第9話 四人目の仲間
「マスターお疲れー! あ、圭太じゃん。ちゃんと仕事してんの? ダメよサボってばかりいちゃ」
校庭の端から端まで響き渡りそうなデカイ声を上げて店に入って来たのはルカだった。
「サボってねえよ。それより俺の返信読んだか。ここは新しいバイトを採用する余裕はねえんだよ」
「あ、読んでなかったわ! バイトの採用? こんなところでバイトしたがる人いるの?」
「失敬なこと言うな! お前が面接で店に来るって書いてただろーが」
「あたしが? 室内はボロボロで食事メニューは一つしかなくって、お客さんも全然来ない寂れた店でバイトしたいなんて絶対言ってないわよ」
「少しはオブラートに包んで言え!」
ゆるキャラみたいに抜けた表情のまま、ルカは店内で一番近い窓際四人掛テーブルに着いた。後から来た人も続くようにルカの向かい側に腰を降ろしている。初めて見る男だな。もしかして彼氏か? 男にしては髪が長くて、身長はけっこう高い。
二人の関係性が気になって仕方がなかったが、仕事なのでとにかく水とメニューを二人の元へ運ぶと、ようやくルカは思い出したらしく、
「そっかそっか。アンタが勘違いしていることがようやく分かったわ。あれは面接の場所に使わせてもらうって意味じゃない。もう、圭太って読解力ないのね」
「へ? ますます分かんねえよ。何の面接だ」
「あたしが攻略サイトのフレンド募集掲示板に書き込んでたスレッドに、こちらの彼がコメントをしてくれたワケ。だから、一緒にチームを組む為にここで面接をしようって考えたのよ」
男はフッと笑っただけで、後は何の反応もなかった。突っ立ったままで俺は考える。チームなんて初耳だぞ。
「まあ、客として来るんなら文句はねえけどな。お前も大変だな。せいぜい楽しいチームを作って頑張ってくれ」
「アンタはいつも他人事みたいな反応をするわね! アンタも仲間なんだから、一緒に面接官をやってもらうわ! それでここを選んだんだから」
今度はそう来たか。掃除機でもここまで強引に吸い込もうとはしない。俺は呆れた様子をはっきりと見せて、両手を広げてオーバーリアクションまでした。
「俺はバイト中だし、仲間とかチームとかになる気はさらさらねえよ! じゃあ、そういうわー、」
有無を言わさず俺のTシャツを引っ張り隣に着席させるルカ。こんな時最後の希望はマスターなんだが。
「まあいいじゃないか圭太君〜。暇だからね、お話してあげてよ」
「そ、そんな〜」
ルカは隣で太陽のような笑顔をマスターに向ける。で、カウンターに立っているマスターは顔をとろけさせていた。ダメだこの人。
「決まりね! じゃあ面接を始めるわよ。簡単に自己紹介して頂戴」
ったく、しょうがねえな。俺は前にいる涼しい顔をした男を見た。そいつは扇風機の微風を思わせる笑顔を浮かべて、やんわりと語り出す。
「初めまして。僕の名前は……そうだね、掲示板で名乗ったとおりランスロットとでも呼んでほしい。あのカリスマユーザーであるルカさんとパーティが組めるなんて、二度とないチャンスと感じて志願させてもらったよ。年は今年で十六、クラスはウィザード。是非とも、ルカさんの仲間に」
「ラ、ランスロットさん?」思わず名前を確認する俺。
「ああ。アーサー王物語が好きなのでね。そこから」
自分のことをランスロットと自己紹介するセンスは中二病全開というか、どうも普通の人とは違う感じがする彼をしばらく見つめ、次にルカの横顔を見た。興味津々であることが一秒で分かるニヤケ顔をしている。
「ふーん。ウィザードをしてるってことは、中〜遠距離攻撃タイプってわけね。じゃあ物理遠距離攻撃は圭太、魔法遠距離はあなた、近距離はあたしって感じか。悪くないわ! 志望動機は? Cused modeのことはちゃんと分かってる?」
どうやら本当にチームとしてやっていくつもりらしい。ランスロットとか名乗った男は、足を組んでマスターが持って来てくれたコーヒーを一口飲むと、ゆっくりとカップを置いて、
「志望動機は勿論お金が欲しいからだよ。僕は一応高校生として勉学に励んではいるものの、サラリーマンとか時間拘束された仕事なんてしたくないんだ。纏まったお金を人生の早いうちに手に入れれば、それだけ有意義に生きていけるからね。Cused modeのことは勿論知っているよ。リアルに死をもたらす過酷なゲームだとね」
志望動機は金か。これほど分かりやすい理由もないんだが、本当にランキングに入れれば大金が手に入るのか。俺は騙されてるんじゃねえのって思うんだけど。
ちなみにウィザードっていうクラスはゲーム内ではこんなデータだ。
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☆ウィザード
体力:C
精神:B
攻撃:S
耐久:C
速度:A
Cursed Skill:B
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通常の攻撃が魔法攻撃になっていて多彩かつ効果範囲が広い代わりに、Cursed Skillの威力は控えめに調整されている。この際だからめいぷるさんのクラスであるプリーストも紹介しておくと、
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☆プリースト
