第20話 悪魔が作った殺人ゲーム
学校の体育館よりも広い正方形のフロアで、俺は向かってくるモンスター達に矢を放ち続けている。
魔犬やスケルトンとか、動きの速い相手はいるが前回より楽に感じられるのは、俺が使っている弓が変わったからだ。だって以前は鉄の弓なんて使っていたからな。なんといっても今は最高レアリティであるDarkness5の武器グレートボウだ。破壊力が段違いに違う。
「カカカカ!」と笑うスケルトン。
「気色悪い連中だなおい!」
スケルトンの鋭利な剣をかわしながら、俺はDarkness5の武器から使用することができるチャージアタックを試してみる。ゲーム内の場合通常攻撃は一度のタップで一回できるんだが、タップ後に長押しをすると攻撃をしないで溜め動作を始める。溜め時間が長いほど放たれる攻撃の威力やモーションが変わるっていう仕様だった。
「ギヒャアア!」
逃げ回りながら放った俺のチャージショットが、スケルトンやグールやオーガを纏めて貫通していった。こいつはかなり使える。一匹ずつ攻撃するより、チャージアタックで一気に攻撃したほうが効率が良さそうだ。
「えいえい! き、きゃー」
「めいぷるさん!」
めいぷるさんが忙しく動きながら白い光弾を魔犬に撃っていたが、難なくかわされて噛みつかれそうになっていた時に俺の矢で撃退してことなきを得たところで、今度は鎧剣士みたいな奴がこっちに突っ込んできて焦った。
「うおお! く、来るなおい!」
鎧騎士だけじゃない。オークやスケルトンも同時に走って来る。こういうのって普通一匹ずつ掛かって来るもんじゃないの? 大体映画ではそうなのに、現実では一斉に集団リンチにされるわけだ。マジで囲まれたと思った時、
「しっかりしてくれたまえよ、圭太君」
ランスロットの奴が放ったと思われる氷の刃がモンスター達を貫通して、ギリギリのところで俺は集団リンチに遭わなくて済んだ。
「わ、悪い! 助かった」
俺たちは何だかんだ連携しながらモンスター達を倒しているみたいで、この様子なら多分雑魚は一掃できるだろうと思い、チラリとルカのほうを見た。
「はははは! どうしました姫君、あなたの力はそんなものでしょうかね」
「……くっ!」
ルカは星宮の怒涛の斬撃に防戦一方になっている。こいつはヤバイなと思いつつも、ちょこちょこ雑魚モンスターに阻まれているから加勢することができないでいた。マズイな、ルカでも接近戦で押されちまうくらいアイツは強いのか。
「……舐めんじゃないわ! この変態悪魔!」
連撃を受け続けジリジリ後退していたルカが声を上げて、体を回転させつつ放った袈裟懸けが思いきり刀を弾いた。体勢を崩した星宮の胴体、頭、腕に容赦のない斬撃が決まっていき、壮絶さに思わず俺は息を飲んだ。
「ぬううぅ!」
星宮には確実に斬撃が決まり続けているけど、何故かそこまでダメージを受けているように見えない。見た目は人間とほぼ変わらないのに、どうなってやがんだとか考えているうちに雑魚達はあらかた片づきはじめ、そろそろボスに集中しようかと思っていた時、
「星宮……あぐっ!」
不意をついた星宮の体当たりがルカを弾き飛ばした。乱れた髪を左手で直しつつ、星宮はまだ笑っている。
「舐めてもらっちゃ困りますね。私はこのくらいでは倒せません。だが劣勢なのは確かなようだ。ちゃんと用意をしておいて良かったですよ、こいつをね」
星宮がジャケットの内ポケットからリモコンみたいな物を取り出してスイッチを押したと同時に、大きな縦揺れの地震が発生した。そう思った時、俺は真っ暗な闇の中に落ちていったんだ。
「う、うわあああ!」
何が何だか解らないまま、俺は真下にあったらしい床に背中から激突した。さっきまでの天井が遠くに見えてランスロットやめいぷるさん、ルカも同じように落下しているのが一瞬だが見えた後、黒い翼を背中に生やした星宮が薄ら笑いを浮かべて見下ろしてるのが分かった。
なんとか体を起こせたので、みんなが無事か確認しようと周囲を見渡す。天井からのライトが眩しく全体を照らしている。
「お前ら無事か!? 大丈夫なのかよ?」
「……いやはや、これは驚いたよ。まさかフロア全体の床が抜けるなんてね」
10メートル程前にいるランスロットが呆れた顔で突っ立っている。俺みたいなカッコ悪い着地はしなかったらしいな。
