07.カチンコイン

「なにかおかしいと思わない? ナーシェちゃん」


 店の中へ入っていく三人組を振り返りながら、コロネが呟く。


「あっ、コロネもですか? 私もそう思っていたところです!」


 我が意を得たりとばかりに、コロネを指差しながらうなずき返すナーシェ。

 確かに、すれ違った三人の身なりは、デザインも仕立てもこれまで目にしてきた市井しせいの衣服とは明らかに違っていた。

 しかし、だからといっておかしいとまで言えるかどうか……。


「どんなところにも場違いな服装のやつくらい、いるもんだろう?」

「ばちがいというより、あの丈の短いサーコートとか、どくとくの形のブリーチスとか……」


 背後に振り向けていた顔を戻し、今度は俺を見上げながらコロネが続ける。


「家紋はついていなかったけど、まちがいなく、あれはきぞく・・・だよ」

「貴族がいたら、おかしいのか?」

「ぜったいにあり得ないとはいわないけど……でも、ここだよ?」


 左右に目を配るコロネに釣られて、俺も周囲を見回す。

 もともとこういう場所だったのか、或いはここ数年で荒廃したのかは分からないが、道も、住居も、そして人も……全てが薄汚れてどこかギラギラとした窟路。薄暗く、淀んだ空気――。


 いわゆる、スラム街だ。


 この世界の貴族の習慣などまだ分からないが、特別な目的もなく上流階級の人間がうろうろしているような場所とは思えない。

 逆に言えば、あの店に何か特別な目的があるということなのだろうか?


「それにリスタさんのお父さん、二階席・・・の準備をするって……。最初にお店のことを教えてくれたおじさんは、二階は住居用に改装したって言ってたのに」

「そりゃあ、あのおっさんだって所詮は人の家のことだし、そこまで正確なことは分かってなかったのかも……」

「ん~、でも、ナーシェちゃんだっておかしいと思ったんだよね?」

「……え?」と、突然話を振られたナーシェが肩を跳ね上げる。

「ナーシェちゃんの動物的なカンって、けっこう当たるんだよ」


 途端に、獣耳けもみみをぴくぴくさせながら視線を泳がせるナーシェ。


「ええ、はい……そうですよ! それくらいのこと、分かってましたとも!」


 分かってなかったな、こいつ。


「ナーシェがおかしいと思ったのは、何だったんだ?」

「だ、だから、それは今、コロネが全部――」

「いいから言ってみろ。他に何か気になるところがあったんだろ? 一応聞いてやる」


 え~っとですねぇ……と、両手の指先同士を胸の前で付けたり離したりしながら、ナーシェがぽつぽつと話し始める。


「あのクソ親父がお金を出した時のことですよ」

「相変わらず口が悪いな……。で?」

「あいつ、だいたい・・・・三万三千ラドルある、って言ったんですよ」

「ああ、そう言えば……」


 俺も、あれ?と思ったのは覚えている。

 高々たかだか十五枚の硬貨だ。一目瞭然の金額に〝だいたい〟と付けるのはなんだか不自然に感じたのは確かだが、でも……。


「単なる言葉のあやじゃないのか?」

「そうかもしれませんけど、でも……あの硬貨、全部カチンコインでした!」

「カンチコイン? なんだそりゃ?」

「カチンコで勝つともらえたりする硬貨で……私は勝ったことがないので貰ったことはないですけど……あっ! ビンゴで貰った硬貨も、同じレリーフでした!」


 なるほど。

 ナーシェが帰り際にジェクスのコインを見ていたのは、レリーフを確認するためだったのか。

 でも、それとさっきの話とどう関係が?と思っていると、


「そっか! そういうことだったんだ!」と、先に納得したのはコロネだ。

「カチンコインっていうのは通称で、せいしきには〝ランパート貨〟って言うんだけど、球遊場ギルドの本部がランパート公国にあるから、球遊場の賞金もぜんぶランパート貨で支払われているんだよ」

「ランパート公国って言うと、孤児院で話してた昔の英雄……え~っと、コリューテ・ランパート?とやらが独立させた小国のことか?」


 ランパート貨――いわゆる、ランパート公国が鋳造ちゅうぞうした貨幣で、通常は、両替所や銀行などで〝ラドル〟と交換して使うらしい。

 一ラドル=一ランパル程度で安定はしているようだが、日によってレートが変わるため、ジェクスも『だいたい三万三千ラドル』なんて言い方をしたのだろう。 


 一応通貨として流通もしているが、そのままでは為替リスクがあるし、両替には手数料もかかるため、個人店レベルでは利用を断る場合がほとんど。

 すなわち、あれほど多くのランパート貨をジェクスが所持しているのは不自然だ、というのがコロネの見解だ。

 ナーシェは……そこまで考えていたわけではないらしいが、動物的な――というよりも、動物の勘・・・・で何かを察知したらしい。


「あのクソ親父はきっと、カチンコで三万三千も勝ったんですよ!」

「え?」

「球遊場ならそのままカチンコインが使えますからね! カチンコ常連は手数料をケチって、コインをそのまま持ち歩く優雅な生活を送っていると聞いてます」


 優雅?

 いや、そんなことより――、


「それはちょっと、まずくないか!?」

「ほんとですよ! あんなクソ親父に勝てて、この私が一回も勝てないなんて……」

「いやそこじゃない」


 もしジェクスが球遊場カチンコ常連だとしたら、リスタが、それこそ血のにじむ思いで稼いだお金をギャンブルに使ってることになる。

 だとしたら、母親の施療費はどうやって……?

 なんだか、悪い予感がする。


 その時。


「おお、あんたら、もう帰りかい?」


 声の方へ目を向けると、にやにや笑いながら近づいてきたのは、最初にジェクスの店の情報を売ってくれたおっさんだった。


「あんたらに店のことを話したら、なんだか急に飲みたくなってきてな。ふらふら来ちまったんだが……さすがにまだ早かったか」


 恨めしそうに店の入り口を眺めるおっさんに、ダメ元で訊いてみる。


「ジェクスさんの奥さんって、今どこの施療院にいるか分かりますか?」

「ああん? んなもん、もうとっくにいねえよ」

「は? いない?」

「病が分かった時点で余命一ヶ月って宣告だったらしいからな。ジェクスとはカード仲間なんだが、そういう話をしていた記憶はあるぜ」


 一ヶ月? 確か、リスタの母親が入院したのは二年以上も前の話だぞ!?


「片親になるともらえる助成金も、ジェクスのやつ、あっという間にギャンブルでっちまってたし、間違いねえよ。かみさんはとっくに死んでる」

「ま、まさか!? リスタはそんなこと全然……」

「ああ、娘さんか? ジェクスのやつ、可哀想だから娘には伝えてないって言ってたなあ、そういえば……」

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