体力:B
精神:S
攻撃:C
耐久:B
速度:B
Cursed Skill:C
=======
プリーストは回復や補助がメインになるクラスで攻撃面では最低性能だが、意外と体力もあるし状態異常にも強く、Cursed Skillも回復系なのでパーティの立て直しができる。高難易度のクエストでは必須の存在なんだ。
まあ、ゲーム内の設定がCursed modeでもそのまま適用されているかは分かんないけど。
ルカはマスターが持って来た紅茶を飲みながら、チェスの次の一手でも考えているように悩んでいる。
「お金が欲しいってわけね。うーん……まあいいでしょう! Cused modeのこともOKと。じゃあランスロット、最後に一つ聞くわ」
え? もう面接終わり? 五分も経ってないぞ。ルカはテーブルから上半身を乗り出し、じっとランスロットを見てから静かな声で呟くように、
「あたしの作戦に絶対に従うってこと、守れる?」と聞いた。
今度はランスロットの奴が身を乗り出して、
「勿論。あなたの作戦なら喜んで! 憧れのルカさんとパーティが組めるなら、どんなことでも従うつもりだよ」
そう答えてからルカにスーパーマーケットのチラシで見るような笑顔を向け、次に俺を見た。
即答だな。普通なら多少戸惑うと思うんだけど、このイケメンは本当にそう思っているのだろうか。なんか怪しい気がするが、ルカは席から立って勝利宣言をするかのように右手を突き上げた。
「決まりー! おめでとうランスロット。あんたも今からあたしたちの仲間入りよ」
ランスロットと名乗った男は軽く頭を下げ、着席したルカと俺を交互に見た。
「ありがとう。精一杯働かせてもらうよ、君たちのためにね」
なんか嘘っぽいんだよなこいつ。少しはルカの即断に抗議をしたいところだ。
「決まっちまったのかよ。いくらなんでも軽率過ぎないか」
「大丈夫よ! 仲間なんてのはね、軽く決めちゃうほうがいいの。頭の中でぐるぐる考え込んで決めるより、フィーリングで決めるほうが正解なのよ。潜在意識って奴が人間にはあるんだから」
「お前の奥底にはどんな意識があるんだろうな」
「まあアンタより優秀な意識でしょうね! それより、SNSで誘っていた人がいたんでしょ? どうだったの」
優秀な意識って何だよ。そうだった。ルカにはめいぷるさんのことを具体的に話してない。俺は頭を掻いて面倒臭そうに窓の外を見ながら答える。
「あー……。まあやり取りはしてるんだけどさ、ちょっとあの人はやめたほうがいいと思う」
「なんでよ」
「多分怖がって戦えないと思うぞ。誰がどう見ても向いてない感じがするんだよね。いたずらに死人を増やすことになっちまうだろうな」
「まあ、死人はアンタだけで十分だからね」
「俺を殺す気なのかよ!?」
「ていうか、一回あたしに会わせてよ! まずはリーダー&現場責任者&名誉監督のあたしが見て判断するわ。実は隠れた闘争本能の持ち主なのかもしれないし」
「どんだけ兼任してんだよ! 闘争本能なんて持ち合わせてないよあの人。ウサギみたいにさ。会わせるまでもない、絶対に無理だね」
黙って聞いていたランスロットがコーヒーカップに一口飲んだ後、キザな顔を傾けて話に割り込んだ。
「いいや、案外大人しそうな人ほど戦いでは力を発揮するものだよ。君の日常ではあまり経験がないだろうが、僕はそんな頼りになる人を何人か知ってる」
「俺の日常にそんな物騒な物はねえし、知り合いになる必要もない。大体アンタの知ってる連中っていうのは野郎なんだろ。あれは女の子だった」
「へえ、女の子か」
ランスロットは意味深な微笑を浮かべやがった。ちょいちょいイラつくんだよなこいつ。
「もしかして君。その女の子を危険に巻き込みたくないから、ここでは敢えて低い評価を伝えているんじゃないかな?」
余計なこと言い出すなよ正解だけどさ。ルカの目が猫みたいに見開かれ、ジッとこちらを向いている。今にも引っかき攻撃をしてきそうだ。
「アンタ! その子に情が移ったのね。駄目よそんなことじゃ! 獅子は我が子を千尋の谷に突き落として、這い上がって来た者だけを育てるの。だからまずは突き落とさないと!」
「突き落とすなよ! 最初から酷い目に合わせる気満々じゃねえか」
「ここまで意地になるなんて妙だわ」
「別に意地になったわけじゃない」
「まずは会わせなさい! チャットアプリのIDとchのフレンドID教えて。それから年齢と芸能人なら誰に似てるのかと趣味とスリーサイズと、」
「聞くこと多すぎだし知らん! スリーサイズなんて知ってるわけないだろ」
「あたしの時は聞いたのに?」
「聞いてねえ! 話を捏造するな」
「チッ! まあいいわ、とにかく一度はあたしに会わせなさいよ。今日連絡しておいて! 明日か明後日には面接のセッティングをしないといけないわね。じゃあ今日はこれにて解散!」
「今日金曜日だそ! 急すぎんだろ」
「じゃあ来週でもいいわ。お疲れ様ー」
そう言うとルカは勢いよく立ち上がりランスロットと一緒に会計をして店を出て行った。俺がどう言ってもめいぷるさんに会いたいらしい。
めいぷるさんのあの感じだと、滅茶苦茶熱意を込めて参加を申し出てきそうだし、止めたい俺としては嫌な流れになってる。でも、とにかく連絡はするしかなさそうだ。めんどくせ!