その更に奥にはめいぷるさんが女の子座りでキョロキョロと周りを見渡していて、ルカはと言えば俺の右前方30メートルくらいの位置で立ったまま星宮を見上げていた。後ろ姿だから表情は読み取れないけど、ルカのやつ今回は全然気迫が違う。
「どうでしょうか。私が用意していたステージは? 何かご感想はありますかね」
「ふざけないで。こんなくだらない仕掛けまで用意しているとは意外だったわ」
「くだらない仕掛け? なかなか面白いゲームだと思いますよ。平坦なところでばかり戦うのもつまらないでしょう。このフロア内にある穴に落ちたが最後、あなた達は二度と這い上がってこれないでしょうね。穴がどこまで深いのか、私にも解っていないんです」
何だよこの部屋は。さっきまでと広さは変わらないけど、そこら中に穴が空きまくってやがる。ちゃんとした足場がほとんどないから、ジャンプしながらじゃないと上手く移動できないだろう。
「長話もなんですから、そろそろ終わりにしましょうか。お前達……こいつらをブッ殺せ!」
奴の叫び声と同時にガーゴイルの群れが上のフロアから降下してきやがった。まだ兵隊を隠して持っていたのか。
「ち、ちくしょう! 星宮の野郎」
「圭太君。私のこれも、お忘れなきよう」
星宮の右手から刀が消えているのを見て俺は青くなった。そうだった。こいつは刀を念力みたいな力で回転させながら飛ばせるんだ。つまり俺達は足場を気にしながら、ガーゴイルの群れと飛んでくる刀を相手にしないといけないってことだった。
これは星宮に有利すぎるだろ。
ガーゴイルが五匹ほど俺めがけて降下してくるので、さっきまでと同じように逃げながらチャージアタックを使おうと考えて、左方向の床めがけてジャンプした。不意に横から何かが飛んでくる。
「うおわっ!?」
星宮の回転刀が左頬をかすめて、バランスを崩してギリギリ床に着地した。完全に狙ってやがるな。しかも星宮自身は元々のフロアの天井付近にいるから、多分俺以外が攻撃しようとしても当てれないだろう。なんて卑怯な戦い方しやがるんだよ。
「このくらいで、あたしが負けるかってーの!」
ガーゴイルを攻撃しつつルカを見ると、思いっきりジャンプして向こう側の壁を蹴り上げて更に高く飛んだ。三角飛びってやつか。更には上空に飛んでいたガーゴイルを蹴り上げて大きく飛距離を伸ばし、星宮と同じ高さまで届きやがった。
すげえ身体能力とは思うんだけど、いくら何でも無茶すぎる。
「今度こそ終わりよ! 星宮っ」
「甘いんだよ、小娘!」
「あうっ!」
ルカが振り上げた剣を難なく後方に引いてかわした星宮は、滑空するようにルカに体当たりした。吹き飛んだルカに上下左右から新幹線のような速度で体当たりを仕掛け続ける。体操選手みたいに身を翻しながら突進をかわすルカだったが、その全てをかわすことはできなかったみたいだ。
「はははは! どうしたどうしたぁ!」
「ぐ……ああ!」
予想していなかったようなタイミングで背中に星宮の頭突きが命中して、ボールみたいに弾かれたルカは加速するピンボールのような星宮の体当たりを喰らい続け、やがて大穴目掛けて落下していった。これはまずい。俺は再三使っていたチャージアタックを適当に撃った後大きくジャンプした。
チャージアタックは天井のライト数個に命中し、ルカが落下している辺りは真っ暗になった。でも俺の目なら掴めるはずだ。
「ルカ! ルカぁー!」
何度も体当たりを喰らってボロボロになった細い体が落とし穴に入る寸前に、俺の右手がルカの右腕を掴んだ。まさに崖っぷち状態だ。
「大丈夫か? おい! ルカ」
「……圭太……」
このチャンスを奴は逃さなかったらしい。笑い声が上空から聞こえて、
「これで一気に二人殺せますねえー。姫君、圭太君。なかなかの戦いっぷりでしたよ」
「……手を離しなさい。アンタまで死ぬわ」
「ふ、ふざけんなよ。そんな真似が……く、くそ!」
見上げた先には星宮が操る刀が迫っていた。この状況じゃ回避できない。間違いなく俺とルカは首を斬り落とされてしまうタイミングだ。こんなところで死にたくねえ。でも俺はルカの手を離して逃げるなんてできなかった。
回転する刃の切っ先が首筋に触れたような気がした。
何かがガリガリと床を削っている。星宮の回転刀が、なぜか俺たちをスルーして全然意味のないところへ突っ込んだらしい。
「!? ……な、何でだ?」
「……ちぃっ!」
俺は攻撃が外れた隙を逃さずルカを引っ張り上げる。星宮の舌打ちが遠間からでも確かに聞こえた。こんな簡単な状況で、どうして外したんだ?
