第10話 廃神社に現れた怪物

 今日は五月二十日月曜日。俺は珍しく妹に起床攻撃を受ける前に起きることに成功した。


 妹が悔しそうにほっぺを膨らませてる顔は面白かったし、遅刻しちまうって言いながら100メートル走みたいに朝から走らなくて済むし、早起きってのは良いことづくめだ。まあ、明日からはまた朝練さながらに走ることになるかもしれないけど。


 今日も学校は平和だ。強いて言えば数学教師加藤の機嫌が悪かったくらいだけど、ゾンビや吸血鬼にいびられるより百倍マシで、そう思えるってことはいい経験だったかもと考えた。

 と言いつつも、進路指導でネチネチ言われてムカついたけど。


 いつも通り学校が終わり、鎌田と影山の二人を連れてブラブラと街中を遊びまわって夕方頃に帰宅した。妹とおふくろはご近所のママ友の家に遊びに行っているらしく、久しぶりに一人でのんびりできる。

 静かで良いや、ほんと。


 のんびりとテレビを見ながらソファに座り、Cursed Heroesを起動させてストーリーモードをプレイしていた時、突然チャットの通知が来た。最近頻繁すぎるだろと思いつつ中を開くと、俺は自然と高校の面接ばりに姿勢を正してしまった。誰も見てないのに。


『ケータさん。お返事が大変遅くなってしまいすみません。チャットに気がついておりませんでした。ケータさんからのチャット内容に興奮してしまって、今も胸がドキドキしてます。あのルカさんとお会いできるなんて! むしろ私のほうから合わせますから。今週、来週はいつでも空けるつもりです。宜しくお願い致します』


 めいぷるさん、そんなに興奮しちゃったのか。ルカの人となりを知ったらどうなるだろうな。


 彼女のチャット内容からはやる気というオーラが滲み出ているかのようだ。めいぷるさんがどうしてここまであのクソ恐ろしいイベントに参加したがるのか未だに分からないが、いよいよ酷い目に逢ってしまいそうで心配だった。


「あ! お兄ちゃん帰って来てるー。ねえねえまたchやってんの?」


 チャットの返信内容に頭を悩ませまくっている時に、おふくろと妹が帰って来たので俺は慌ててゲームに画面を切り替えた。しれっとした顔でダンジョン攻略を進めていく。


「ん……まあ暇だったからな」


 おふくろはまた呆れ顔で台所に向かい、冷蔵庫にもらった食材か何かを入れているようだった。


「もう、少しはスポーツでもして来たらどうなの? 中学校の頃はあんなに走り回ってたのに」

「怠いからいいよ。一緒にやる相手もいねえし」

「ゲームばっかりしていたらおかしくなっちゃうわよ。そう言えば201号室の吉田さん、もう一週間も行方が分からなくなってるんですって!」

「旅行に行ってるとかじゃねえの?」

「まあ、旅行かもしれないけど。最近本当に行方不明になる人が多すぎて怖くなってくるわ」


 201号室の吉田さんって誰だっけ。全然覚えてないけど、一週間くらいの不在なら普通にあるじゃん。俺達は三階に住んでいるんだが、おふくろの近所付き合いの広さにはいつも感心する。妹が俺にじゃれついて来たので、面倒になって自室に退散しようとしたが、腹回りに抱きつかれて上手く逃げれない。


「いててて! こら離せ」

「今日はプロレスごっこしよ! あたしマスクプリンセス」

「そんなプロレスラー何処にもいねえよ! いててて! やめろっつーの」


 妹と格闘しつつ目を盗みながら、俺はめいぷるさんにチャットを返信した。なんて言うか、女の子とのチャットって人に見られたくない。相手が妹でも。


『何だか申し訳ないです。正直ルカはめいぷるさんの思っているような奴じゃないですよ。常識もない感じだし強引だし、もしアイツにレビューを付けれるなら星一にして長々と理由を書けるくらいですw じゃあルカの予定を聞いておきますね』


 ルカのIDを教えようかとも思ったが、もし伝えたらめいぷるさんは強引に引っ張り回される毎日を過ごすことになってしまうだろう。うん、間違いない。ここは俺が仲介をして、うやむやにして自然消滅させてしまおうとルカには内緒の企みをしていた。


 ここまではまだのんびりしていられたんだが。


 親父が帰ってきて夕ご飯も食べ終え、珍しく古賀家は一家団欒というか、ただみんなでテレビを鑑賞していた。海外のアクション映画で、ギャングの男達が主人公に市街地で撃たれまくっている。


「いやー、こりゃハードボイルドだなあ」


 と適当な感想を漏らす親父。続いておふくろが、


「痛そうだわ。私こういうのダメなのよね」


 と言いながらも食い入るように画面を見つめ、更に妹が


「あー! さっきの男の子、4組の道田君に似てる、道田君はね〜」


 とかダラダラと会話を続けるので視聴に集中できなかった時、スマホが振動した。今大事なところなのになんだよと画面を除くと、Cursed Heroesという件名で心臓が止まりそうになる。