ルカとランスロットが去った後のテーブルを片付けていると、スキップをしながらマスターが側に寄ってきた。
「圭太君〜。全然何の話か分からなかったけど、楽しい青春が始まっているじゃないか。羨ましいね〜」
「いや、全然楽しくなんてないっすよ。マジっす」
マスターが妙に茶化してくるのを流しながら今日のバイトは終わった。渋々ルカに言われたとおり、帰りの電車内で俺はめいぷるさんにチャットを送ってみる。何で俺がこんなことせにゃならんのだとイラつきが半端じゃなかった。
『お疲れっす! 実はルカの奴がめいぷるさんに会いたいって言ってるんですけど、暇で暇でどうしようもなくて、アホ女のために犠牲にしてもいい日とかあったりしますか? ないですよね? すいません変なチャット送って。無視しちゃって大丈夫ですよ、それではお休みなさい』
我ながらツッコミどころ満載のチャット内容だが、もういいだろこれで。溜息を漏らしつつマンションのエレベータを出て家に帰ると、妹がとてとてとて……って感じの足音で走ってきた。なぜかえんえん泣いている。
「びええ。お兄ちゃん、ゲーム機壊れちゃったよー! お願い直して」
「あーはいはい。無理かもしれないけど、一応見てやるよ」
おふくろは機械オンチで親父はまだ帰ってこないから、ここは俺の出番になってしまう。据え置きゲーム機がブラックアウトしているが、ただ単に接触が悪くなっているだけだった。
「やったー! ありがとう! ねえねえお兄ちゃん対戦しよーよ」
「いや、お兄ちゃんはこれから勉強があってだな」
「お願いお願いお願いー!」
「……分かったよ、ちょっとだけだぞ」
まあ気分転換にちょっとだけならいいかとレースゲームをしたところ、また散々に負けてしまって悔しくなった俺は、いつの間にか合計10回もリマッチを行い清々しいほどの返り討ちにあった。
どうしたら妹に勝利できるか思案していると台所にいたおふくろが、
「圭太! アンタゲームばっかりしてないで、宿題と勉強やりなさいよ! 沙羅子ちゃんも鎌田君もあんなにちゃんとしてるのにアンタときたら遊び回ってばかりで」
あーうるさい。耳栓くれ耳栓。沙羅子はともかくとして鎌田は俺より成績悪いからな。おふくろは何も分かってない。食事と風呂と宿題をこなした俺は、またグッタリとベットに倒れこんだ。
Cursed Heroesを眠い目でプレイして少しでもLvを上げていると、どうやら石が貯まってきたらしいことに気がついた。ガチャは闇鉱石っていう奴を五つ集めれば一回できるんだが、今四八個まで貯まってきてる。ようやく鉄の弓からおさらばできそうだ。
今日やるべきことは勉強以外終わったので、俺は安らかな眠りにつくつもりだったのだが、消えかけた意識をスマホの着信音が阻んだらしい。でも不思議と嫌な気はしなかった。多分めいぷるさんからだろうと思ったからだ。
あの人からの着信なら俺は喜んで受け取る。
「……あれ?」
だが彼女からではなかった。睡魔と戦いつつ見つめるチャットのニックネームには、沙羅子と表示されていた。
『あたし、今度また星宮さんと会うことになったっぽい。今度は二人で会いたいんだって』
あの超有名人と二人でって、マジでかよ。
『お前の人生最大のチャンスかもな! 頑張れよ』
俺が返したチャットに、沙羅子はなぜか怒りのグーパンスタンプで返事をしてきた。なんでだよ、全く意味が分からん。周りにいる女どもの頭の中が一つも理解できない俺は、もう面倒くさいから考えることをやめて寝込んだ。
土日は何事もなく平和に終わったが、月曜日に俺はまたヤバいことに巻き込まれる羽目になる。
まったく。こんな生活がいつまで続くのか、神様に前もって予定を聞いておければいいのに。
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