「どうして外したのかしら? あたし達を仕留めるチャンスだったのに」
「……解らねえ」
ルカが怪訝な顔をしている一方で、めいぷるさんとランスロットは一心不乱にガーゴイル達を倒し続ける。まだまだ数は多い上に二人は明らかに消耗していた。
「これは疲れるよルカさん。僕はあまり肉体労働は得意じゃないんだけどね」
「文句言わない! 今はとにかく一匹でも倒しなさい」
「きゃああー!」
今度はガーゴイルと星宮の回転刀がめいぷるさんを迫っていた。
「めいぷるちゃん!」
脱兎のような勢いでめいぷるさんに駆け寄ったルカは、彼女を抱き寄せてジャンプしてその場を離脱しようとしたが、星宮の回転刀は逃さない。ルカの脇腹に回転刀の切っ先がかすり、遠目から見ても血が吹き出したのが解る。
「ああっ!」
「ル、ルカさん!」
「あはは。このくらい平気よ平……う!」
泣きそうな顔になっているめいぷるさんを安全なところで降ろして、肩で息をするルカはもう一度剣を構えたけど、傷が深かったのか前のめりに崩れ落ちた。
「ルカさん! ルカさぁん! わ、私のせいで……今回復を! ……え?」
よく見ると、ガーゴイル達はめいぷるさんを中心に狙っていることが分かるくらいに群がってやがる。俺とランスロットにはほとんど向かって来ていない。回復役から潰す気かよ。とにかくこんな状況だと、めいぷるさんは回復魔法が使えないし、ルカの出血も酷そうだ。
最悪の事態が俺たちへにじり寄ってきてる。このままじゃ星宮にやられちまう。
「おやおや〜。確実に追い詰められていますねえ。こうやってジワジワと安全な所から削っていくのは楽しいものです。どういうフィニッシュにしようかな。生け捕りにして拷問するか、一気にスパッと首を跳ねるか悩みます。希望はありますか、皆さん?」
ふざけたことを言ってやがる。爆炎を撒き散らしてガーゴイルを焼いているランスロットが、俺のそばまでジャンプしてきた。
「負の力が増幅されることでモンスター達は力を取り戻す。そして更なる強さを手に入れていく。さしずめ今の星宮は、本来の力を取り戻そうとしている途中なのだろうね」
相変わらずイライラする話し方だけど、そういうことかとハッとした。こいつの話を訊いて解ったことがある。自信なんてねえんだが、もう俺がやるしかない。
「そうか、まだ取り戻してないものがアイツにはあるんだな。ランスロット! ルカとめいぷるさんを頼むぞ。俺一人でやってやる!」
ランスロットは微笑を浮かべてうなずいてからめいぷるさん達へ向かう。俺がゆっくりと星宮目がけて弓を構えると、奴は天井付近に浮かんだまませせら笑っていた。刀は今星宮の側でクルクル回ってる。
「当たりゃしませんよ圭太君。それより、どっちがいいんですか? 私としては君を拘束していたぶるほうが、」
「ほ、ほざいてろ! このクソ野郎ー!」
俺が放った矢は、星宮とは全く的外れの方向へ飛んでライトを破壊した。続けざまに二発、三発と矢を飛ばし続けるが、どれも星宮には命中しない。
「おやおや、ここまで下手くそなアーチャーも珍しいものだ。恐怖で狙いも定まらなくなりましたか。ショボい男ですねえ。想像していたより期待外れでしたよ」
「うるせえ! これでもくらえー!」
六発目だったと思う。星宮は涼しい顔で自分の付近に飛んできた矢をかわした。その瞬間にフロア内にあった全ての照明が破壊され、周囲は闇に包まれてしまった。
「……? これは……」
星宮のやつようやく気がついたか。でももう遅い。ここからは俺達が反撃する番だ。俺はわざと星宮ではなく、天井にあるライトに向けて矢を放ち続けていた。
「ちぃ! 圭太、貴様まさか」
どういう理由か解らないが俺は……いや俺達プレイヤーは闇の中でも物がはっきり見える。だが星宮はそうではなかった。だから暗闇に包まれていた落とし穴の辺りに俺とルカがいた時、攻撃を外してしまったんだ。
吸血鬼とか悪魔とかって、普通夜中でもはっきり物が見えるはずなんだけど、多分星宮は目の機能を取り戻してないんだ。この世界ではまだ、闇の中で何かを見ることが苦手ってことなんだろう。