 まさか、また始まったんじゃないだろうな。勘弁してくれよと思いながら内容を見ると、


『モンスター出現中です!』の文字が現れてしまった。


 またあんな怖いことをしなくちゃいけないのか。でも待てよ。俺は別に行かなくちゃならないわけじゃない。どっちみちルカがやっつけてくれるのは分かってるし、ここで安穏としてても何もまずいことはない。


 良かった。俺はとうとう怖いイベントから解放されたと自分で納得していた。興奮していたせいか場面を見逃し、映画の展開が分からなくなったので、もう観る気も失せてきた。ここ数日で一番安心したね、この時は。


 緩みきった俺の心に呼びかけるかのように、もう一度スマホがバイブレーションする。沙羅子かな、もしルカならチャットを開封するのもやめとこうと思って液晶をチラ見すると、めいぷるさんからだった。


『今日もイベントが始まったみたいですね。怖くてたまりませんが、そうも言ってなれないことに気がつきました。私、今日から参戦しようと思います。向こうでお会いしたら是非宜しくお願いします!』


 おいおい、何でですかめいぷるさん。

 今日から参戦って、ちょっと待ってくれ。今まで誰かと一緒じゃないと怖いって言っていたのに、とうとう一人で飛び込む気になっちゃったのか! これはまずい、本当にまずい。


 考えが纏まらずソワソワとしていると、オフクロが心配そうに声をかけてくる。


「どうしたの圭太? もしかして映画で気分が悪くなっちゃったの? アンタ昔から流血シーンとかで貧血起こしてたからね」

「い、いや。別にそんなことはないけど」


 隣に座っていた妹が俺の顔を心配そうに覗き込む。


「分かったー! おにーちゃんまたおトイレ我慢してるでしょ? ちゃんと行かないダメなんだよ!」

「違うわ! トイレなんかに用はない」


 もしめいぷるさんが一人であの化け物共に囲まれるようなことになったら。

 間違いなく殺されてしまうに違いない。ルカやランスロットとかいう奴は助けてくれるんだろうか。いいや、二人はそもそも気がつかないかもしれないし、助けてくれる保証自体何処にもない。


 しょうがねえな。俺だったら確実に助けに行ける。そして助けた後で、こんな馬鹿な真似は二度とやめて下さいと言おう。スッと立ち上がった俺を家族全員が見つめた。あ、まずこの場をなんとかしなきゃいけないな。


「あのさ、俺ちょっと用事があるから外に行ってくる」

「こんな時間に用事ってなんだ? バイトがあるわけじゃないんだろう」と親父。


 母親が怪訝な顔になり、妹は子犬みたいな目をじっと向けてきた。実は今から化け物を片っ端から倒しに行くんだよ! ……って言いたいけど言えない。


「あー……あ、えーと、天体観測。実は天文部の奴らに誘われててさ、これから見に行ってくるんだよ。ちょっと遅刻だけど」

「天体観測? そうか……まあ、気をつけて行ってきなさい」

「うん! じゃ行ってきまーす」


 親父があっさりと承諾したので、おふくろは特に何も言わずにテレビ視聴を続け、妹も同じくアクション映画を観るのかと思ったら、


「由紀も行くー」と言い出した。好奇心の塊というか、何にでも興味を持つのは考えもんだ。

「ダメだ! お前はもっと大きくなってからだ。絶対にダメ!」


 その後もブーブー抗議をする妹の言葉を全部「ダメ!」で押し切り、俺は急いでマンションから飛び出した。


 化け物がレーダーに反応した場所は、俺の最寄駅から電車で五分くらいにある、この辺りでは一番大きな神社だった。まあ、もう誰もいないんだけど。山の上に建てられていて、うちの高校の敷地面責といい勝負と思えるほど広い。


 泣く泣く俺はタクシーを拾ってレーダーが指し示す神社に向かう。ここでケチってめいぷるさんにもしものことがあったらそれこそ後悔しそうだ。


「珍しいねー。こんな時間に神社なんて、一体何の用?」


 タクシーの運転手さんが興味津々に尋ねてきたので俺は、


「あのー。実は学校の部活で、みんなで天体観測をすることになってるんですけど、俺だけ遅刻しちゃって」

「ふーん。あの神社でか。あそこはやめておいた方がいいと思うよ。人気なんて全然ない所だから何かあると危ないし……実はね。出るんだってよ、人を呪い殺す幽霊が」

「は、はあ……幽霊ですか」


 幽霊かどうかは分からないが、何かが現れることは間違いない。タクシーはどんどん山のほうへ進んで行き、道には灯りがなく正直気味が悪い。タクシーの運ちゃんは俺が怖がっていることを知ってか面白がって、テレビでやってる怪談を語り始めやがった。


 本物を見るかもしれないから、怖い話はマジでやめてくれ。

 タクシーを降りた所は正門に向かう階段前だった。ここから上がっていくのが一番近道らしい。


「じゃあね、気をつけるんだよ。もし幽霊出たら動画に撮ってアップしなよ! 今は動画見せるだけで稼げるらしいからさ」

「あ、そっすね。じゃあありがとうございました」


 タクシーの運ちゃんは手を振りつつ来た道をUターンして行った。さて、ここからが怖い。帰りたい。でも急がないとめいぷるさんが殺されるかもしれないんだ。


 神社の超がつくほど長い階段を必死に駆け上がりながらレーダーを確認すると、俺を刺している緑マークの近くに、モンスターを表す赤いマークがすぐそこまで来ていることが分かった。やっぱり緊張感がハンパない。


