかどうかの確認でしょう? リスタは盗ってないと言ってるんだし、親ならまず、子の言葉を信じてやるのが普通なんじゃ?」


 俺たちは別に、リスタを捕まえたいと思ってここに来たわけじゃない。

 もちろん、彼女が犯人だったならお金も返してもらおうとは思っている。


 しかしそれよりも、里親がいるにも関わらず十四歳という若さで、犯罪行為に手を染めてまでお金を作ろうとしていた、彼女の境遇を案じているのだ。

 父親と名乗る男がこの調子では、安心どころかさらに不安が増す。


「俺たちは、リスタが盗ってないならそれはそれでいいんです。ただ、警団に被害届けは出すので、リスタはリスタで事実を証言してくれればそれで……」


 俺の言葉にジェクスの顔色が変わる。


「け、警団だけは困るんだ! そのぉ……リスタの母親は療養中で、その施療費だけでもバカにならねえのに、俺も体を壊しててまともに働けねえんだよ」

「リスタが家計を支えてるということ? この店は開けてないんですか?」

「夜だけ酒を出したりはしてるが、正直なんとか糊口ここうをしのげる程度の稼ぎで、かあちゃんの施療費まではとても……」

「とにかく……リスタと少し話をさせて下さい。悪いようにはしませんから」


               ◇


「昨日は、ごめんね。あと……」


 ありがとう、と、席に着くなり謝罪とお礼の言葉を口にするリスタ。

 四人掛けのテーブルを囲んでいるのは、彼女以外は、俺とナーシェとコロネのみ。ジェクスには外してもらっていた。

 同席して感情的になられても面倒だと思ったからだ。


「それにしてもあなたが、あの孤児院のナーシェだったなんて、世間は狭いものね」

「リス姉は……どうして、あんな所でスリなんてしていたんですか?」

「はは……。みっともないところを見られちゃったなあ」


 ナーシェの質問に、眉根を寄せて苦笑するリスタ。


「簡単に言えば、お金が要るから……かな」

「お金は誰だって要りますよ。でも、他人ひとの物を勝手に盗ったりしたらダメ、って教えてくれたのはリス姉じゃないですか」

「ああ~、あなたが私のお小遣いを勝手に使い込んだ時の話ね。そんなこともあったわねえ」と、懐かしそうに両目をすがめるリスタ。

「リス姉にいろいろ教えてもらったから、今の私も、後輩に好かれて、尊敬される先輩になれたのですよ」

「ナーシェちゃんは、好かれてるだけ・・かな……」と、コロネが若干訂正する。

「お金が要るっていうのは、やっぱり、母親の施療費が大きいのか?」


 俺の質問に、リスタがゆっくりとうなずいた。

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