俺は場所を変えながら、闇の中で何発も矢を放つ。全てが星宮の顔面に、心臓に、胴体に、次々に命中していく。
「ぐうぅ、この野郎! 生意気な真似をぉ!」
奴は刀を滅茶苦茶に飛行させて俺達を斬ろうとするが、全部手下のガーゴイル達に命中していてまるで逆効果だ。
「もうそこにはいない! 俺はこっちだぞ」
ジャンプしている音も今の奴には解らないはずだ。想像以上にタフな体でも、確実にダメージを与えていることは間違いなかった。星宮の顔に焦りの色が浮かんでいるからだ。
「がはあ! ぬ、ぬうう」
そんな時、俺の体に緑色の光が灯されて身体中が暖かくなった。これは回復魔法って奴か。ランスロットやメイプルさん、ルカにも同じ光が出ている。めいぷるさんのCursed Skillである、全体回復魔法だろう。
「やった! これでルカも助かる」
「はい! もう大丈夫ですっ」
めいぷるさんの明るい声が聞こえる。ちらっと見るとルカはもう立ち上がっていた。この光で位置を特定したのか、星宮は鬼みたいに醜い形相になってこっちに突っ込んできた。右手には刀を持っていて、もう顔も服もボロボロだ。
「見つけたぞ圭太ぁー!」
想像以上に速い星宮の一撃を俺はかわせそうにない。だけど、もっと速い何かが奴の顔面に飛び蹴りを入れて、壁際までブッ飛ばした。小さな溜息と床に着地したのはルカだった。すげえキック力だ。
「あたしも捕まえたわよ! アンタを」
ルカはもう一度走り出し、助走をつけて大ジャンプした。星宮は苦しそうな顔のまま、怒りをあらわにルカを迎え討とうとする。
「ぐうう、小娘が。舐めた真似をー! うぐあああ!」
だが全く無駄だった。ルカはさっき星宮と戦っていた時よりも動きが速くなり、四方へジャンプしながらすれ違いざまに奴を斬りまくっている。戦いながら強くなってんのかこいつ。
「喰らいなさい星宮。あたしの渾身の一撃を!」
星宮の頭上に振り上げた剣に、一筋の光が降り注いでる。マルチプレイをした時に見せたCursed Skillに違いない。超特大の一撃が星宮の脳天に直撃し、額から大量の血を流しながら奴は舞った。
「ぐああああー!」
何とか落とし穴には落ちないで済んだ星宮だったが、もう戦える力は残っていない。無様に倒れこんだ姿勢から何とか立ち上がるが、もう全身血だらけで足はフラフラだ。もう負けようがない。
「ち、ちくしょう! ちくしょおお。ぶはあ!」
血を吹き出して膝をつく星宮の前に、ルカは静かに歩み寄った。
「次の一撃でアンタは終わり。最後に訊くわ……カイは何処にいるの?」
ズタボロの星宮は、剣を突きつけるルカを見てニヤリと笑った。
「はは、はははは! ま、まだ……勝利を確信するのは早いですよ。ねえ、圭太君」
「は? 何で俺に訊くんだよ」
「会いたいんでしょう? 沙羅子さんに」
俺は頭の中が真っ白になった。そうだ。沙羅子を見つけ出さなくちゃいけないんだ。こいつを締め上げてでも沙羅子の居場所を吐かせてやると考えながらルカの隣まで歩いてきた俺を、星宮は睨みつける。
「特別サービスですよ。私の切り札を見せましょう」
星宮はジャケットからさっき使ったリモコンを取り出すとスイッチを押した。星宮の背後にあった壁が、引き戸のように両サイドに開かれていく。小さな豆電球ほどの灯りが灯された部屋が奥に見える。
そこには一匹のゴブリンのような醜悪な外見をした魔物と、血だらけでうずくまる女が椅子に座っていた。首筋にナイフを突きつけられていやがる。
「動くなよ……誰も動くんじゃねえ! アイツの命が惜しいんだろ? なあ、圭太?」
フラつく体で立ち上がりながらゆっくりと後ずさる星宮を前にして、俺は完全に狼狽えていた。信じられない。いや、信じたくない。
「あ、ああ……まさか、あそこにいるのは。嘘だろ……」
ハッとした顔でルカがこっちを見ていた。後ろからやってきた足音はめいぷるさんとランスロットだろう。誰もが言葉を失っていた。
拘束椅子に座らされて傷だらけになっていた女は、沙羅子だった。
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