 今度の化け物はなんだ? ゾンビに吸血鬼と来たら、次に来るのは狼男かもしれない。そんな安直な予想を立てている時だった。


「きゃあー!」


 階段を後少しで登り切れるかというところで、誰かの叫び声が聞こえて背筋に寒気がした。めいぷるさんか、又はルカかもしれない。ゼエゼエ息を切らしながら駆け登って正門を抜けると、


「誰か、助けてー!」


 全然知らない若い女性が神社と鳥居の間くらいでへたり込んでいるのが見える。息切れを休める暇もあったもんじゃなく俺は引き続きロングランを再開し、けっこう年上に見えるお姉さんの側まで駆け込んだ。


「はぁ……は〜……だ、大丈夫ですか?」

「た、助けて。助けて! あっちに変なのが見えたの」

「へ、変なもの?」

「一緒に来てくれない? 一人じゃ無理だから!」

「え? でも。逃げたほうがいいと思いますよ。ここは物騒な話をよく聞きますから。幽霊が出るってもっぱらの噂なんですよ。お姉さんが見たやつは、多分マジもんですよ!」


 早速タクシーのおっちゃんから仕入れた話を使ってみた。でも、あんまりお姉さんには効果がなかったようで、


「実は、向こうでバッグ落としちゃって。家の鍵もお財布も全部入ってるから取りに行かないと。ねえお願い!」


 彼女は震える足取りで立ち上がり、白いワンピースをなびかせて恐る恐る歩き始めた。神社の敷地面積は芸能人の豪邸ばりに広いが、本殿はもう誰も住んでいないから所々荒れ始めている。


 彼女の後ろ姿に続きながら、俺は浮かんで当然の質問をした。


「あの。お姉さんはどうしてこんな時間に神社に来たんですか?」

「自分でも不思議なんだけど。帰り道を歩いていたら、何故かここに行かなきゃいけないような気がして。吸い込まれるように来ちゃったのよね。どうしてだろう」

「え? 吸い込まれるようにって。妙な話っすね」

「……うん。毎日疲れていたので、何かおかしくなっていたのかも。いつも孤立してたから……」


 なんか重い話だな。俺はてっきり僅かに残った賽銭でもくすねに来たんじゃないかと疑ってしまったのだが。大人って奴は本当に大変そうだと思っていると、彼女は神社の角を曲がって急に立ち止まる。


「あ、ああ……何、あれ」

「え? どうしたんですか?」


 俺は彼女に続くように神社の角を曲がった。見渡す限り広い敷地の真ん中に奇妙な光がある。青い光を放っているようそれは、魔法陣のような形をしていた。同時に中央にイルミネーションで作られたような赤い光が垂直に立ち上っていて、まるで扉を表現しているような気がするんだが。


 そうか。これがルカが教えてくれたモンスター達の移動手段、ゲートって奴なのか。


「や、やっぱり見間違いじゃなかった! あれ、奥のほうを見ると変な生き物が蠢いてるの」

「変な生き物?」


 俺は重くなった足でその光に近づいて行く。赤い光との距離が二十メートルもなくなって来た頃になって、確かに奥で何かが蠢いていることが分かった。ああ、こいつらを俺は知ってる。


 確かに二本足で動き回る生き物だが、目がなくて鼻もなくて、代わりに身体中にデカイ口があって全身が真っ赤に染まっているザ・グロテスクモンスター。容姿の暴力ともいえるCursed Heroesのクリーチャーどもだ。


「や、やべえ。こいつら一体何匹いやがるんだよ」


 俺は焦ってスマホを取り出し震える手でアプリを起動させる。すぐ後ろでお姉さんが見ているんだろうが、なりふり構っている余裕なんてない。正体が分かったら終わり、とかいうヒーローとは違うんだからな。


「もう財布がどうとか言ってられませんよ。こいつらは多分出てくると思います! だからお姉さん、あんたは逃げてくれ!」

「え? ど、どうして。き、きゃああー!」


 お姉さんは相当気が動転してる感じがした。まあ無理もない。赤い光が怪しく揺れ始めると、ゆっくりと洋館の扉みたいに開き始め、満員電車から人が溢れるみたいに化け物が飛び出して来た。

 ヤバイ、この状況は余りにも不利だ。帰りてえ。


「ブウェアオ、オオ……オオオ」


 インストールは間に合ったようだ。青い光に飛びかかって来た五匹程が焼かれている。だが、こいつらが一体どれだけの規模なのか今俺には知るすべがなく、ただ気持ちは焦るばかり。


 ルカはまだ来ていない。ランスロットとめいぷるさんもいないみたいだった。今更もう帰れねえな。俺は恐怖心にガッチリと脳味噌を掴まれた感じで足が震えながらも、目前に迫ってくるクリーチャー達を前に弓を構えた。

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